生命科学・医学系

2020年3月24日

研究成果のポイント

・百日咳菌が産生する壊死毒素※1に神経毒性があることを発見。
・百日咳の続発症※2である百日咳脳症の発症機構はこれまで全く不明であったが、本成果により百日咳壊死毒素が原因因子である可能性が示された。
・本成果により、百日咳脳症の発症機構解明と百日咳患者の脳症発症の予防・治療法開発への応用が期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所の堀口安彦教授らの研究グループは、百日咳菌の壊死毒素が百日咳症で見られる脳症と同様の症状をマウスで引き起こすことを世界で初めて明らかにしました。百日咳脳症は百日咳患者に稀に見られる続発症のひとつです。その発症率は0.1%〜1%程度ですが、発症した場合は時に死に繋がる病状の重篤化や、予後の後遺症の原因となるため、非常に危険な続発症として知られています。

百日咳の原因となる百日咳菌は、百日咳毒素、アデニル酸サイクラーゼ毒素、壊死毒素などのタンパク質毒素を産生しますが、壊死毒素の病原性について詳細はわかっていませんでした。そこで、壊死毒素が結合する受容体の検索をおこなったところ、中枢神経系に豊富に発現するCaV3.1というT型電位依存性カルシウムチャネル※3が壊死毒素の受容体として働くことを発見しました。一般に、毒素の標的となるのは、その毒素の受容体をもつ細胞であることから、壊死毒素が中枢神経系に作用する可能性を考え、この壊死毒素をマウスの脳室内に投与しました。その結果、脳に毒素を投与したマウスは後肢麻痺などの神経症状を呈し、脳髄液からはIL-6※4やミエリン塩基性タンパク質(MBP)※5が検出されました。このような所見は、百日咳脳症の臨床所見でも報告されています。前述の百日咳菌が産生する他の毒素(百日咳毒素とアデニル酸サイクラーゼ毒素)を同様にマウスに投与しても、神経症状は全く認められませんでした。これらの結果は壊死毒素が百日咳脳症の原因因子である可能性を強く示しています。

また、これまでの百日咳脳症の症例報告論文を詳しく調べたところ、6例中4例で抗生物質のβラクタム剤※6が患者に使用されていることがわかりました。βラクタム剤は細菌の細胞壁を破壊して殺菌効果を示します。本研究グループは、βラクタム剤が百日咳菌の細胞壁も破壊し、細菌内に存在する壊死毒素を、活性を保ったまま多量に放出させることも証明しました。百日咳脳症は、その発症が稀であることから、細菌側と患者側の様々な因子が関係して発症すると推測されています。今回の結果は、壊死毒素が細菌側の重要な因子として脳症の発症に関与していることを示しています。この成果から、壊死毒素の作用を抑えることにより、百日咳患者の脳症を予防・治療する可能性が開かれました。壊死毒素の効果的な制御方法の開発と臨床への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「mBio」に、3月24日(火)午後7時(日本時間)に公開されました。

図1 百日咳菌壊死毒素による脳症発症の仮説

研究の背景

百日咳は百日咳菌(Bordetella pertussis)が原因の、特徴的な咳発作を伴う呼吸器感染症です。患者は、感染初期1-2週間で感冒症状を呈するカタル期から顕著な咳が見られる痙咳期(3-6週間)を経て、多くは回復期を迎えます。しかし、乳幼児の重篤例では継続的な咳発作のなかで呼吸停止、嘔吐、チアノーゼ、痙攣などを起こし、肺高血圧や脳出血、低酸素状態が続いて死に至ることがあります。また0.1%〜1%程度の患者で併発する百日咳脳症は、患者の予後にきわめて悪い影響を与えることで知られています。百日咳の治療にはエリスロマイシンなどのマクロライド系抗生剤が第一選択薬として使用されます。しかし、咳発作や脳症の発症メカニズムは全く明らかにされていないため、臨床現場では、病状の緩和には対症療法を持って処置せざるを得ないのが現状です。主に発展途上国での乳幼児の百日咳感染が最も問題視されていますが、先進国においても乳幼児期に接種したワクチン効果の減弱した青年期の感染や、ワクチン成分と抗原性の異なる抗原変異株の出現などで罹患者数が増加しており、いわゆる再興感染症の一つに挙げられています。我が国では、これまで百日咳の発生動向調査を指定医療機関(小児科)の定点報告に拠っていましたが、患者数の増加傾向を鑑みて2018年度からは成人を含む全数把握疾患に指定されました。また米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)は、百日咳菌を潜在的に薬剤耐性化する可能性のある細菌に指定し注意喚起しています。

百日咳菌はグラム陰性の短桿菌で、百日咳毒素、アデニル酸サイクラーゼ毒素、壊死毒素などのタンパク質毒素を産生します。これまで、百日咳毒素、アデニル酸サイクラーゼ毒素と百日咳の症状との関係はいくつか解明されてきましたが、壊死毒素が百日咳の感染や症状にどのように関与するのかについては全く不明でした。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、壊死毒素が百日咳脳症の発症に関与している可能性が示されました。これらの結果により百日咳壊死毒素の作用の抑制が、百日咳患者の脳症を予防・治療する可能性が開かれました。壊死毒素の効果的な制御方法の開発と臨床への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年3月24日(火)午後7時(日本時間)に米国科学誌「mBio」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】:“Bordetella dermonecrotic toxin is a neurotropic virulence factor using CaV3.1as the cell surface receptor”
【著者名】:Shihono Teruya, Yukihiro Hiramatsu, Keiji Nakamura, Aya Fukui-Miyazaki, Kentaro Tsukamoto, Noriko Shinoda, Daisuke Motooka, Shota Nakamura, Keisuke Ishigaki, Naoaki Shinzawa, Takashi Nishida, Fuminori Sugihara, Yusuke Maeda, Yasuhiko Horiguchi

用語説明

※1 壊死毒素
百日咳菌が産生する毒素タンパク質の一つで、皮内投与により皮膚を壊死させる毒素。

※2 続発症
ある疾患が原因となっておこる別の症状や疾患。同じ疾患が続いて起こる状態とは異なる。

※3 T型電位依存性カルシウムチャネル
細胞膜のカルシウムイオンの透過性を調節するチャネル様の分子のひとつのタイプ。細胞内にカルシウムを流入させることで、様々な細胞活動のきっかけを作っている。

※4 IL-6
免疫反応を制御するサイトカイン(細胞から分泌される生理活性物質の一種)。炎症反応などにおいて重要な役割を果たす。

※5 ミエリン塩基性タンパク質
神経細胞を包む髄鞘(ミエリン鞘)に存在するタンパク質で、髄鞘の損傷により髄液中での濃度が上昇するため、神経損傷の指標としてしばしば用いられる。

※6 βラクタム剤
細菌の細胞壁の形成を阻害する1群の抗生物質。βラクタム剤の作用を受けた細菌は、形態を維持することができなくなり崩壊(溶菌)する。

参考URL

大阪大学微生物病研究所HP
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/

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