金ナノ粒子の光散乱効果が飽和することを発見

金ナノ粒子の光散乱効果が飽和することを発見

超高解像度のレーザー顕微鏡の開発に応用

2014-1-9

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科 藤田克昌准教授、河田聡教授、国立台湾大学 Shi-Wei Chu准教授からなる研究グループは、金ナノ粒子に高い強度の光を照射すると、光の散乱効果が飽和することを発見し、さらにその現象を光学顕微鏡の解像力を高めることに応用しました。この成果は、これまで知られていない光と金属との相互作用を明らかにし、その物理現象の詳細な理解、さらにはレーザー顕微鏡技術の進展に大きく寄与することが期待されます。

本研究成果は、2014年1月7日に米国物理学会 Physical Review Lettersのオンライン版で発表されました。

研究の背景

光を物質に照射すると、その光は散乱され、様々な方向に進んでいきます。この光散乱の効果を飽和させるのは極めて強い光が必要であると考えられてきました。光学効果の飽和の多くは、高い強度の光の照射が物質の特性を変化させてしまうことにより生じます。しかし、光の散乱の際には、光は散乱物質にエネルギーをほとんど与えないため、物質の特性の変化はほとんどありません。このため、光散乱の飽和については研究が行われておらず、またその現象の応用も全く考えられていませんでした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

研究グループは、金属の表面の自由電子の集団振動(プラズモン )が光と強く相互作用することを利用し、金属表面の光散乱を飽和させることを考案しました。実際に、高い強度の光を金ナノ粒子に照射すると、光散乱の効率が減少していき、完全に飽和する様子が確認されました( 図1 )。この飽和現象はプラズモンを高効率に誘起する波長の光の照射で顕著に表れることから、高い強度の光の照射ではプラズモンの誘起の効率が低下し、それに共鳴して生じる光散乱の効果も低下することが、光散乱の飽和のメカニズムだと考えられます。この新しい光学現象の発見により、光と金属との相互作用の理解のさらなる進展と応用が期待されます。

さらに研究グループは、光散乱の飽和時において、照射光の強度と散乱光の強度とが非線形な関係 となることを利用し、従来の光学顕微鏡の限界を大きく超えた解像力をもつレーザー顕微鏡を開発しました。光散乱の飽和は、照射光の強度の高い部位に特に顕著に表れます。このため、レンズでレーザー光を集光した焦点では、その焦点の中心の極めて狭い範囲のみで光の散乱が飽和します。この光散乱の飽和を検知しながら、レーザー焦点を試料表面上で走査すると、試料の構造を高い解像度で観察できます( 図2 )。光学顕微鏡の空間分解能を向上する超解像技術 は、これまで蛍光顕微鏡近接場顕微鏡 において実現されていますが、本研究により、金属に直接散乱された光を捉えることでも超解像観察が可能であることが初めて示されました。この技術は、様々な材料やデバイス表面、金ナノ粒子をプローブとして導入した生体試料の高速超解像観察、また、その特性、機能や性能評価に利用されることが期待されます。

特記事項

本成果は、独立行政法人日本学術振興会「最先端・次世代研究開発支援プログラム」の研究課題「生体機能可視化のための超解像分子イメージング技術の開発(代表 藤田克昌 大阪大学 大学院工学研究科 准教授)」、および独立行政法人日本学術振興会「アジア研究教育拠点事業」の交流課題「アジア先進ナノフォトニクス研究教育拠点(代表 平野俊夫 大阪大学 総長)」によって得られました。

原著論文

Shi-Wei Chu, Tung-Yu Su, Ryosuke Oketani, Yen-Ta Huang, Hsueh-Yu Wu, Yasuo Yonemaru, Masahito Yamanaka, Hsuan Lee, Guan-Yu Zhuo, Ming-Ying Lee, Satoshi Kawata, and Katsumasa Fujita, “Measurement of a saturated emission of optical radiation from gold nanoparticles: Application to an ultrahigh resolution microscope,” Physical Review Letters, 112, 017402 (2014).

参考図

図1
a) 直径100nmの金ナノ粒子における、照射光の強度と散乱光の強度との関係。プラズモンを効率的に誘起する波長で強い飽和効果が観察された。
b) 直径100nmの金ナノ粒子、およびバルク状の金の消光スペクトル。

図2 近接する2つの金ナノ粒子(直径100nm)の観察像。
スケールバー=1µm。従来のレーザー顕微鏡では2つの粒子を区別できないが、開発した手法では可能。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 応用物理学コース ナノフォトニクス領域
http://lasie.ap.eng.osaka-u.ac.jp/home_j.html

APS(American Physical Society) スポットライト
http://physics.aps.org/synopsis-for/10.1103/PhysRevLett.112.017402

用語説明

プラズモン

金属の表面の自由電子の集団振動(プラズモン)。光が金属表面に入射すると、電磁波である光は自由電子を揺さぶり、集団的な電子の振動をもたらします。金属の大きさや形によっては、この効果が顕著に表れ、光の散乱や吸収の効果を増大させます。これはプラズモン共鳴効果と呼ばれ、高感度な光計測に利用されています。

非線形な関係

比例関係でないこと。通常、物質に照射される光の強度と、散乱される光の強度とは比例関係(線形)となるが、光散乱の飽和が生じると、その関係が崩れて、非線形となる。

超解像技術

従来の光学顕微鏡では、光の波長の半分程度(200nm)以下の微細構造の観察は不可能でした。超解像技術は、この限界を超えた解像力を実現する技術であり、これまで、試料の蛍光発光の光制御を利用する方法、試料表面での光学現象を金属ナノ探針を介して検出する方法の2つが実現されています。

蛍光顕微鏡

試料に蛍光発光を示す物質を導入しておき、その蛍光発光を元に観察対象の構造や物質の空間分布を画像化する顕微鏡。

近接場顕微鏡

ナノスケールに先鋭化された金属探針の先端でみられる光学効果の増強効果を利用して、試料表面の非常に高解像度の観察する顕微鏡。またナノスケールの大きさの開口と通して光学効果を観察する顕微鏡もこう呼ばれる。