室温で動作するナノスイッチの組み立てに成功!

室温で動作するナノスイッチの組み立てに成功!

原子レベルで集積化された超大容量不揮発性メモリへの応用が可能

2015-2-6

本研究成果のポイント

ナノクラスター(ナノサイズの原子の集合体)の構造の安定性を精密に調整する方法を発見
・ナノクラスターに「物質にとって不安定な室温環境で動作するスイッチ機能」を付加=「ナノスイッチ
・ナノスイッチは極僅かな電流を流すだけで確実・安定に動作させることが可能

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科の稲見栄一特任講師(常勤)、杉本宜昭准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科の阿部真之教授、大阪大学産業科学研究所の森田清三特任教授らは、物質・材料研究機構の濱田幾太郎研究員との共同研究により、室温で動作する極限サイズのスイッチ素子(ナノスイッチ) を個々の原子から組み立てることに成功しました。ナノスイッチは外部から微小な電流を流すことで、高い制御性をもって動作させることができます。将来、原子レベルで集積化された超大容量不揮発性メモリへの応用が可能です。

研究の背景と研究成果

エレクトロニクスの分野では、デバイスの微細化・集積化が限界に近いといわれており、新しい原理に基づくナノ材料プロセスの確立が望まれています。その一つとして、走査型プローブ顕微鏡 を用いた原子・分子操作は、表面の1つ1つの原子や分子を直接動かすことができる究極の微細加工技術として期待されています。現在、この原子・分子操作を利用して、単一の原子や分子をナノスイッチとして動作させる方法が数多く提案されています。しかし、そのほとんどが極低温環境を必要としています。実用上重要な室温環境では、素子が熱的に不安定になり、スイッチ制御が難しくなります。また、なんらかの方法で熱的な挙動を抑えすぎると、スイッチ動作を引き起こすこと自体が難しくなります。したがって、室温環境下でナノスイッチを実現するには、「スイッチ素子を外部からの電流によってのみ安定に動作させる」という繊細なエネルギーバランスを如何に実現するかが鍵となります。そこで、研究グループは、ナノクラスター をナノスイッチとして動作させることを試みました。ナノクラスターは、構成する原子数や元素によって性質が劇的に変化することが知られています。本研究では、鉛原子から成るナノクラスターを対象に、構成する原子数を単原子レベルで制御することで構造の安定性を精密に制御し、これにより室温で動作するナノスイッチを実現しました。

実験では、まず走査型プローブ顕微鏡の探針を用いて、シリコン表面上に吸着させた個々の鉛原子を操作し、単原子レベルでサイズが確定したナノクラスターを組み立てました。 図1 は、鉛単原子、及び2~6個の鉛原子から成るナノクラスターの顕微鏡画像です。本研究で用いたシリコン基板は、2~3ナノメートル(1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の1の長さ)程度のナノ空間が周期的に配列した表面構造を形成しています。鉛単原子、及び鉛ナノクラスターは、すべてこのナノ空間内(図中の破線枠内)に閉じ込められています。画像の詳細な解析から、鉛ナノクラスターの構造は、サイズが大きくなるにつれ安定化することが明らかとなりました。さらに、3つの鉛原子から成るナノクラスター(鉛3量体)は、室温で安定に存在する一方で、探針から特定の箇所へ微小な電流を流すと、構造が2つの状態(L状態とR状態)の間を可逆的にスイッチすることを発見しました (図2) 。鉛3量体のサイズは、僅か2ナノメートル程度で、スイッチを起こすのに必要な電流量は数十ピコアンペア(1ピコアンペアは1アンペアの1兆分の1の電流量)程度と極僅かです。つまり、鉛3量体は室温において、省電力で動作するナノスイッチとして機能します。 図3 は、鉛3量体スイッチの動作がいかに安定なのかをデモンストレーションした結果です。微小な電流を流すだけで、鉛3量体をR状態からL状態へ、またL状態からR状態へ繰り返し、かつ確実にスイッチさせ続けることができました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、ナノクラスターのサイズを単原子レベルで制御することにより、その秘められた特性を引き出し、機能させることに成功しました。今回は単一のナノクラスターが対象ですが、将来、鉛3量体をナノスケールで高密度に集積させることができれば、省電力かつ信頼性の高い超大容量不揮発性メモリが実現できます。また、単原子レベルでのナノクラスター構造制御を他の元素で行うことで、ナノスイッチ以外にも、単電子デバイス、ナノ磁石、ナノ触媒などの様々な特性・機能を引き出すこともでき、それらを原子スケールで組織化させた高次機能デバイスも実現可能です。したがって、このような技術はデバイスの微細化・集積化に伴う諸問題を解決する糸口になると期待されます。

参考図

図1 原子操作によって創製した鉛のナノクラスター
ナノ空間(破線枠)に1つずつ鉛原子を加えていき、6個の鉛原子から成るナノクラスターまで、 創製している。鉛ナノクラスターは、サイズが大きくなると共に構造が安定化する。

図2 電流によるナノスイッチの動作制御
鉛3量体は、走査型プローブ顕微鏡の探針から微小な電流を流すことで、2つの状態(L状態とR状態)の間をスイッチする。

図3 電流スイッチによる鉛ナノクラスターの構造制御
R状態、L状態にある鉛3量体の特定箇所(×印)で、走査型プローブ顕微鏡の探針から電流を流すと、2つの状態の間を安定かつ確実にスイッチさせ続けることができる。

特記事項

本研究成果は、Nature Communications, vol.6 (2015) 10.1038/ncomms7231に掲載されました。
‘Room-temperature concerted switch made of a binary atom cluster’ Eiichi Inami, Ikutaro Hamada, Keiichi Ueda, Masayuki Abe, Seizo Morita, and Yoshiaki Sugimoto

本成果は、独立行政法人日本学術振興会 科学研究費補助金によって得られました。

参考URL

用語説明

ナノクラスター

数個から数百個の原子から構成される原子の集合体。この集合体(クラスター)のサイズはナノメートル程度であり、通常の固体とは異なる性質を持つことから、新しい物質群として期待されている材料である。例えば、金の固体は化学的に不活性である貴金属の代表であるが、金のナノクラスターは化学的に活性となり、触媒としても使えることが知られている。

ナノスイッチ

サイズがナノメートル程度のスイッチ素子。電子機器は、巨大な数のスイッチ素子から構成されている。したがって、スイッチ素子の特性が電子機器全体の性能を決定する。デバイスの微細化・集積化を実現するには、スイッチ素子を、その性能を保持しながら微細化する必要がある。ナノスイッチは、極限的に微細化されたスイッチ素子であり、単一の原子から成る原子スイッチ、単一の分子から成る分子スイッチ、さらにそれらを複合的に組み合わせたスイッチ素子が提案されている。

走査型プローブ顕微鏡

鋭い針(探針)を観察したい表面上でスキャンすることによって、表面の原子を観察する顕微鏡。探針にかかる力を測定する原子間力顕微鏡や、探針と表面の間に流れる電流を測定する走査型トンネル顕微鏡などがある。