1次元凹凸周期構造フラーレンポリマー薄膜内の特異なナノ空間 反応場を使って二酸化炭素と水が室温で反応することを発見

1次元凹凸周期構造フラーレンポリマー薄膜内の特異なナノ空間 反応場を使って二酸化炭素と水が室温で反応することを発見

二酸化炭素固定・有価物質変換に期待

2020-10-27工学系

概要

名古屋大学大学院工学研究科の尾上順教授、中谷真人准教授らの研究グループは、大阪大学大学院基礎工学研究科の北河康隆准教授らとの共同研究で、1次元凹凸フラーレン(C 60 )ポリマー薄膜内の特異なナノ空間反応場を利用して、大気中の二酸化炭素(CO 2 )と水(H 2 O)とが室温で反応し炭酸イオンが生成することを新たに発見しました。

地球温暖化の原因である二酸化炭素の固定化および有価物質変換は、「エネルギー・環境イノベーション戦略(NESTI 2050)」において分野別革新技術として位置付けられています。今回、名古屋大学大学院工学研究科の尾上教授がこれまでに見出している1次元凹凸周期構造を有するフラーレンポリマー薄膜(フラーレン、ナノチューブ、グラフェンとは異なる新奇な物性を示す)を室温で大気暴露しただけで、大気中のCO 2 とH 2 Oが薄膜内で反応し炭酸イオン(CO 3 2– )が生成していることを発見しました。この系は、気相中での活性化エネルギーが約2.0eVあり、室温で起こらない反応です。また、同じサイズのナノ空間を有するC 60 薄膜を室温で大気暴露しても、CO 2 とH 2 Oはナノ空間内で反応は起こらなかったことから、ナノ空間を構成しているフレームワークも室温での反応に関与していることが分かりました。

大阪大学大学院基礎工学研究科の北河准教授らは、1次元凹凸フラーレンポリマー薄膜内のナノ空間を簡略化したモデル構造を用いて第一原理計算を実行した結果、ポリマー鎖間に架橋する形でピン留めされたCO 2 分子の変角振動による活性化と、鏡像効果にともなうポリマーの分極により、CO 2 がH 2 Oと容易に反応しうる可能性を示唆しました。

本研究では、二酸化炭素の固定および有価物質変換の特異な反応場になることが期待されます。

本研究成果は、2020年10月7日付Wiley『Advanced Sustainable Systems』オンライン版に掲載されました。

本研究は、2018年度から始まったJSPS科研費基盤B(18H01826)および2019年度から始まった科研費基盤C(19K05401)の支援のもとで行われたものです。

ポイント

・1次元凹凸周期構造フラーレンポリマー鎖から構成されるナノ空間が、二酸化炭素と水を室温で反応させる特異な反応場として働いていることを発見しました。
・室温でCO 2 を活性化していることから、固定化だけでなく有価物質に変換できる反応場として期待できます。

研究背景と内容

地球温暖化を抑制するためだけでなく私たちの地球環境の持続的改善のためには、CO 2 の固定化と再利用は緊急の課題です。これらの課題解決の1つの可能な方法として、ナノメートルサイズの空間を有するゼオライトや金属有機骨格体 などのナノ多孔質(ナノポーラス)材料を用いることが挙げられます。

これらの材料は、分子やイオンを貯蔵する・交換する・分離する・反応させる性質を有しており、合成・医療・電子工学・触媒・エネルギー貯蔵、および環境工学へ広く応用されています[1]。したがって、これらのナノポーラス材料を用いて、CO 2 、NOx、SOxなどの環境に有害な化合物の固定や再利用は、環境・エネルギー問題の解決に大きな役割を担うことが期待されます[2,3]。もし、ナノポーラス材料が高い電気伝導性や高い耐熱性を有すれば、電気化学または熱処理を利用して、ナノスペースでの化学反応をさらに促進することが可能になります。

尾上教授らは、これまでフラーレンC 60 薄膜に電子線照射することで金属的性質を有する1次元凹凸C 60 ポリマー (図1) が生成することを見出しました[4–9]。この膜は、1nm未満のサイズ空間を有し、有機膜として高い電気伝導性と高い耐熱性[10]を示すことから、既往のナノポーラス物質と同様に特異なナノ空間反応場を示すことが期待されます。

そこで、超高真空下 で作製した1次元凹凸C 60 ポリマー薄膜を室温で大気暴露した後、超高真空下に戻し、大気暴露前後での赤外スペクトル を比較した結果、炭酸イオン(CO 3 2– )が生成していることを発見しました。窒素ガス、酸素ガス、純空気(二酸化炭素、水を含まない)にも同様に暴露したが、炭酸イオンの生成は見られなかったことから、大気に含まれるCO 2 とH 2 Oがナノ空間内で反応し、炭酸(H 2 CO 3 )が生成し、さらに水との反応で、最終的に炭酸イオンが生成したことが分かりました (図2) 。

実際、大気暴露した薄膜を真空中で加熱しながら質量分析 した結果、H 2 OとCO 2 が放出されることを確認しました(掲載論文:Figure3参照)。同じサイズのナノ空間を有するC 60 薄膜の大気暴露前後の赤外スペクトルを調べましたが、炭酸イオンの生成は見られませんでした(掲載論文Supporting Information:Figure S2参照→ https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/adsu.202000156 )。

北河准教授らは、第一原理計算 により (図3) に示す1次元凹凸C 60 ポリマー薄膜のモデル構造内のナノ空間内でのCO 2 とH 2 Oの挙動を調べました。その結果、凹凸構造ポリマー鎖間をブリッジする形でピン留めされたCO 2 の、変角振動によるLUMOエネルギーレベルの安定化にともなう電子親和力の増大と、ポリマー鎖表面の鏡像効果による電荷分極の増大により、CO 2 の活性化とH 2 Oとの遷移状態の安定化がおこり、容易に反応が進行する可能性があることを示唆しました (図3) 。

図1 C 60 薄膜(a)を電子線照射すると、金属的性質を示す1次元凹凸周期構造を有するC 60 ポリマー(b)が生成します。

図2 (A)C 60 薄膜の赤外スペクトル(a)から電子線照射により生成した1次元凹凸構造C 60 ポリマー膜(b)に窒素ガス暴露後(c)、純空気(酸素と窒素のみ)暴露後(d)、大気(酸素、窒素のほかに水、二酸化炭素を含む)暴露後(e)の、それぞれの赤外スペクトルを示しています。大気暴露した時のみ、スペクトルが大きく変化し、新しいピークもいくつか現れています。(B)大気暴露後に出現したピークと予測される生成物の理論スペクトル(f-i)と比較することにより、炭酸イオン(CO 3 2– )が生成していることを突き止めました。

図3 (A)1次元凹凸C 60 ポリマー薄膜のモデル構造を示します、(B)CO 2 分子がナノ空間内で、ポリマー鎖間でブリッジするようにピン留めされている様子を示しています(a)、そこにH 2 O分子が接近し反応中間体を形成している様子を示しいています(b)、最後に反応中間体から炭酸(H 2 CO 3 )に生成していることを示します(c)、(C)B-aでピン留めされたCO 2 の変角よりLUMOエネルギーが安定化し、電子親和力(相手から電子を奪う力)が増加することで、CO 2 が活性化している(反応性が高くなっている)可能性を示しています。


  図4 プルシアンブルー(紺青)のユニットセル


参考文献

[1] S. Choi, J. H. Drese, C. W. Jones, ChemSusChem 2009 , 2 , 796.
[2] D. M. D’Alessandro, B. Smit, J. R. Long, Angew. Chem., Int. Ed. 2010 , 49 , 6058.
[3] I. Beletskaya, V. S. Tyurin, A. Yu. Tsivadze, R. Guilard, Chem. Rev. 2009 , 109 , 1659.
[4] J. Onoe, T. Nakayama, M. Aono, T. Hara, Appl. Phys. Lett. 2003 , 82 , 595.
[5] H. Masuda, H. Yasuda, J. Onoe, Carbon 2016 , 96 , 316.
[6] J. Onoe, A. Takashima, Y. Toda, Appl. Phys. Lett. 2010 , 97 , 241911.
[7] J. Onoe, A. Takashima, S. Ono, H. Shima, T. Nishii, J. Phys.: Condens. Matter 2012 , 24 , 175405.
[8] H. Shima, H. Yoshioka, J. Onoe, Phys. Rev. B 2009 , 79 , 201401 (R).
[9] J. Onoe, T. Ito, H. Shima, H. Yoshioka, S. Kimura, Europhys. Lett. 2012 , 98 , 27001. [10] M. Nakaya, S. Watanabe, J. Onoe, Carbon 2019 , 152 , 882.

成果の意義

二酸化炭素と水の反応は、活性化エネルギーが2.0eVあるため、反応させるのには大きなエネルギーを必要とするが、今回、1次元凹凸周期構造を有するフラーレンポリマー薄膜内のナノ空間で、室温で反応が容易に進行したことは、二酸化炭素の固定だけでなく、二酸化炭素を有価物質に変換できる可能性を秘めた特異な反応場であることは、学術的かつSDGsの観点から意義は大きいと言えます。

論文情報

雑誌名:Advanced Sustainable Systems
論文タイトル:Immobilization of CO 2 at Room Temperature Using the Specific Sub-NM Space of 1D Uneven-Structured C 60 Polymer Film
著者: Masato Nakaya 1 , Yasutaka Kitagawa 2 , Shinta Watanabe 1 , Rena Teramoto 2 , Iori Era 2 , Masayoshi Nakano 2 , and Jun Onoe 1
1 Department of Energy Science and Engineering, Nagoya University, Furo‐cho, Chikusa‐ku, Nagoya, 464‐8603 Japan
2 Department of Materials Engineering Science, Osaka University, Machikaneyama, Toyonaka, Osaka, 560‐8531 Japan
DOI: 10.1002/adsu.202000156

参考URL

基礎工学研究科 化学工学領域 量子化学工学グループ(中野研究室)HP
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/nakano/index.html

用語説明

第一原理計算

最も根本となる基本法則のみを前提に、原子・分子・固体の電子状態を求める計算手法の総称です。実際の計算では、系の構造データ情報を入力し、量子力学の体系に則って、物質の中の電子の運動を計算します。第一原理計算に基づく原子・分子系の汎用ソフトとして、GAUSSIAN(量子化学計算)、固体系の汎用ソフトとしてCASTEPやVASP(バンド計算)、などがあります。

金属有機骨格体

金属原子と金属原子の間を有機配位子で架橋された構造で、代表的な物として、架橋性配位子にシアノ(CN)基を用いることで、複数の金属イオンが連なった構造を持つ固体の金属錯体のポリマーが挙げられる。例えば、青色染料の原料にも使われている紺青(プルシアンブルー)は、2価と3価の鉄イオンがCN基で架橋され、(図4) のようなジャングルジム型構造を有しています。

超高真空

我々の住む世界は、1気圧(約105Pa)です。超高真空は10–5Pa以下の状態を指します。つまり、1気圧の100億分の1と極端にガスの少ない真空状態を意味します。

赤外スペクトル

物質は有限温度で様々な振動をしています。物質に赤外線を照射すると、特定の振動は特定の波長の赤外線を吸収します。そこで、赤外線の波長を変化させながら、吸収を透過率で調べると、赤外スペクトルが得られます。物質が異なれば、異なるスペクトルが得られることから、物質を同定する強力な分析手法の1つとして多用されています。

質量分析

原子や分子が凝集して物質が構成されており、ある特定の質量をもっています。この質量を測定するのが質量分析です。原子や分子を気体状のイオンにし、高真空に保たれた分析計で質量ごとに分けられ、イオン数に応じてピーク強度が現れます。