マウス胚左右軸決定に必要な繊毛細胞の数の解明

マウス胚左右軸決定に必要な繊毛細胞の数の解明

体の左右非対称性の起源解明に道

2012-1-6

<リリースの概要>

国立大学法人大阪大学(平野俊夫総長)は、下記の研究チームが、マウス初期胚の繊毛運動性が低下する変異体マウスにおける繊毛運動を計測し、体の左右軸を決めるうえで必要な最小の繊毛の数を解明しました。これは、大阪大学生命機能研究科の篠原恭介研究員をはじめとする濱田博司教授の研究グループによる成果で、英科学誌「Nature Communications」の電子版で2012年1月10日16:00時(英国時間)に公開されます。

<研究の背景>

われわれヒトに最も近いモデル動物であるマウスにおいて体の左右は受精後8日目に決定されます。この時期、体の正中線上に現れるノードと呼ばれる200の細胞群がもつ繊毛(2-3μmの運動性をもつ微小管の束)が時計回りに回転し将来の体の右側から左側へ向かう流れ(ノード流)を発生させ、この流れがノードの左右で発現していた遺伝子の対称性を破ることで体の左右を決めると考えられています(図1)。左向きの流れがどのように遺伝子発現に作用するかについては現在までに、(1)ノード脇にある運動性を持たないセンサー繊毛に機械的な刺激を入力する(2) 形態形成に必要な分泌性のタンパク質・生理活性物質を内包する小胞が左側へ輸送される、という2つの仮説が提案されています。しかしまだどちらが正しいのか、どの程度の流れがあれば体の左右が正しく決まるのかに関しては未解明な点が多く残されています。

<研究内容と成果>

今回、体の左右異常が低い頻度で現れる変異体マウス(Dpcd, Rfx3)の繊毛運動と流れを計測しました。その結果、これらの変異体マウスでは全体で200あるノードの繊毛のうちごく限られた繊毛のみが回転運動をしていて他の繊毛は運動していないという事が分かりました。従来はノード内の200本全ての繊毛が協調して流れを作り出すことが体の左右を決めるうえで重要だと考えられてきました。 しかし、意外なことにこれらの変異体マウスの繊毛の回転運動・水の流れ・遺伝子発現を同じマウス胚のサンプルを用いて調べた結果、胚の左右が正しく決まるためには少なくとも2本の回転運動する繊毛が引き起こす水の流れが存在すれば十分という事が分かりました (図2)。

<今後の展開>

今回の成果によりノードの細胞が非常に弱い流れを感知し左右を決定する能力をもつ事が分かり、「ノード繊毛は機械的な刺激を入力し左右を決定している」という説を間接的に支持する結果といえます。 今後の実験により直接的に2つの仮説を検証し体の左右非対称性の起源を明らかにすることが望まれます。


図1.  体の左右が決まる時期のマウス胚とノード繊毛細胞
(A)受精後8日目のマウス胚。胎盤から最も遠い腹側にノードと呼ばれる細胞群が現れる。(B)ノードの走査型電子顕微鏡画像。ノードは約200の細胞からなり幅60 μm深さ20 μmの窪んだ形状を持つ。ノードの窪みの中を将来の右側から左側へ向かって繊毛運動による水の流れが発生する(点線矢印)。(C)ノード繊毛の走査型電子顕微鏡画像。長さ2 μm、太さ0.2 μmの微小管の束からなる毛が1つの細胞につき1本生えている。この繊毛は時計回りに回転運動し水流を発生させる。


図2. 回転する繊毛の本数と左右非対称な遺伝子発現
(A)野生型胚。(B)回転運動する繊毛を2本持つDpcd遺伝子のノックアウト胚。(C)回転運動する繊毛を1本持つDpcd遺伝子のノックアウト胚。サークルは全て回転運動する繊毛の軌跡。水色の点はノード脇の動かない繊毛群。(D)ノックアウト胚が持つ回転運動する繊毛の本数と左右のCerl2遺伝子発現の関係。2本では正しく体の左右性が決まるが1本以下では左右は乱れる。赤:左<右(正常)、青:左>右(左右逆転)、緑:左=右(体が両側とも右になる)

<参考URL>
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/hamada/