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オートファジーの「謎」を追う

日々生まれ変わる細胞の神秘

生命機能研究科 医学系研究科・特別教授・吉森保

吉森保特別教授は、生物の細胞内で細胞自身がたんぱく質を分解する仕組み、オートファジー(自食作用)の研究で世界の最先端を走る。研究論文が年間数千本を数えるなど国際的に注目されるホットな研究分野だ。吉森教授の研究成果は多くの論文で引用され、生物学・生化学分野でトムソン・ロイターの「世界で最も影響力のある科学者(2014年)」に選ばれ、2014年に大阪大学特別教授の称号を受けた。

オートファジーの「謎」を追う

人生が大きく転換

学生時代、一時は企業への就職も考えていたが、細胞融合の研究で世界的に知られる恩師・岡田善雄教授(1987年文化勲章受章)との出会いで「人生が大きく転換した」という。当時の岡田研究室は、後に学界を担うような人材が集い活気に満ち、「世界の誰も知らないことを見つける研究の面白さ」を実感。企業からの誘いを断り、学問の道へ。細胞を潰したものを見るのではなく、「生きた細胞をみなさい」という岡田先生の教えを受け、それ以来、細胞内の輸送システムを研究。「細胞の中は一つの宇宙、社会なんですよ。謎に満ちています」と吉森教授は話す。

オートファジーとの出会い

国内の大学や研究機関を経て、ドイツに留学。帰国後の1996年、研究ポストが見つからず研究継続の手段を模索していたところ、酵母のオートファジー遺伝子の発見者、大隅良典先生(現東京工業大学特任教授)が基礎生物学研究所に招いてくれた。これがオートファジーとの出会いとなり、研究者人生の二度目の転機となった。

当時、オートファジー研究はまだ未知の分野。「作用の存在を知ってはいたが、研究の手がかりが見えていたわけではなかった」。未踏の研究領域に魅せられた吉森教授は研究に邁進。大隅教授が酵母で発見した遺伝子を、吉森教授が哺乳動物やヒトの培養細胞などについて調べた。特に、オートファゴソームの出現を示すマーカーを見出した吉森教授の論文被引用数は約3000を数え、オートファジー分野では世界屈指となっており、この研究分野の幅を大きく広げた。

細胞内の秩序を維持するオートファジー

オートファジーにはいくつかの重要な役割がある。一つ目は、細胞内の不要になった物質を分解工場(リソソーム)に運び、たんぱく質を合成する材料を得たり、エネルギーを取り出したりするために自らのたんぱく質を分解すること。二つ目は自らのたんぱく質だけでなく、細胞内に侵入した細菌を攻撃すること。この発見は、オートファジーの概念を大きく覆し、「たんぱく質などの再利用という元々の役割を超えて、細胞を守るためにも働いていたんです。驚きました」

また、オートファジーがどうやって細菌の侵入を知るのかという謎も吉森教授によって解かれ、自然免疫としてのオートファジーの解明が進んだ。

オートファジーは、感染症や免疫機能と深く関わるだけではなく、アルツハイマーやパーキンソン症で見られるたんぱく質の異常な塊を分解する働きもあるという。また、高尿酸血症や高脂血症、2型糖尿病といった生活習慣病になると、細胞内の分解工場であるリソソームが損傷を受ける。吉森教授は損傷したリソソームをオートファジーが除去する現象を発見。リソファジーと命名した。オートファジーが働かないと様々な障害を引き起こすことも明らかになっている。

がんについても、オートファジーががんを抑制する一方で、がん細胞自身がオートファジーを利用して生き残るという興味深い結果も出ている。

細胞生物学の基本から臨床応用へ

オートファジーという細胞内の根源的な働きが現代人を悩ます疾病に直結することが明らかとなり、今ではオートファジー研究は世界的に最も注目される研究分野の一つとなった。この分野の論文被引用数の多さで上位5名は吉森教授を含む日本人で、世界を大きくリードする。この分野を志す若手研究者も増えたが、吉森教授は後進たちに「色々な動機はあっていいが、根底には、誰も知らないことを探るという知的好奇心を持ち続けて欲しい」と話す。

現在、大阪大学では吉森教授指揮のもと、幅広い臨床応用を見据え、各診療科と連携する「オートファジーセンター」の設置準備が進んでいる。吉森教授たちの研究が近い将来、生活習慣病やがんの治療に新たな福音をもたらすかもしれない。

●吉森 保(よしもり たもつ)

1981年大阪大学理学部卒業。同医学研究科博士課程修了。関西医科大学助手、基礎生物学研究所助教授、国立遺伝学研究所教授等を経て、2006年に大阪大学微生物病研究所教授。09年生命機能研究科、医学系研究科教授。14年「オートファジーの膜動態の分子機構とその破綻による病態の解明」により、日本生化学会柿内三郎記念賞。その他、文部科学大臣表彰科学技術賞など。

(本記事の内容は、2015年3月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)