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透明なものを可視化する「対話の場」をデザイン

均衡のある議論 市民に「見せる」

コミュニケーションデザイン・センター・准教授・八木絵香

原子力、再生医療などの専門的な科学議論に、市民も参加できるよう「対話の場をデザインする」研究をすすめる八木絵香准教授。その功績で、科学技術政策研究所から2011年の「ナイスステップな研究者」に選定。「目に見えない『透明な』ものに焦点を当てた」コミュニケーションの技法の研究を進めながら、阪大生たちにも「せっかく恵まれた総合大学にいるのだから、異分野の学生たちと議論、対話を深めることで、自身の専門性をより高めてほしい」と指導している。

透明なものを可視化する「対話の場」をデザイン

専門的な科学を「見えるもの」に媒介

専門性の高いさまざまな科学の問題は、市民には、分かりづらいため「見えていない」ものとなる場合が多い。八木准教授は自らを「媒介の専門家」と位置づける。たとえばエネルギー問題では、怒号が飛び交うのではなく、賛成派、反対派の専門家をバランスよく配置し、意見や立場が異なる人同士が議論の内容を共有できる場を設定する。それがひとつの理想的な「対話の場」となる。人選にとどまらず、テーマの設定、参加人数、椅子の配置などさまざまな要素を十分に検討する必要がある。

対話の場があれば議論は進む

八木准教授は、市民を直接念頭においた「論点抽出カフェ」を提唱。そのマニュアルは、学術の場から幼稚園の保護者会まで幅広く応用されている。「大学は研究の成果を学生に還元するのは当然ですが、社会に還元する使命も持っているのです」と語る。
自身も2人の子を育てながら「科学技術問題は子育てに密着している」との実感を抱き、お母さんを対象としたサイエンスカフェも開催している。母親たちは出生前診断、予防接種、食品リスクなどさまざまな判断を迫られながら、それを議論する場を持てなかった。そこで論点抽出カフェのノウハウを活用すれば、地に足をつけた議論が展開されるという。

「科学と社会を架橋する」CSCD

コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)は「科学技術と社会を架橋する」ことを大きな目標に掲げていて、八木准教授の研究はまさにそれを実践している。
CSCDの今年度のスローガンは「好奇心を殺すな」「せっかく阪大にいるんだから、もっとぜいたくに学ぶ」だ 。
実践的なコミュニケーション手法は、大学院の演習でも活用されている。異分野の学生が個別の事案について徹底的に議論し合う。事案はまさに「今」問題になっている社会的な事象を選択している。 演習は、自分の卒業論文をグループメンバーに紹介するところから始めることもある。そこで「自分の分野では当たり前のことが、他分野には伝わらない」という事実を知る。論文の構成も、発表の方法も異なるためだ。分野間の「研究」に対する認識の違いから、「今の発表に新規性はあったのか、単なる先行研究の羅列ではないか」「理系の人は、自分たちが定量的データをとれることしか結局みていないのでは?」などと容赦ない質問も飛び交う。 講義の中で、ある理系の学生は、「『椅子をつくれ』という命題に対して、安全性、機能性という視点しかなかった。でも椅子の歴史や、存在価値から分析する人もいるのだな」とつぶやいた。 最終的に、再び自分の専門分野に戻って、その優位性と弱点を知ることが、コミュニケーションデザイン教育の目標のひとつだ。


八木絵香准教授 インタビュー〜専門性異なる学生同士、議論深め成長

議論促進者と事前段取りがカギ

─ファシリテーター(議論の促進者)の役割はとても重要ですね。

議論が専門的になると、素人にも分かりやすく話し直してもらう役割がありますが、むしろ専門家が防御的にならないように、そして場合によっては、ファシリテーターが積極的に攻撃的な発言を引き受けることが大事です。誹謗中傷にならないように、会場の市民も含めていろんな人々が話し合えるような場を作ります。でも、ファシリテーターは魔法の杖ではなく、事前の綿密なコミュニケーションが成否のカギを握ります。「これこれのメンバーを200人くらい集めた対話の場を」と決めたうえで、ファシリテーター役を求められても困ります(笑)。もっと事前から綿密な準備をしないと、いい場を持てないですから。

─コミュニケーション教育の意義を。

いろんな専門性をもった学生が、相互に高め合えるようにしたいのです。付加的要素として他の専門性を取り込める資質を培うもので、小林傳司教授はこれを「(栄養の)ビタミン」にたとえます。
「私は『ものづくり』をする専門家だから対話の必要はない」と殻に閉じこもる学生には、「ものづくりこそ、組織の中でも組織の外ともコミュニケーションでしょ!」と発破をかけます(笑)。
コミュニケーションでは必ずしも、みんなが納得できる解決策が得られるものではありません。モヤモヤしたものも残ります。ただ、あるものを多角的に見る技法や、点と点を結び付けて新たな視点を得る技法を学んでほしいと思います。

「考えたい」中関心層に

─対象を「中関心層」に置かれますね?

科学技術の問題について具体的な行動を起こすわけではないけれど、それらについて考えたい、議論したいと感じている人々は意外と多いのではないかと思います。そういう人々に均衡のとれた場を提供していきます。その層は、社会的な活動に関心が高い人、例 えば新聞購読層や自治会活動への参加層と重なり合っている側面もあります。

─研究のきっかけは?

早稲田大学人間科学部では、事故、災害などのヒューマンファクターを学びました。修士を経て一旦民間に就職し、災害心理や防災面を扱う仕事をしていたころ、茨城県のJCO臨界事故が発生して、その背後にコミュニケーション不全があるのを痛感。東北大学工学研究科技術社会システム専攻の1期生として学び直し、博士(工学)を取得しました。事故や災害時のコミュニケーションを成立させるためには、平時からのコミュニケーションが不可欠なのです。


(本記事の内容は、2013年6月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)