固化したゲルを使ってタンパク質の結晶を強化する結晶化法を開発

固化したゲルを使ってタンパク質の結晶を強化する結晶化法を開発

創薬スクリーニングへの応用に期待

2012-4-11

<リリース概要>

大阪大学 大学院理学研究科の杉山 成 特任准教授と大学院工学研究科の松村 浩由 准教授、株式会社創晶(安達 宏昭 社長)らは、固化したゲル中でタンパク質の結晶を成長させる新しい結晶化技術(特許出願中)を世界で初めて開発し、その技術によって作製したタンパク質結晶が、浸透圧ショックによる損傷を回避できることを初めて明らかにしました。

これは、高濃度の有機溶媒にしか溶けないさまざまな新薬候補化合物と病気を引き起こす原因タンパク質との複合体結晶を容易に準備できる可能性があり、膨大な新薬候補化合物から新薬を探し出す「創薬スクリーニング」への応用が期待されます。

本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に2012年4月4日付けで公開されました。また、同誌の「Spotlights on Recent JACS Publications」に選ばれ、2012年4月11日に本研究論文が紹介される予定です。

<研究の背景>

私たちの体の中では10万種類以上のタンパク質が働いています。例えば、爪や髪の毛をつくるケラチン、皮膚や骨のコラーゲンなどさまざまなタンパク質が、生命を保ち、生きていくためにいろいろな活動をしています。タンパク質は私たち生命の源なのです。これらのタンパク質は、それぞれ非常に複雑で固有の形をしています。その形が、生命を保ち続けるための活動に大きく影響します。例えば、健康なときには、タンパク質は正常に働いていますが、病気にかかると異常な働きをします。私たちが飲む薬は、この異常なタンパク質の“くぼみ”に結合し、そのタンパク質の働きを抑えてくれます。その結果、病気を治すことができるのです。これは、「カギ穴」と「カギ」の関係に例えていうことができます。タンパク質の“くぼみ”が「カギ穴」で、薬が「カギ」です。つまり、カギ穴にぴったり結合するカギを見つけることができれば、薬を開発することができるのです。このカギ穴の形を正しく細かく見るためには、タンパク質とそのタンパク質に結合した薬との複合体の構造を知ることが必要です。そのための必要不可欠な技術が「タンパク質の結晶化」です。現在の技術では、タンパク質分子を集めて結晶を作り、その結晶にX線を当てると、タンパク質の立体的な構造が分かります。しかし、タンパク質の結晶は豆腐のように柔らかく、とても壊れやすいため、取り扱いがとても難しいのです。

また、新薬の開発では、新薬候補の化合物と結合した複合体の結晶を得るために、さまざまな化合物が溶けた溶液にタンパク質の結晶を浸漬させる必要があります。しかし化合物は高濃度の有機溶媒や高濃度の塩溶液中に溶けているため、タンパク質の結晶を浸漬させることによって、浸透圧ショックなどによる結晶の損傷が大きな問題となっていました。

<研究の内容>

大阪大学 大学院理学研究科の杉山特任准教授らは、これらの問題を解決するために、以前からタンパク質の結晶化を、完全に固化したゲル中(固体ゲル中)で成長させる新しい結晶化技術の開発に取り組んできました(図1)。これまでのタンパク質の結晶化は、溶液中で行われることが常識とされてきたために、ゼリーのように固化したゲル中でタンパク質の結晶を成長させるという発想そのものがありませんでした。この技術によって成長した結晶は、固化したゲルで包まれているため、それが保護材となり、結晶に直接触れることなく取り扱うことができます(図2)。そのため、品質の高いタンパク質の結晶が得られやすく、その結晶から高精度のX線回折データを再現性良く得ることに成功しています。

今回、研究チームは、この新しい結晶化技術によって作製したタンパク質の結晶が、高濃度の有機溶媒や塩溶液中に浸漬しても、浸透圧ショックによる損傷を回避できることを実証しました(図3)。その原因を調べるために、ビッカース強度測定装置を用いて結晶の強度を測定したところ(図4)、固体ゲル中で成長した結晶は、従来の技術で作製した結晶よりも、はるかに機械的な強度が高くなっていることが分かりました(図5)。また、レーザー共焦点微分干渉顕微鏡と呼ばれる光学顕微鏡を用いて、固体ゲル中で成長したタンパク質の結晶表面を観察したところ、初めて六角形の型をしたエッチピットを観察しました(図6)。それらは、タンパク質の結晶中に取り込まれたゲルの一部であると考えられ、結晶を支えている鉄筋コンクリートのような働きをしているのかもしれません。それ故に、固体ゲル中で成長した結晶は高い強度をもっていると考えられます。

また、研究チームは、高濃度の有機溶媒に溶けたビオチン溶液中へ、固体ゲル中で成長したアビジン結晶を浸漬させることを試みました。その結果、アビジン結晶は浸透圧ショックによる損傷を起こすことなく、ビオチンとアビジンの複合体の結晶を作製することに成功しました。この複合体の結晶を用いて立体的な構造を解析したところ、アビジンの“くぼみ”に、はっきりとビオチンが結合している様子を観察することができました(図7)。

<本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)>

本研究では、固体ゲル中で成長させる全く新しいタンパク質の結晶化技術を開発しました。この技術は、タンパク質の結晶の機械的な安定性を飛躍的に向上させることが分かりました。これは、これまでの常識を覆す世界で初めての成果であり、これまで結晶の損傷によって困難であった、病気を引き起こす重要なタンパク質の構造解析を可能にするかもしれません。また、この技術で成長したタンパク質の結晶は、浸透圧ショックを回避できることから、高濃度の有機溶媒に溶けたさまざまな新薬候補化合物とタンパク質との複合体結晶を容易に準備できる可能性を秘めています。そのため、複雑な「カギ穴」に合う「カギ」を膨大な新薬候補化合物から探し出す「創薬スクリーニング」への応用が期待されます。

<論文名>

“Growth of protein crystals in hydrogels prevents osmotic shocks”
(ハイドロゲル中で成長したタンパク質結晶は浸透圧ショックを回避する)
J. Am. Chem. Soc. 134, 5786–5789 (2012)

<参考文献>

1.“Effect of evaporation on protein crystals grown in semi-solid agarose hydrogel”
Jpn. J. Appl. Phys. 50, No.025502 (2011)

2. “Protein Crystallization in Agarose Gel with High Strength: Developing an Automated System for Protein
Crystallographic Processes”
Jpn. J. Appl. Phys. 48, No.075502 (2009)

<参考図>

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図1 一般的な結晶化法と新しい固体ゲル中で成長させる結晶化法

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図2 完全に固化したゲルに包まれたタンパク質の結晶
タンパク質の結晶の周りの青色の線が固体ゲルと溶液との境目を示しています。

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図3 高濃度の塩溶液に浸漬させた結晶の浸透圧ショックの影響を調べる比較実験
従来法で成長した結晶と固体ゲル中で成長させた結晶を成長した環境と全く異なる緩衝液の無い高濃度の塩溶液(2.5M硫酸リチウム溶液)中に浸漬させた。タンパク質の結晶の周りの青色の線が固体ゲルと溶液との境目を示しています。(A)浸漬直後の結晶の写真。従来法で成長した結晶は、直ぐにヒビ割れが発生し溶けはじめた。対照的に固体ゲル中で成長した結晶は全く変化が観察されなかった。(B)浸漬から10分後の結晶の写真。従来法で成長した結晶は、さらに溶解が進行した。それに対して、固体ゲル中で成長した結晶の変化は全く見られなかった。

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図4 ビッカース測定装置を用いた結晶の強度測定方法の概念図
固化したゲルがタンパク質の結晶中に取り込まれることによって、結晶の強度が上昇し周囲からの損傷を軽減しているのではないかと考えた。そこで、ビッカース強度測定により、結晶の強度の測定をおこなった。この装置は、無機結晶で強度を計測する際に広く用いられている装置である。具体的には、ダイヤモンドで作られたピラミッド形の先端を持った圧子をタンパク質の結晶表面に押し込み、あとに残った凹みの大きさで強度を測定する。

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図5 従来法の結晶と固体ゲル中の結晶の強度の比較実験
ビッカース硬度測定装置を用いて、タンパク質の結晶の強度を測定した。(A)従来法で成長した結晶は、ダイヤモンドで作られたピラミッド形の先端を持った圧子で押し込むと、その圧力によって結晶が崩れることが分かった。そのため強度を見積もることができなかった。(B)対照的に、固体ゲル中で成長した結晶は、圧子を押し付けても結晶を崩さずに印を付けることが可能であった。これらの強度の平均値は、21.6MPaであった。

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図6 固体ゲル中で成長したタンパク質結晶表面の光学顕微鏡写真
固体ゲル中で成長したリゾチーム結晶の溶解は32℃の温度で観察された。この時、これまで報告されていない六角形の新規な型をしたエッチピットを初めて観察した。

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図7 アビジンの“くぼみ”に結合したビオチン分子の構造
固体ゲル中で成長したアビジン結晶を有機溶媒に溶けたビオチン溶液の中へ浸漬させることによって、ビオチンとアビジンの複合体の結晶を作製した。この複合体の結晶を用いて立体構造を解析したところ、アビジンの“くぼみ”に、はっきりとビオチンが結合していることが明らかとなった。

<参考URL>