生命科学・医学系

2020年9月28日

研究成果のポイント

・消毒用アルコールでは不活化できないとされていたヒトノロウイルス※1が、pHを中性域から外したアルコール溶液で次亜塩素酸ナトリウムと同程度に、ほぼ完全に不活化されることを明らかにした。
・このアルコール溶液は、クエン酸や重曹、硫酸マグネシウムといった、食品添加剤のみで調整することが出来るため、手指消毒薬として用いることも出来る。
・マウスノロウイルスなどの代替ウイルスを不活化しうる市販のアルコール製剤の中には、ヒトノロウイルスには効果のないものがあることが明らかになった。

概要

大阪大学微生物病研究所の佐藤慎太郎特任准教授(常勤)(大阪市立大学大学院医学研究院・ゲノム免疫学・准教授を兼務)らの研究グループは、自ら確立したヒトiPS細胞株由来腸管上皮細胞を用いたヒトノロウイルス増殖系を用いて、pHを酸性、もしくはアルカリ性に傾けた消毒用アルコールに、ヒトノロウイルスをほぼ完全に不活化しうる効果があることを確認しました。pHの調整には食品添加物として用いられるクエン酸(市販のレモン果汁でも可)や重曹を用いることができるため、今回の研究成果は、抗ヒトノロウイルス活性を持つ手指消毒薬の開発、検証に役立つことが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌である「Scientific Reports」に9月28日(月)18時(日本時間)に公開されました。

研究の背景と内容

ヒトノロウイルスはヒトにのみ感染し下痢や嘔吐の症状を引き起こす感染症ウイルスですが、つい最近までこのウイルスをヒトの体外で増やすことができませんでした。そのために、ヒトノロウイルス感染症の研究はほとんど進んでおらず、不活化の条件や、除染、消毒薬の効果は、その近縁であるマウスノロウイルスやネコカリシウイルスを代替ウイルスとして用いて検証されてきました。現在、エンベロープを持たないヒトノロウイルスは、洗剤に含まれる界面活性剤はもとより、塩化ベンザルコニウムのような逆性石けんや消毒用アルコールでは不活化されないと考えられています。アルコールの抗菌作用を増強させる手段として、pHを下げることが知られていますが、この酸性アルコールが上記の代替ウイルスを不活化する効果があるとして、日本国内ではヒトノロウイルスにも効果があると想像させる商品名で販売されています。しかしながら、マウスノロウイルスに感染したマウスは下痢症状を示すことはないことから、その性状が実際にヒトに感染するヒトノロウイルスと大きく異なることも考えられ、酸性アルコール製剤が実際にヒトノロウイルスを不活化できるかどうかは不明のままでした。

以前、佐藤特任准教授(常勤)らの研究グループは、倫理的制約をほとんど受けないヒトiPS細胞株から作製した腸管上皮細胞を用いた、ヒトノロウイルス増殖系を開発し、これを利用して、加熱や次亜塩素酸ナトリウムによってヒトノロウイルスが不活化されることを実証しました。今回は同様の手法を用いて実験を行い、約二百万個のヒトノロウイルス粒子を含む溶液に対して、3倍から9倍の容量の酸性、もしくはアルカリ性アルコールで30秒間処理することで、ヒトノロウイルスがほぼ完全にその感染、増殖能を失うことを明らかにしました(図1)。また、例年の最流行型であるGII.4においては中性のアルコール処理でもほぼ完全に不活化されました。

ヒトノロウイルスは患者の便や吐瀉物といった有機的汚れの中に大量に含まれますが、これら有機物の存在が除染剤の効果を打ち消してしまいます。実際に、有機的汚れとして5%の肉エキスを含むウイルス溶液を酸性アルコールで処理した場合、その不活化効果は失われていました。酸性アルコールに、タンパク質凝集作用(塩析効果)の強い無機塩として硫酸マグネシウムを0.1%添加すると、5%肉エキスを含むヒトノロウイルスをも不活化出来ることがわかりました。アルコールの抗菌、抗ウイルス作用のメカニズムは未だに明らかにされていませんが、上記の結果は、ウイルス粒子周りの有機物が硫酸マグネシウムによって取り除かれることで、アルコール分子がウイルスに作用することが可能となったためと考えられます。

エンベロープを持たないウイルス(ノンエンベロープウイルス)にも効果があると謳われている、日本国内で販売されている4種類の消毒用アルコールのヒトノロウイルスに対する効果を検証したところ、アルコール濃度やpHがさほど変わらないにもかかわらず、2種類に関してはほとんど効果が無いこともわかりました。これは、それぞれの商品に含まれる添加剤がアルコールの抗ウイルス効果を阻害していると考えられます。

図1 酸性アルコールはヒトノロウイルスの増殖をほぼ完全に抑えることが出来る
細胞にウイルスを感染させてから3時間後にウイルス液を除き、細胞を洗浄後に残ったウイルス量を測定する(ホワイトバー)。その後3日間細胞を培養し、上清中に産生されたウイルス量を測定する(ブラックバー)。ホワイトバーとブラックバーの差が大きいほど、ウイルスが細胞内で増殖したことを意味する。
A:ヒトノロウイルスは消毒用アルコール(水+70%エタノール)や酸(2%クエン酸)では全く不活化されないが、両者を混和したものではほぼ完全にその感染、増殖能を失う。
B:酸性アルコール(1%クエン酸+70%エタノール)によるヒトノロウイルスの不活化には30秒間の処理時間があれば必要十分である。

研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ヒトノロウイルスは感染性や消化管内での増殖能が極めて高く、100個程度のウイルス粒子が口に入っただけでも症状を呈す場合があります。そのため、保育施設や病院、高齢者介護施設などで集団感染が起きやすく、患者から排出された便や吐瀉物などの処理には大量の次亜塩素酸ナトリウムを用いて徹底的に行う必要があります。しかし、次亜塩素酸ナトリウムは皮膚や粘膜に対して刺激が強く、また漂白作用、腐食作用も強いため、手指の消毒や衣服、金属類の除染には用いることが出来ません。本研究成果により、中性域を外した消毒用アルコールには、次亜塩素酸ナトリウムに引けを取らないヒトノロウイルス不活化効果があることが実証されました。酸性、アルカリ性アルコールは食品添加物のみで作製することができ、従来の消毒用アルコールと同様に手指消毒剤として使用することが出来ます。また、次亜塩素酸ナトリウムによって変色や腐食を起こすようなものの除染に使用することも可能です。

現在、アルコール製剤に限らず、ヒトノロウイルスの不活化を定量する方法、規格は策定されていません。それ故に、おそらく過剰な次亜塩素酸ナトリウムを用いた汚物の処理方法が推奨されていたり、ノンエンベロープウイルスに効果はあるものの、ヒトノロウイルスに対しては効果の無い商品が販売されていたりします。本研究成果を用いて、ヒトノロウイルスの増殖能を指標とした不活化法の基準化や、消毒、除染剤の検定を行うことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年9月28日(月)18時(日本時間)に英国科学誌である「Scientific Reports」に掲載されました。
タイトル: "Alcohol abrogates human norovirus infectivity in a pH-dependent manner"
著者名: Shintaro Sato, Naomi Matsumoto, Kota Hisaie, and Satoshi Uematsu

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団の支援によって行われました。

用語説明

※1 ヒトノロウイルス
ノロウイルスはカリシウイルス科に属し、10種類の遺伝子群(GI~GX)に分類されており、この中でヒトに感染するヒトノロウイルスはGI、GII、GIV、GVII、GVIII、GIXである。それぞれの種でさらに複数の遺伝子型に分類され、GII.4型が例年最も流行するタイプである。感染性胃腸炎の原因の約7割を占める感染症ウイルスで、非常に感染力が強く、乾燥しても感染力が数週間は失われないために、糞便や吐瀉物に含まれるウイルスが乾燥して空気中に散乱し、それを吸い込むことで二次感染を起こす人もいる。日本では11月から2月が流行のピークである。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスのように、宿主の脂質膜(エンベロープ)に覆われていないことから、ノンエンベロープウイルスに属する。

参考URL

微生物病研究所 ウィルス免疫分野(佐藤G)HP
http://www.biken.osaka-u.ac.jp/lab/mucosal/index.html

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