2014年2月4日

本研究成果のポイント

●アルツハイマー病になりにくい体質を持つマウスがいた。
●KLC1Eがアルツハイマー病の中心となる病理を制御していた。
●アルツハイマー病の根治治療法のターゲットであるアミロイドβ蛋白蓄積に関するメカニズムが解明された。

リリース概要

大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学講座(精神医学)の森原剛史助教らは、アルツハイマー病の中心病理であるアミロイドβ蛋白※1 の脳内蓄積量が、遺伝子kinesin light chain 1 スプライスバリアントE (KLC1E)※2 によって制御されていることを明らかにしました。

一般に病気の罹りやすさには体質(遺伝因子)が関与しています。そして体質の差異はヒトだけでなくマウスにもあります。本研究ではまず、マウスの系統間※3 でアルツハイマー病へのなりやすさに差異があることを発見しました。アルツハイマー病になりにくいマウス系統が持つ背景遺伝子※4 のなかの、いずれかの遺伝子がアルツハイマー病理を抑制していることになります。私たちはこのアルツハイマー病理抑制遺伝子を突き止めるために独自の組み合わせ解析を行いました。その結果、アルツハイマー病脳のアミロイドβ蛋白の蓄積を制御する遺伝子KLC1E を突き止め、またヒトにおいてもアルツハイマー病脳でKLC1E量が上昇していることを確認しました。さらに神経培養細胞においてKLC1E量を人工的に低減すると、アミロイドβ蛋白産生も抑制されることも解明しました。

KLC1Eに関するこれらの発見は、細胞内輸送の障害がアルツハイマー病の発症に関与していることを示し、これまでにない診断や治療法の開発につながります。また私たちの考案した「マウス体質差の網羅的発現解析によるヒト疾患の解明」という研究戦略は、アルツハイマー病に限らず多くの多因子疾患の関連遺伝因子特定に応用可能です。

本研究成果は、科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences USA (PNAS))」のオンライン速報版(http://www.pnas.org/)にて2月4日(米東部時間)に公開される予定です。なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として、また科学研究費補助金などの助成を受けて、大阪大学を中心に国内6施設と海外1施設の共同研究として行われました。


ヒトだけでなくマウスにもアルツハイマー病へのなりやすさに体質差があった。
その体質差の原因となる遺伝子を突き止め,ヒトのアルツハイマー病理形成に重要な分子を明らかにした。

研究の背景

アルツハイマー病患者数は増加していきますが効果的治療法はありません。

わが国の認知症の患者数は団塊世代全員が75歳以上になる2025年には470万人まで増え、その後も人口の高齢化のため患者数は増加していくと推計されています。認知症の原因疾患として最も多いのがアルツハイマー病ですが、その効果的な治療法や予防法はありません。アルツハイマー病の中心脳病理はアミロイドβ蛋白の蓄積ですが、特殊な家族性アルツハイマー病の場合をのぞいて、この病理形成の分子メカニズムは未だよくわかっていません。

多くの病気には体質(遺伝子)が関与しています。

アルツハイマー病、高血圧症や糖尿病など多くの疾患は、多数の遺伝因子(体質)、環境因子や生活様式が発症に関与する多因子疾患です。発症に関与する体質が遺伝子レベルで解明され、発症のメカニズムが分子レベルで明らかになれば、これまでにない診断法や治療法の開発が可能になります。しかしながら多因子疾患の遺伝因子の大部分は解明できていません。

なぜ体質(遺伝子)の研究は難しいのでしょうか?

多因子疾患の発症には遺伝因子だけでなく様々な環境因子や生活様式も影響するので、体質(遺伝子)の影響を直接効率的に評価することができません。またヒト遺伝子は個人間の多様性に富み、この複雑性もヒト遺伝子解析を困難にしています。

アルツハイマー病になりにくい体質を持つマウスがいた!

実験動物はヒトと違い環境や生活様式の統制が可能なため、遺伝因子(体質)に特化した研究をヒトより効率的に行うことができます。さらに実験用マウスは遺伝因子も統制されており、同一の系統に属する実験マウスは同一の背景遺伝子(体質)を共有しています。そのため実験マウスでは個体間の背景遺伝子の多様性を単純化でき、ヒトより大幅に効率的な遺伝子の探索が可能となります。まず私たちはアルツハイマー病になりにくいマウス系統が存在するかを検討しました。するとDBA/2という系統のマウスはC57BL6やSJLという系統よりもアルツハイマー病の病理が形成されにくいことを発見しました。アルツハイマー病の中心病理はアミロイドβ蛋白が脳内に多量蓄積してしまうことですが、DBA/2ではその量がわずか3分の1から4分の1だったのです。


klc1遺伝子がマウス脳内Aβ蓄積量を制御している。交配により背景遺伝子が混合状態となったマウスの脳内アミロイドβ蓄積量は個体によって10倍以上の差がある。父と母から1個ずつ受け継いだklc1遺伝子が2つともDBA系統由来であったマウス個体(青)はklc1Eの発現量が低く脳内アミロイドβ蛋白蓄積量も少ない。DBA系統由来のklc1遺伝子を1つだけ持つマウス個体(灰色)はklc1Eの発現量が中等量でアミロイドβ量も中等量である。DBA由来のklc1遺伝子を全く持たないマウス個体(赤)は、klc1Eの発現量が高値でアミロイドβも多量に蓄積している。

マウス系統差に遺伝子発現解析を組み合わせるという新しい戦略が成功しました。

上述のようなマウスの利点をもってしても、体質を規定する遺伝子の特定を試みた研究の成功率は1%以下です。そこで我々は通常用いられるゲノム解析の代わりに、遺伝子発現解析を行いました。この発現解析は各遺伝子の挙動を効率的に直接捉えるという長所があります。しかしながら検体の品質による影響を極端に受けやすく、また遺伝子発現差と疾患の因果関係が不明確であるという短所があります。そのため検体の状態に妥協が伴うヒトの死後脳を用いた発現解析では疾患関連遺伝子の同定にあまり成功していません。一方、私たちが用いることにしたマウスでは高品質の脳を容易に収集することができます。また因果関係についても、疾患モデルマウスと疾患病理を有さない通常のマウスを並行して解析することで、原因となる遺伝子を絞り込むことで解決しました。つまり「マウス系統間差」と「遺伝子発現解析」という組み合わせは、両者の長所の相乗効果が得られるだけでなく、各手法の短所を最小化することができる研究戦略であると私たちは考えました。

KLC1Eがアルツハイマー病の中心病理を規定していた。

アルツハイマー病のなりやすさについて体質が異なるマウスの遺伝子発現を解析することで、KLC1Eがアルツハイマー病の中心病理であるアミロイドβ蛋白の蓄積量を規定していることを私たちは明らかにしました。ヒトにおいてもマウス同様にアルツハイマー病患者さんの脳でKLC1Eの発現が高値でした。さらに培養細胞の実験でもKLC1Eの発現量を人工的に増減するとアミロイドβ蛋白の産生も増減することがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

アルツハイマー病の根治治療法のターゲットであるアミロイドβ蛋白蓄積に関するメカニズムが解明された。

神経細胞の特徴のひとつはその長い突起で神経細胞同士の情報伝達に必要です。アルツハイマー病になるとその長い突起が傷んだり、その長い細胞内の物質輸送が障害されたりして認知症の症状が出現します。これまでの学説ではアミロイドβ蛋白が細胞内輸送障害を引き起こすと考えられています。KLC1は細胞内輸送に重要な分子であり、そのスプライスバリアント Eの上昇がアミロイドβ蛋白の蓄積を増加させていることが本研究で分かりました。つまりアミロイドβ病理の「結果」だと従来考えられていた細胞内輸送障害がアミロイドβ病理の「原因」でもあることが判明しました。現状のアルツハイマー病の薬は「症状」を進行抑制するだけで、症状の原因となる「脳病理」は改善も進行抑制もできません。細胞内輸送をさらに研究することで脳病理を抑制する画期的な治療法の開発につながる可能性があります。

アルツハイマー病に限らず、多くの多因子疾患について関連する体質(遺伝子)の解明が可能になる。

「マウスの系統間差」と「網羅的発現解析」の組み合わせが多因子疾患の疾患関連遺伝子に効率的であることが本研究で示されました。従来の研究方法では疾患関連遺伝子同定が困難な様々なヒトの多因子疾患に対して、我々の新規研究戦略は応用可能です。

用語解説

※1 アミロイドβ蛋白
Aβ蛋白、βアミロイド蛋白などとも呼ばれることがあります。アルツハイマー病脳の最大の特徴は老人斑(アミロイドプラーク)の沈着であり、その構成成分がアミロイドβ蛋白です。健常者でも加齢とともに脳内にアミロイドβ蛋白は蓄積していきますが、アルツハイマー病患者ではその量が著しく多くなります。アルツハイマー病の脳病理形成はまずアミロイドβ蛋白が蓄積していき、その後タウ蛋白病理が出現、さらに神経脱落が生じると考えられています。認知症の臨床症状は最終段階である神経脱落がある程度進行した時点で出現します。アミロイドβ蛋白蓄積抑制は、開発が待ち望まれているアルツハイマー病の根治的治療法のターゲットでもあります。

※2 kinesin light chain 1 スプライスバリアントE (KLC1E)
細胞が活動するためには、細胞内の各部位に必要な物質を輸送する必要があります。KLC1はこの細胞内輸送を担う重要な分子の一つです。KLC1遺伝子からは選択的スプライシングという機構を利用して多種類のKLC1バリアント蛋白質が産生されており、これらのうちの一つがスプライスバリアントE(KLC1E)です。多様なスプライスバリアントを作ることで、輸送物質の選択や輸送先の調整をしている可能性が示唆されています。KLC1は古くからよく知られている分子であるにもかかわらず、そのスプライスバリアントの機能はKLC1Eを含め注目されておらず、ほとんど研究されていません。

※3 マウス系
犬には、チワワ、柴犬やゴールデン・レトリバーなど様々な犬種がありそれぞれ体格や性格などが異なります。似たようにマウスにも様々な系統があり毛の色など様々な性質が異なります。実験用マウスの場合、実験誤差を減らすため遺伝学的な個体間差がなくなるよう繁殖維持されてきました。こうして樹立されたマウス系統にはそれぞれ系統名が付けられ(本研究ではC57BL6、DBA/2やSJLなどを使用)、同じ系統名のマウス同志は同一の背景遺伝子を持つことになります。

※4 背景遺伝子
ある生物個体の性質のもととなる遺伝子「全体」の機能や特徴。個体の性質を決定する具体的遺伝子が不明の場合にも、その遺伝的要因を示すため用いられることもある用語です。日常言葉である「体質」という漠然とした言葉の意味のうち、遺伝要因に相当する部分も背景遺伝子に相当するといえます。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 精神医学教室
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/psy/www/jp/index.html

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