遠赤外線自由電子レーザーによる、アミロイド線維の効果的な分解を確認
アミロイド関連疾患の低侵襲治療への応用に期待
研究の要旨とポイント
・テラヘルツ領域の遠赤外線自由電子レーザーを用いて、タンパク質のアミロイド線維を効果的に分解できることを世界で初めて明らかにしました。
・アミロイド線維は、タンパク質が繊維状の立体構造を取ったもので、体内に蓄積するとアミロイドーシスなど重篤な疾患を引き起こします。アルツハイマー病患者の脳にも蓄積することが知られており、原因の1つと考えられていますが、強固で水に溶けにくいため、一度蓄積してしまうと取り除くことは困難とされてきました。
・遠赤外線自由電子レーザーは、生物の組織に浸透しやすく、深い位置にある神経や臓器にまで到達できます。今回の成果は、周囲の組織や臓器に影響を与えにくい、低侵襲治療の一助となると期待されます。
概要
東京理科大学総合研究院赤外自由電子レーザー研究センターの川崎平康研究員、理学部化学科の築山光一教授、大阪大学産業科学研究所の入澤明典助教らの研究グループは、テラヘルツ領域(波長50~100マイクロメートルの遠赤外線)の自由電子レーザーを用いて、タンパク質のアミロイド線維を効果的に分解できることを世界で初めて明らかにしました。
タンパク質が繊維状に固まったものをアミロイド線維といい、生物の体内で異常に蓄積、沈着するとアミロイドーシスなどの重篤な疾患を引き起こします。また、認知症の1つであるアルツハイマー病の患者の脳内にも、アミロイド線維が沈着していることが確かめられています。
アミロイド線維は生物の体温程度の温度では非常に強固で水にも溶けにくいため、一度沈着したものを取り除くことはこれまで困難とされてきました。遠赤外線自由電子レーザーは生物の体に浸透しやすいため、正常な組織を傷つけることなく、脳や体の深い位置にある神経や臓器に溜まったアミロイド線維を直接破壊できる可能性があります。
本研究の成果は2019年7月23日に、Scientific Reportsにオンライン掲載されました。
研究の背景
タンパク質は、複数種類のアミノ酸が化学的に結合した高分子であり、らせん状やボール状、シート状など、生体内で様々な立体構造をつくっています。
同じ種類のタンパク質であっても、分子の立体構造により、生物に対する作用が変化します。認知機能を低下させるアルツハイマー病は、患者の脳内にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積することが引き金の1つとなると考えられていますが、この時のアミロイドβは繊維のような構造を取っていることが知られています。アルツハイマー病だけでなく、厚生労働省の指定難病とされている全身性アミロイドーシスや家族性アミロイドポリニューロパチーでも、それぞれ臓器や神経などに繊維状のタンパク質(アミロイド線維)が蓄積、沈着しています。
アミロイド線維は、一般にとても強固で水にも溶けないため、一度溜まると分解して取り除くことは困難です。一方、アミロイド線維の中には、哺乳類を含む真核生物の遺伝子の機能を調整するなど、生命活動に不可欠な役割を持っているものも存在することが分かってきています。また近年では、この強固な性質を活かし、再生医療などで利用する生体適合性材料(臓器を再生するためのiPS細胞など)を培養するための足場としてアミロイド線維を利用できる可能性も示唆されています。
アミロイド線維をより詳しく見ると、βシートと呼ばれるシート状の構造が層状に重なっており、このシート構造が頑丈で水に溶けないために、アミロイド線維自体が分解されにくくなっています。言い換えれば、このβシートを操作できれば、組織に沈着したアミロイド線維を除去したり、生物材料として有効な、毒性のないアミロイド線維を設計したりできるということになります。
研究の手法
生物医療や材料科学の現場では、レーザーや電磁波を使って、タンパク質を含めた生化学材料の合成、立体構造の改変、機能の制御が行われています。タンパク質などに含まれる分子に、適切な波長のレーザーや電磁波を当てると、分子同士の結合が切れるため、立体構造が壊れたり変わったりします。なかでも、波長約5~10マイクロメートルの中赤外線自由電子レーザー(MIRFEL)は、多くの分子の結合に作用する波長帯であること、出力が高く、ピコ秒(1秒の1兆分の1)というごく短い時間のパルスを発振できることから、広く研究が進んでいます。
今回、研究グループでは、中赤外線より波長が長い約50~100マイクロメートル(周波数は数テラヘルツ)の遠赤外線自由電子レーザー(FIR-FEL)を使用し、アミロイド線維に対する作用を実験的に調査しました。FIR-FELはMIR-FELと比べると研究があまり行われてこなかった波長帯ですが、MIRと同様に高出力で瞬間的なパルス発振が可能です。生物の体には水分が多く含まれますが、FIRはMIRと比べると、水分を含む物質に特に浸透しやすいという特徴を持っており、体内組織や癌の非侵襲での走査・診断や、生体内での水の挙動の研究にも使われた例があります。
研究グループは、甲状腺ホルモンの一種カルシトニンのアミロイド線維に対し、FIR-FELとMIR-FELを照射して照射効果を比較しました。カルシトニンは32個のアミノ酸からなるペプチド(50個未満の比較的少ないアミノ酸を含んだタンパク質)です。ヒトのカルシトニンはアミロイド線維を作りやすく、一部の甲状腺がんの原因としても知られています。
カルシトニンを形成する32個のアミノ酸のうち、特に線維化しやすいことが明らかになっている5個のアミノ酸からなるペプチド(5種類のアミノ酸の頭文字を取り、DFNKFと呼びます)を材料としてアミロイド線維を作成し、平らなステンレス板上に薄いフィルム状に拡げました。このアミロイド線維のフィルムに対し、FIR-FELまたはMIR-FELを各30分間、およそ9000パルス照射して、何も照射せず温めたのみの場合と比較しました。
研究の結果
電子顕微鏡とコンゴーレッド染色(アミロイドを橙色に染めることが出来る染色液)を用いてFIR-FEL照射後のアミロイド線維フィルムを観察したところ、照射前と比べてβシート構造が半分程度に減少し、別の立体構造に変化していました。ペプチドサンプル全体に対するβシートの割合は、線維化していない正常なDFNKFペプチドと比べても顕著に低くなっていました。FIRFELの照射位置にはレーザーのビームの太さとほぼ同等の直径を持つ丸い穴が開き、照射していない部分には影響がなかったこともわかりました。
MIR-FELを照射したフィルムでも立体構造の変化が認められましたが、βシートの減少はFIR-FELの場合と比べて緩やかなものにとどまりました。レーザー照射を行わず45℃から90℃に加熱したのみのサンプルでは、βシートは減少せず、線維化が進行していました。
以上の結果から、FIR-FELが体内に異常に凝集したアミロイド線維の分解に有効である可能性が示されました。
今後の展望
今回の結果について川崎博士は、「アミロイド線維の強固な凝集構造を、波長50~100マイクロメートル、テラヘルツ領域の遠赤外自由電子レーザーで効果的に取り除けることを世界で初めて明らかにすることができた」と評価しています。
今後はDFNKFに留まらず、他のペプチドのアミロイド線維についても、FIR-FELの効果の検証を予定しており、アルツハイマー病をはじめとするタンパク質の立体構造の変化をきっかけとする疾患の病態解明や治療の研究に弾みがつくと期待されます。また、FIR-FELによる立体構造の制御を応用することで、細胞培養の足場などとして利用できる生体適合性材料の開発・改良にも繋がる可能性があります。
今回の成果と今後について川崎博士は「今回の成果は東京理科大学だけでなく、大阪大学産業科学研究所との共同研究によって得られたものであり、こうした施設間連携により、FELのネットワークを構築することも今回の研究目的の1つだった。テラヘルツ自由電子レーザーは、難病の治療だけでなく、医療・ヘルスケア分野で人々の生活に広く貢献することになると期待しており、今後とも普及に力を尽くしたい」と話しています。
論文情報
雑誌名:Scientific Reports 2019年7月23日 オンライン掲載
論文タイトル: Dissolution of a fibrous peptide by terahertz free electron laser
著者: Takayasu Kawasaki 1 , Koichi Tsukiyama 1 & Akinori Irizawa 2
所属
1 IR Free Electron Laser Research Center, Tokyo University of Science, Japan
2 The Institute of Scientific and Industrial Research, Osaka University, Japan
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-019-47011-z
参考URL
大阪大学 産業科学研究所 量子ビーム物理研究分野
https://www.sanken.osaka-u.ac.jp/labs/bmp/index_J.html