2014年2月3日

本研究成果のポイント

●マルチスライスアプローチを取り入れたX線タイコグラフィーを世界で初めて実証
●三次元集積回路や生体骨組織の非破壊・高分解能・三次元観察への応用に期待

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科の高橋幸生准教授、鈴木明大 (博士後期課程1年・日本学術振興会特別研究員)、理化学研究所放射光科学総合研究センターの石川哲也センター長らの研究グループは、これまで不可能であった厚い試料に対する高分解能でX線イメージングが可能であることを実証しました。

X線は高い透過力を有していることから、厚い試料であっても内部の構造を観察することが可能です。また、X線は波長がオングストローム(Å:100億分の1メートル)程度の電磁波であり、それを用いた高い分解能を有する顕微鏡を構築することも原理的には可能です。しかしながら、厚い試料の内部を高い分解能で観察することは容易なことではありません。X線イメージングでは、多くの場合、被写体をX線の進行方向に投影した極めて薄い物とみなす投影近似を使っています。しかし、実際には波としての性質を有するX線は試料の中で広がるため、厚い試料を高い分解能で観察しようとするとこの近似が使えなくなります。そこで今回、研究グループは、被写体を入射X線に垂直な薄い層の積み重ねとし、層間でのX線波面の変化を考慮する「マルチスライスアプローチ※1」を取り入れた「X線タイコグラフィー※2」を世界で初めて実証しました。大型放射光施設SPring-8※3において、105マイクロメートル(μm:100万分の1メートル )の厚さの試料を観察したところ、投影近似による限界である192ナノメートル(nm: 10億分の1メートル)を遥かに超える約50nmの分解能を達成しました。

今回実証したマルチスライスX線タイコグラフィーを用いることで、厚い試料に埋もれたナノ構造物や組織の観察が可能となることから、例えば、三次元集積回路の微細配線や生体の骨組織の非破壊・高分解能・三次元観察への応用展開が期待できます。

本研究成果は、2014年2月4日(米国東部時間)に米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のオンライン版に掲載される予定です。

研究の背景

X線イメージング技術はX線が高い透過力を有することから、物体の内部構造を非破壊で観察する方法として広く用いられています。医療診断、空港の手荷物検査におけるX線写真はその代表的な例です。また、X線はオングストローム程の波長を有する電磁波としての性質も持つことから、原理的には、高い空間分解能を有する顕微鏡を構築することが可能です。しかしながら、X線を使って厚い試料を高い空間分解能で観察することは、容易なことでありませんでした。その理由の一つが、X線の波としての性質にあります。通常、X線イメージングは、被写体の中をX線が真っ直ぐ進むという仮定のもとで行います。これは、被写体をX線の進行方向に対して投影した薄い物体であるとみなすことに相当し、これを投影近似と呼んでいます。投影近似は、試料が薄く必要な空間分解能が低いときには適用できますが、逆に試料が厚く必要な空間分解能が高いときには適用が困難です。すなわち、投影近似下では、試料中の最も厚い部分の厚さと達成可能な空間分解能はトレードオフの関係にあると言えます。

今回、研究グループは、マルチスライスアプローチを取り入れたX線タイコグラフィーというX線イメージング手法により、試料が厚くても高い空間分解能を有するX線イメージングが可能であることを世界で初めて実証しました。マルチスライスアプローチは、被写体を入射X線に垂直な薄い層の積み重ねとし、層間におけるX線波面の変化を考慮する解析法です。電子顕微鏡では、マルチスライスアプローチは一般的な解析法として用いられていますが、X線顕微鏡では適用された報告はありません。この一つの理由として、現状で達成できているX線顕微鏡の空間分解能が低いことが挙げられます。空間分解能が低いため、多くの場合で投影近似が適用できていたのです。

X線の空間分解能が乏しい理由の一つは、電子線のようにその進行方向を自在に変えることができないために、優れたX線用レンズの作製が難しいことが挙げられます。近年、レンズを用いることなく高空間分解能X線イメージングを実行可能なコヒーレントX線回折イメージング※4の研究が盛んに行われています。今回用いたX線タイコグラフィーという手法もコヒーレントX線回折イメージングの一つです。これまで、本研究グループは、大型放射光施設SPring-8の理研物理科学IビームラインBL29XULにおいてX線集光鏡を駆使した高空間分解能・高感度X線タイコグラフィー装置を開発し、試料中の10μm以上の領域の電子密度や特定元素の分布を10nmより優れた空間分解能で可視化できること (2011年9月学術雑誌「Applied Physics Letters」(出版社:American Institute of Physics)において発表済み、2011年9月28日プレスリリース: http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2011/110928)やX線波長の約320分の1という小さな位相のずれを観察できること(2013年3月学術雑誌「Applied Physics Letters」(出版社:American Institute of Physics)において発表済み、2013年3月4日プレスリリース: http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2013/130304-2)を実証してきました。このような、X線タイコグラフィーの高度化に関する研究を進めていく中で、空間分解能が高くなると投影近似が適用できなくなり、今後、X線タイコグラフィーを様々な試料観察に応用していく上でこの問題は避けて通れないことが明らかとなったことから、本研究を着想するに至りました。

研究成果の内容

試料には、二枚の窒化珪素膜を105μmのギャップで張り合わせた二層構造体を用いました。窒化珪素膜には厚さ50nmの白金が蒸着されており、集束イオンビーム加工によって一層目には“SACLA”、二層目には“SPring8”の文字が描かれています。X線タイコグラフィーの実験は、SPring-8のBL29XULにて行いました。7keVに単色化した放射光X線を全反射集光鏡により集束し、500nmサイズのスポットを形成しました。そして、集光点に試料を配置(上流側がSACLAの文字、下流側がSPring8の文字)し、散乱X線強度をCCD検出器で測定しました(図1)。次に、観測された散乱X線強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像の再構成を行いました。ここでは、マルチスライスアプローチを取り入れた位相回復反復アルゴリズム※5を用いました。その結果、試料の一層目と二層目の位相像が分離して再構成されました(図2(a),(b))。散乱X線強度パターンは、一つの入射方向からしか測定していないのに、三次元的な再構成像が得られていることは一見不思議ですが、二次元的に測定される回折強度パターンには、試料の三次元情報が含まれるというX線結晶学の理論に矛盾しておりません。また、比較のために、二つの再構成像を重ねあわせた像(図2(c))とスライス面間のX線波面の広がりを考慮しない従来の方法による再構成像(図2(d))を比較するとその差は一目瞭然です。従来法では空間分解能が悪く、多くのアーティファクトが出現しています。

分解能についてより詳細に評価するために、拡大像およびその断面について調べました。拡大像を同じ視野の電子顕微鏡画像と比較すると、微細な構造が両者で一致していることが分かります。すなわち、電子顕微鏡と同等の高い空間分解能を達成できていると言えます。また、断面プロファイルからその空間分解能は、約50nmであると分かりました。理論的に、今回の実験条件において、投影近似下で達成できる空間分解能は192nmであると見積もられます。すなわち、マルチスライスアプローチを取り入れることで、X線タイコグラフィーの空間分解能が4倍程度良くなったと言えます。

今後の展開

今後、厚い試料を高い空間分解能で観察できる本イメージング法を用いた様々な試料観察への応用が期待されます。例えば、三次元集積回路の微細配線や生体の骨組織の非破壊・高分解能・三次元観察への応用が考えられます。このような厚い試料は、機械加工により試料を薄くスライスして、電子顕微鏡で観察することが一般的ですが、マルチスライスX線タイコグラフィーでは、試料非破壊で、かつ三次元的な観察を高い空間分解能で行うことが可能です。現状では、光軸方向に対する空間分解能は約20μmと光軸垂直方向と比べてかなり悪いことが問題ですが、現在検討されているSPring-8の次期計画で実現する高輝度放射光源を用いることで、この問題はある程度解決できます。また、現状のSPring-8の光源性能であっても、試料を回転させ様々な入射X線方向から測定を行うことで、三次元的な空間分解能を向上させることも可能です。近い将来、マルチスライスX線タイコグラフィーが究極的な非破壊・高分解能・三次元X線イメージング法として大きく発展していくことが期待されます。

論文情報

“High-resolution multislice x-ray ptychography of extended thick objects”
Akihiro Suzuki, Shin Furutaku, Kei Shimomura, Kazuto Yamauchi, Yoshiki Kohmura, Tetsuya Ishikawa, Yukio Takahashi
Physical Review Letters, 2014.

参考図

図1 (a)X線タイコグラフィーの光学系の模式図。(b)試料の電子顕微鏡画像。
全反射集光鏡によって7keVの放射光X線を∼500nmのスポットに集光する。集光点に105μmのギャップを有する2層構造試料を配置し、試料からの散乱X線強度をCCD検出器で測定する。

図2 試料の再構成像。(a,b)マルチスライスアプローチによって再構成された(a)1層目と(b)2層目の位相像。(c)(a)と(b)の像を重ねることによって導出した投影像。(d)従来法によって再構成された投影像。
マルチスライスアプローチによって、2層構造を有する試料の1層目と2層目が分離して差構成された。従来法では、再構成像の空間分解能が悪くアーティファクトが多数現れているが、マルチスライスアプローチでは、空間分解能が高く、ほとんどアーティファクトが現れていない。

図3 (a)(左)図2の中で赤色の四角で囲った領域の再構成像の拡大図と(右)同じ領域での電子顕微鏡画像。(b) (a)で赤色の線で示した位置での断面プロファイル。
マルチスライスアプローチで再構成された位相像と電子顕微鏡画像を比較すると細かい構造が一致しており、本手法が高い空間分解能を有していることが分かる。断面プロファイルから50nm程度の空間分解能を有していることが確認された。

用語解説

※1 マルチスライスアプローチ
被写体を入射光に垂直な薄い層の積み重ねとして表し、その層を順に光が波動光学的に伝わっていくとする解析法。

※2 X線タイコグラフィー
コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。タイコとはギリシャ語で重なり(πτνξ = fold)を意味する。

※3 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す共用施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で曲がる際に放射される光の一種。SPring-8では、周回する電子群のサイズが小さいことや高い安定性のため、干渉性の優れたX線が得られる。

※4 コヒーレントX線回折イメージング
干渉性の優れたX線を試料に照射した際に、遠方で観測される回折パターンに位相回復計算を実行して試料像を取得するイメージング技術。結像するためのレンズを必要としないため、これまでレンズによって制限されてきたX線イメージングの空間分解能を飛躍的に上昇させることが可能となった。コヒーレントとは、干渉性の優れた、位相のそろった波を意味する。

※5 位相回復反復アルゴリズム
コヒーレントX線回折イメージングの実験において、測定されるのは回折強度のみであって、位相は含まれない。試料像を得るためには位相を回復する必要があり、拘束条件により位相を回復することができる。位相回復アルゴリズムとは、位相を回復するための手順を定式化したもの。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻
精密科学コース 超精密加工領域 高橋幸生准教授
http://www-up.prec.eng.osaka-u.ac.jp/takahashi

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