AI技術とナノポアセンサでウイルスの複数種識別に成功!

AI技術とナノポアセンサでウイルスの複数種識別に成功!

一回の検査で複数のウイルス、感染症の原因特定に期待

2020-11-10生命科学・医学系

研究成果のポイント

・1個の粒子を検出できるナノポアセンサとAI技術を組み合わせることで、複数のウイルス種について高精度判定を達成
・シグナル解析にAI技術を応用し、人間の目では識別できないわずかな電流波形の差異を判別することで高精度ウイルス種判定を可能に
・従来手法の性能を大きく上回る迅速・簡便かつヒト依存性のないウイルス検査キットへの応用に期待

概要

大阪大学産業科学研究所の筒井真楠准教授・川合知二招聘教授・鷲尾隆教授・黒田俊一教授と、名古屋大学工学研究科の有馬彰秀特任助教・馬場嘉信教授による共同研究グループは、ナノポアセンサとAI技術を融合させた1粒子検出法を用いて、代表的な呼吸器感染性ウイルス5種(コロナウイルス、アデノウイルス、RSウイルス、A型およびB型インフルエンザウイルス)を高精度に識別することに成功しました。

新型コロナウイルス感染症に関する報道でよく知られるように、従来ウイルス感染症の判定は、PCRやイムノクロマト検査キットで判断されていました。しかし、これらの手法では、ウイルス数が少ない感染初期の段階では判定が難しいだけでなく、判定に必要な時間や、キット作製にウイルスの抗体が必要など、様々な問題を有していました。

今回、本研究グループは、極薄窒化シリコン膜中に開けられたナノ細孔(ナノポア )を通るイオン電流 を計測するナノポア法を用いて、各ウイルス粒子を1個レベルで検出しました。そして、機械学習によるパターン認識 技術をイオン電流シグナルの解析に応用しました。その結果、ウイルス粒子1個で71%、25個以上の検出で99%以上の精度でウイルス種判定が可能であることを実証しました。これにより、一回の検査でどの感染症かを特定することが可能な、全く新しいアプローチのウイルス診断法の実現が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「ACS Sensors」に、9月16日(金)(米国時間)に公開されました。( https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acssensors.0c01564 )

本研究は、総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として実施したものです。

図1 ナノポアによる単一ウイルス粒子検出

研究の背景

現在、臨床現場におけるウイルス感染の判定は、対象となるウイルスの遺伝子を増幅させるPCR(ポリメラーゼ連鎖反応 )法や、1対1の抗原抗体反応 を基盤とするイムノクロマトグラフィー で行われています。これらの手法はそれぞれ精度と迅速性の観点から非常に優れた手法であるものの、PCR法は判定まで一定の時間が必要であり、さらには対象のウイルス由来の特徴的な遺伝子情報が必要です。一方イムノクロマトグラフィーでは、キットの作製にはウイルスの抗体が必要であり、さらにその識別精度が人に依存するという課題がありました。

今回、本研究グループでは、ナノポアセンシングの単一粒子検出能という究極の感度を用いて、代表的な呼吸器感染症ウイルスの検出を行いました。さらにそのシグナル解析では、波形の高さや幅、尖り具合(尖度)などの形状に関する特徴量の他、シグナルを分割した際の各領域の値に着目しました。AI技術を用いることにより、これらの特徴量を利用した高次元解析を行ったことで、従来のナノポアセンシングを凌駕した今回の成果へと繋がりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、多項目のウイルスに対し、感染初期でのウイルス感染証の原因特定が可能になり、感染の早期発展を通したウイルス感染の拡大抑止が期待されます。さらに、症状の類似した感染症に対しても、ウイルス粒子の物理的な特性に基づく人依存性のない判定へと繋がると考えられます。本手法の発展により、従来の1種類のウイルス同定のみに限定されている検査キットの性能を大きく超えた多項目ウイルス検査の実現が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年9月16日(水)に米国科学誌「ACS Sensors」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:"Digital Pathology Platform for Respiratory Tract Infection Diagnosis via Multiplex Single-Particle Detections"
著者名:Akihide Arima, Makusu Tsutsui, Takeshi Yoshida, Kenji Tatematsu, Tomoko Yamazaki, Kazumichi Yokota, Shun’ichi Kuroda, Takashi Washio, Yoshinobu Baba, Tomoji Kawai
DOI: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acssensors.0c01564

なお、本研究は、総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の一環として実施したものです。

参考URL

産業科学研究所 谷口研究室HP
http://www.bionano.sanken.osaka-u.ac.jp

用語説明

ナノポア

ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。

イオン電流

電荷を持った原子・原子団(イオン)の運動によって生じる電流。本研究では、ナノポアを挟んで電圧を印加することで、イオンをナノポアに強制的に通過させる。ウイルスがポアを通過する際、ポア内のイオンはウイルスの体積によって排除されるので、瞬間的にイオンの流れが阻害され、電気的なシグナルとして検出できる。

パターン認識

入力情報をパターンとして蓄積し、新規の入力情報と照らし合わせ、予め定められた複数のクラスのうちの一つに対応させること。本研究では計測されたインフルエンザウイルスのイオン電流シグナルが入力情報に、型がクラスに相当する。

ポリメラーゼ連鎖反応

鋳型となる核酸に対して、酵素を利用して対となる配列を合成する手法。ウイルス検出では、対象のウイルス特有の領域をターゲットとし、増幅されるかどうかを基準として判定を行う。

抗原抗体反応

生体内において、非自己の物質(抗原)が侵入した際、それに対応して作られる対抗物質(抗体)間の結合反応のこと。生体における免疫機能として働く。

イムノクロマトグラフィー

抗体を固定化した膜上に、抗原を含む試料溶液を毛細管現象により膜に浸透させることで、抗原抗体反応によって対象の抗原を捕捉し、その複合体を目視で観測する手法。臨床現場で使用されているインフルエンザキットはこのタイプのものが多く使用されている。