細胞たちの個性が、さなぎの大変身をスピードアップ

細胞たちの個性が、さなぎの大変身をスピードアップ

2025-8-29生命科学・医学系
理学研究科講師梅津 大輝

研究成果のポイント

  • 昆虫のさなぎの中で体のつくりが大きく変わるとき、筋肉のかけら(筋断片)がどのように動き、周りの細胞の「個性」がどのように関わるのかを解明
  • 細胞の大きさや動き方といった「個性」が細胞の群れ全体に与えるメリットは不明だったが、生物実験とシミュレーションを組み合わせることで、細胞の個性が「筋断片を散らしながら」「安定した網目パターンにする」という2つの工程を速やかに両立させることを示した
  • マルチタスクを効率よく行う「個性のあるロボット集団」の設計への応用に期待

概要

東京大学大学院理学系研究科の脇田大輝特任研究員(兼・日本学術振興会特別研究員-PD)、東北大学電気通信研究所(兼・大学院工学研究科)修士課程(※研究当時)の山地聡史さん、大阪大学大学院理学研究科の梅津大輝講師、公立はこだて未来大学システム情報科学部の加納剛史教授らの研究グループは、昆虫のさなぎの中で体のつくりが大きく変わるとき、細胞に「個性」があることで細胞の群れ全体の働きがよくなり、「筋肉の断片を散らしながら」「安定した網目パターンにする」という2つの工程が速やかに両立することをシミュレーションにより示しました(図1)。

私たちの体はさまざまな種類の細胞でできており、同じ種類の細胞にも違いがあります。しかし、そうした細胞の「個性」が集団の中でどのように働くのかは、よくわかっていませんでした。

研究グループは、ハエのさなぎを題材に、筋肉がかけら(断片)になって網目パターンへと落ち着く過程を観察した結果、周りの細胞の大きさや動き方に、「個性」があることを確認しました。さらにシミュレーションにより、「個性」の有無を変えながらその役割を調べました。この発見は、個性のあるロボット集団にマルチタスクを効率よく達成させる、といった工学応用へのヒントになります。

この研究成果は、米国科学誌「PLOS Computational Biology」に、8月29日(金)午前3時(日本時間)に公開されました。

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図1. 細胞の「個性」が変態の2つのステップを加速

研究の背景

私たちの体は、いろいろな種類の細胞が集まってできています。同じ種類の細胞でも、大きさや動き方に少しずつ違いがあることが知られています。しかし、そうした細胞の「個性」(ヘテロ性)が細胞の群れ全体にとってどのように働くのかは、わかっていませんでした。

昆虫のさなぎの中で起こる変態はこの問題にこたえるための良い材料です。変態では体のつくりを大きく変えるために、たくさんの個性豊かな細胞がアクティブに行き交います。幼虫の筋肉の分解がその代表例であり、「ヘモサイト」という細胞が筋肉のかけら(筋断片)を抱えて動き回ります。そこで大量の筋断片はどのように動き、周りの細胞の「個性」がどのように関わるのかを調べました。

研究の内容

研究グループの観察により、ハエのさなぎの変態時において、散らばった筋断片は少しずつスピードを落とし、より均一な網目パターンになることがわかりました。その網目の穴の部分では、「脂肪体細胞」という巨大な細胞が見つかりました。また、ヘモサイトのスピードと曲がり方には、細胞ごとの「個性」があることがわかりました。

研究グループはこの現象をコンピュータシミュレーションで再現し、「個性」の有無を自由に変えてその役割を探ることを可能にしました。

まず、ヘモサイト・脂肪体細胞の2種類の細胞があるという「大きな個性」はどのように働くのか調べました。脂肪体細胞のないシミュレーションでは、筋断片を抱えたヘモサイトが激しく動き回り、安定した網目になりませんでした。逆に、始めから脂肪体細胞があると、それが邪魔になって筋肉の分解が遅くなりました。実際の観察では脂肪体細胞は奥から浮いてくるので、シミュレーションでも遅れて現れるようにすると、「①筋断片を散らしながら、②安定した網目パターンにする」という2つの目的がすばやく達成されました。

次に、ヘモサイトの動き方に違いがあるという「小さな個性」はどのように働くのかを調べました。シミュレーションによると、スピードや曲がり方に個性があると、どちらも平均的で個性がないときよりも、筋断片がすぐに散らばりました(動画1)。特に、スピードよりも曲がり方に個性があるほうが、筋断片はゆっくりと動きながらも、広く散らばりました。まっすぐ進むタイプは周りを乱さずに筋断片を遠くへ運び、よく曲がるタイプは狭い範囲を行き来して周りをつなぎ止めると考えられ、「①筋断片を散らしながら、②安定した配置にする」という工程が速やかに両立しました。


動画1. 幼虫筋肉(黄)を筋断片(緑)に分解するシミュレーション。
ヘモサイトに個性がない条件(上)よりも、ヘモサイトの曲がり方に個性がある条件(下)のほうが、同じ経過時間でも分解が速い。どちらも途中で脂肪体細胞(グレー)が現れる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

この研究は、集団内の個性によって「2つの目的を手際よく叶える」という群知能が生まれることを明らかにしました。さなぎの中で筋断片をすばやく網目状に広げることで、変態のための土台や材料を早めに整えていると考えられます。このような「個性を活かした群知能(ヘテロ群知能)」は、さなぎの中だけでなく、さまざまな場面で生まれることが予想されます。例えば、動物の群れや人間社会といった個々の集まりで、個性がいかに集団のメリットになるか、という大きなスケールの話にもつながります。また、「個性のあるロボット集団」が効率的にマルチタスクをこなす設計など、工学的な応用にも役立つことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2025年8月29日(金)午前3時(日本時間)に米国科学誌「PLOS Computational Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Dual-purpose dynamics emerge from a heterogeneous cell population in Drosophila metamorphosis”
著者名:Daiki Wakita, Satoshi Yamaji, Daiki Umetsu and Takeshi Kano
DOI:https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1013331

本研究は、JSPS科研費(課題番号JP21H05104、JP21H05105、JP24K02023、JP25H01363)、JST創発的研究支援事業(課題番号J210000474)、武田科学振興財団生命科学研究助成の支援により行われました。

参考URL

梅津 大輝 講師 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/d80afe0389812875.html

ヘテロ群知能
https://heteroswarm.org

SDGsの目標

  • 09 産業と技術革新の基盤をつくろう

用語説明

シミュレーション

あるルールに従って、現象をコンピュータ上で再現すること。「もしこうなら?」を簡単に試すことができる。そのルールは数式の形で表現され、数理モデルと呼ばれる。

ヘテロ性

個体や細胞ごとに性質が異なること。個性。ここでは細胞レベルの個性に注目しており、違う種類の細胞による「大きな個性」をマクロヘテロ性、同じ種類の細胞による「小さな個性」をミクロヘテロ性とも呼ぶ。

変態

へんたい。動物が成長するときに、体の形が短時間で大きく変わること。ハエ、チョウ、クワガタといった昆虫では、幼虫からさなぎをたどって成虫になる過程を指す。

ヘモサイト

活発に移動し、免疫や老廃物の処理に関わる細胞。ヒトの体内のマクロファージと呼ばれる細胞に相当する。

脂肪体細胞

しぼうたいさいぼう。栄養の貯蔵や代謝に関わる大きな細胞。

群知能

ぐんちのう。一つ一つは単純でも、集まったときに全体として賢く見える行動が生まれる性質。個性があることで生まれる群知能を、本研究グループは「ヘテロ群知能」と名付けている。