光で筋肉を再生!

光で筋肉を再生!

ALSなどの難病治療に対する新たな技術として期待

2015-2-9

本研究成果のポイント

・筋細胞に光を照射することで、細胞の成長を促進し、収縮能を獲得させる技術を開発。
・作製された筋細胞は、光に応答して収縮運動することを発見。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、極度の筋力低下を伴う重篤な難病患者への新たな治療技術として期待。

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科の浅野豪文助教(現東京医科歯科大学・助教/大阪大学大学院工学研究科・招へい教員)、森島圭祐教授(大阪大学臨床医工学融合研究教育センター創成医工情報学研究部門・部門長/教授(兼))、東北大学大学院生命科学研究科の八尾寛教授、石塚徹講師の研究グループは、緑藻の一種・クラミドモナスで発現し、機能している光応答性イオンチャネル(チャネルロドプシン )の改変体を筋芽細胞 に組み込むことで、光に対して感受性を持つ筋細胞を開発しました。また、その細胞に光を照射することで、収縮能力を獲得した骨格筋細胞に成熟させることに成功しました。これは、細胞分化を直接光操作することができる技術であり、従来の電気刺激や薬剤刺激に代わる新たな技術として期待されます。また、本研究で開発した技術を適用することで、今後、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など、極度の筋力低下を伴う重篤な難病患者に対し、失われた骨格筋の機能を補完・回復できる新しい治療法の開発が見込まれます。

本研究成果は、2月9日(月)10時(英国時間)に英国ネイチャー出版グループのオンライン学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。

研究の背景と成果

未分化な細胞が分化・成熟する過程が活動依存的であることが様々な細胞や組織において報告されており、骨格筋においても収縮能を獲得するには電気刺激や張力などの外部からの刺激が必要であることが知られています。従来の液性因子(タンパク質)による細胞培養法では刺激に対して収縮運動する細胞が少なく、骨格筋を対象とした研究は主に動物実験で調べられてきました。

研究グループでは、チャネルロドプシンの改変型の一つである、チャネルロドプシングリーンレシーバー(ChRGR) の遺伝子を遺伝子工学技術を用いて筋芽細胞に組み込むことで、光に対して感受性を持つ筋細胞を開発し、培養中の細胞に対して継続的に青緑色光を照射しました。その結果、光照射を与えた細胞では細胞内にある収縮の最小構成単位であるサルコメア 構造の発達が促進されることを確認しました。また、このように発達した筋細胞が、光刺激に応答して収縮することが分かりました。その効果はChRGRを発現する細胞のみに特異的であることが認められました。さらに検討を進めた結果、一定の周期的なリズムを持ったパルス刺激(1 Hz)が効率的に成熟した筋細胞への分化を亢進させること、この現象は細胞内カルシウムの振動が重要であることが示唆されました。

このように本研究で開発された技術は、光を照射するだけで特定の時間に、特定の細胞または細胞群を活性化させて細胞の成長・成熟を促進させるものとして注目されます。さらに、光照射に応答して収縮する能力を獲得した骨格筋細胞やマイクロマシンの駆動源となるバイオアクチュエータを効率よく製造するものとして期待されます。

図 光照射による筋細胞のトレーニング
(左)トレーニング前の未熟な細胞、(右)トレーニング後の収縮構造(サルコメア)が構築された細胞(緑:ChRGR、マゼンタ:サルコメア)

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

筋肉が関与する疾患には筋萎縮性側索硬化症(ALS) や遺伝性ニューロパチー などが挙げられ、いずれも極度の筋力低下を伴う重篤な難病です。神経の病変を原因とするこれらの疾患に対して、現在のところ有効な予防法や治療法はありません。光で制御できる光応答性骨格筋は光の強度や周波数、持続時間を自在にコントロールすることで様々な細胞活動を与えることができ、筋組織の形成や再生機構を解析できる有用なモデルとなります。さらに、患者自身のiPS細胞やMUSE細胞などの多能性幹細胞から得られた筋芽細胞に、本研究で開発した技術を適用すれば、近い将来、神経入力の代わりに光照射することにより、失われた骨格筋の機能を補完・回復できる新しい治療法の開発が見込まれます。

特記事項

本研究成果は、2月9日(月)10時(英国時間)に英国ネイチャー出版グループのオンライン学術誌「Scientific Reports」に掲載されました。
【論文タイトル】Optogenetic induction of contractile ability in immature C2C12 myotubes
【著者】Toshifumi Asano, Toru Ishizuka, Keisuke Morishima, Hiromu Yawo

また、本研究は、文部科学省科学研究費、公益信託 「生命の彩」ALS研究助成基金、大阪大学プロジェクトMEET研究助成、文部科学省プロジェクト”医・工・情報連携によるハイブリッド医工学産学連携拠点整備事業”の支援により行われました。

特許第5544659号「改変された光受容体チャネル型ロドプシンタンパク質」発明者:八尾寛, 石塚徹. 特許権者:国立大学法人東北大学(登録日:平成26年5月23日)

参考URL

用語説明

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動神経が侵される病気で、筋肉がやせ細り(筋萎縮)、徐々に動かすことができなくなる難病の一つである。

チャネルロドプシン

チャネルロドプシン(ChR):

チャンネルロドプシンには1(ChR1)と2(ChR2)の二種類が知られており、いずれも光に応答してH+, Na+, K+,Ca2+などの陽イオンを透過させるが,光の吸収波長や反応性に違いがある。ChR1は緑色光に応答し、ChR2は青色光に応答する。

筋芽細胞

筋肉のもととなる細胞であり、筋芽細胞(筋衛星細胞)が増殖、分化することで骨格筋は生涯に渡って再生を繰り返している。

チャネルロドプシングリーンレシーバー(ChRGR)

ChR1とChR2のキメラタンパク質(遺伝子組み換え技術により2種類以上のタンパク質の特定部分を融合させたもの)であり、青緑色光によって最も強く活性化され、ChR2と比較して、早い反応時間、高い感受性、抑制された脱感作などの特徴を持っている。

サルコメア

筋肉を構成する細胞内にある収縮単位であり、主にアクチンとミオシンからなる規則的に整列した縞模様構造を取っている。

遺伝性ニューロパチー

遺伝性に末梢神経に障害が起こる病気で様々な病型があるが、筋肉の萎縮、筋力の低下、手足の感覚鈍麻などを主徴とする疾患である。