2020年9月28日

概要

国立大学法人東京農工大学大学院工学府応用化学専攻博士課程3年生(日本学術振興会特別研究員DC2)の鈴木龍汰さん、同大学院工学研究院応用化学部門(生物システム応用科学府生物機能システム科学専攻)の長津雄一郎准教授、インド工科大学ローパー校数学科のManoranjan Mishra准教授、国立大学法人大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻化学工学領域の伴貴彦講師からなる国際共同研究チームは、2種類の液体が一部だけ混ざり合う「部分混和性※1」が、二流体の粘度差に由来する流動界面をトポロジカル※2に変化させることを初めて発見しました。これは部分混和性に由来して生じる相分離とその相分離の際に液体の流れが自発的に発生するためであり、完全に混ざる「完全混和性※1」やまったく(ほとんど)混ざらない「非混和性※1」ではみられない現象です。

本成果により、1950年代から始まった粘度差に由来する界面流動の研究において、その特性は非混和系と混和系に二つに大別されるという60年余りの共通認識が覆され、第3のカテゴリーとなる部分混和系の場合の存在およびその重要性が決定的なものとなりました。本成果は、界面流体力学と化学熱力学を融合させた新しい領域横断的な学問領域を創出するものです。

本研究成果は、流体力学に関する専門学術誌であるJournal of Fluid Mechanics(電子版2020年6月30日付)に掲載されました。

掲載場所: https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-fluid-mechanics/article/phase-separation-effects-on-a-partially-miscible-viscous-fingering-dynamics/3A8DFAB96053706A505C31F231E1AA72
論文名:Phase separation effects on a partially miscible viscous fingering dynamics
著者: Ryuta X. Suzuki, Yuichiro Nagatsu, Manoranjan Mishra, and Takahiko Ban

現状

ある流体で満たされた多孔質媒質内に別の流体を圧入し、置換するプロセスは、化学プロセスにおける反応や分離過程、また石油増進回収法やCO2地中貯留の地中でのプロセスにおいて重要です。特に低粘性流体が高粘性流体を置換するとき、二流体の界面は流体力学的に不安定※3となり指状に変形して広がります。この現象はViscous fingering(粘性フィンガリング、以下VFと略記)と呼ばれており、置換効率の低下を招くことから、界面流体力学の一問題として1950年代から研究されています。その特性は、現在では、二流体が完全混和であるか非混和であるかで大別するのが通説です。

ところが、石油回収、CO2地中貯留のような地中での高圧条件におけるプロセスでは、二流体が部分混和となることが以前から知られていましたが、部分混和系でのVFの理解の重要性が指摘され、いくつかの数値計算研究が報告されるようになったのは、2017年以降で、実験的検討は全くといっていいほど行われていませんでした。これは、これまでVFの研究が主として流体力学者によって行われており、流動実験が行いやすい常温・常圧で部分混和となる系が流体力学者に知られていないことが原因の一つでした。本研究グループは2019年に部分混和性が界面を変形させる能力を持つことを発見しています(2020年2月6日本学プレスリリース「流体力学の常識を覆す!地層中での流体置換を制御する相分離現象を発見」)。

研究成果

本研究チームは、ポリエチレングリコール(PEG)、硫酸ナトリウム、水からなる水性二相系※4を用いることにより、常温常圧で、塩(硫酸ナトリウム)濃度を変化させることにより、高粘度液体、低粘度液体の粘度をほとんど変えずに系の混和性を完全混和、非混和、および部分混和に変化させることに成功していました(図1)。ここで、部分混和系では、純粋なPEG水溶液と純粋なNa2SO4水溶液が有限な溶解度で相互に溶解し、その結果PEGリッチ相とNa2SO4リッチ相に相分離します。この溶液系を用いて、多孔質媒質の二次元モデルであるヘレ・ショウセルを用いたVF実験を行い(図2(a))、非混和系、完全混和系では、典型的なVFが形成されたのに対し、部分混和系では、VFが千切れ、多数の液滴が生成し、自発的に駆動するパターンになる、すなわちVFパターンのトポロジカル変化を生み出すことを明らかにしました(図2(b))。このような、VFのトポロジカル変化はVF研究史上、初めての結果です。

このメカニズムを明らかにするために、系の自由エネルギーの塩濃度依存性を理論的に求めると、スピノーダル分解型相分離※5が生じる濃度領域でトポロジカル変化が発生することが分かりました。さらにこのスピノーダル分解型相分離の発生を裏付けるために、二溶液が接触後の界面張力の経時変化を測定すると、非混和系では、経時的に一定であるのに対し、部分混和系では増加することを明らかにしました。この界面張力の経時的増加は濃度勾配の経時的増加を意味し(界面張力は着目成分の濃度勾配の2乗に比例する)、スピノーダル分解型相分離が起きていることを示しています。既往の研究で、スピノーダル分解型相分離の際に体積力が発生し、それにより自発的な対流が生じることが報告されており、Korteweg効果と呼ばれています。さらに液滴の自発的駆動挙動に関しては、Korteweg効果を伴う液滴の流体力学の数値計算を行い、実験結果と良い一致を得ました(図3)。これらの実験・理論・数値計算による検討から、VFのトポロジカル変化の起源は、部分混和系であることに起因して生じるスピノーダル分解型相分離とその相分離の際に自発的に生じる対流(Korteweg効果)であることを提示しました。

図1 (a)PEG8000、硫酸ナトリウム(Na2SO4)、水の三成分系の相図、(b)完全混和系、非混和系、部分混和系の界面の模式図。領域Iは一相領域、領域IIは二相領域。△の濃度にすると相Lと相Hの二相に相分離する。高粘性液体を36.5wt%PEG水溶液(♦の濃度)、低粘性液体を水(♢の濃度)とすると、★が二液混合後の濃度であり、領域Iに存在するのでこの系は完全混和系である(b1)。高粘性液体を相L(●の濃度)、低粘性液体を相H(〇の濃度)とした場合は非混和系である(b2)。高粘性液体を36.5wt%PEG水溶液(♦の濃度)、低粘性液体を20wt%硫酸ナトリウム水溶液(〇の濃度)とすると、□が二液混合後の濃度であり、領域IIに存在し、相Lと相Hの組成の二液に相分離するのでこの系は部分混和系である(b3)。

図2 (a)高粘性液体を満たしたヘレ・ショウセル(非常に小さい距離だけ離れた設置された二枚の平行平板の隙間)に低粘性液体を一点より注入すると、それらの界面は流体力学的に安定で円形に広がる。(b)完全混和、非混和、部分混和系におけるViscous fingering実験結果(パターンの最大半径が42mm、右下は注入時間)。(b1)完全混和系(高粘性液体:36.5wt%PEG水溶液、低粘性液体:水)(b2)非混和系(高粘性液体:相L、低粘性液体:相H)(b3)部分混和系(高粘性液体:36.5wt%PEG水溶液、低粘性液体:20wt%硫酸ナトリウム水溶液)

図3 Korteweg効果を伴う液滴の流体力学の数値計算
ある成分の濃度場の経時変化を示している。液滴相およびその周囲の相の間で相分離が生じ、それにより自発的対流が生じ、自己駆動する様子が再現された。

研究体制

実験流体力学を得意とする東京農工大学・長津雄一郎准教授、長津研究室所属の鈴木龍汰さん、理論流体力学を得意とするインド工科大学ローパー校・Manoranjan Mishra准教授(東京農工大学大学院グローバルイノベーション研究院特任准教授兼任)、物理化学とりわけ化学熱力学を得意とする大阪大学・伴貴彦講師の領域横断的な共同研究が、この部分混和性が引き起こすVFのトポロジカル変化の発見およびそのメカニズムの解明を可能としました。本研究はさきがけ「エネルギー高効率利用と相界面」領域(No. 25103004)、科学研究費補助金(19J12553、19K04189)、日本学術振興会外国人研究者招へい制度(No. L19548)の支援を受けて行われたものです。また本論文のオープンアクセス化について、東京農工大学・学長裁量経費による支援を受けました。

今後の展開

本研究により、1950年代から始まったVFの研究で、その特性は非混和系と混和系に二つに大別されるという60年余りの共通認識が覆され、第3のカテゴリーとなる部分混和系VFの存在およびその重要性が決定的なものとなりました。今後、他の部分混和性を有する流体系での実験的検討、Korteweg効果を伴うVFの理論的検討および数値シミュレーションによる検討、等を行い、この相分離を伴う部分混和系VFダイナミクスの完全理解を目指します。また多孔質媒質内での部分混和性を有する界面流動が、地層からの石油回収プロセスや地層へのCO2圧入プロセスで発生していることがわかっており、本成果は、それらのプロセスにおける現象予測の高精度化や、部分混和性を利用した当該プロセスの新たな制御法の創出へ寄与することが期待されます。

語句解説

※1 流体の混和性
二流体が相互に全く(ほとんど)溶解しない場合、すなわち溶解度ゼロの場合を非混和と呼ぶ。例えば、水と油は非混和といえる。一方、二流体が相互に溶解する場合、すなわち溶解度無限大の場合を完全混和と呼ぶ。例えば、水と水あめは完全混和である。これらに対し、二流体が有限の溶解度をもつ場合を部分混和と呼ぶ。例えば、常圧・25°Cでアセトンとヘキサデカンを等体積混合すると、体積割合でアセトン32%とヘキサデカン68%の混合溶液とアセトン73%とヘキサデカン27%の混合溶液の二相に相分離する。この場合、アセトンとヘキサデカンは有限の溶解度をもち、二流体は部分混和である。

※2 トポロジカル変化
トポロジーとはしばしば位相幾何学と訳される。何らかの形を伸ばしたり曲げたりする連続変形ではトポロジカル性質は変化しないと考える。今回、部分混和性により、二流体の粘度差に由来する流動界面が千切れる現象をトポロジカル変化と呼んでいる。

※3 二流体界面の流体力学的安定・不安定
流体の界面で生じた微小な乱れが増幅し、それにより界面が変形する現象を流体力学的不安定という。一方、生じた微小な乱れが減衰してゆく場合、流体力学的安定という。

※4 水性二相系
複数種類のポリマーや塩を高濃度で含む水溶液が自発的に二相に分離する系

※5 スピノーダル分解型相分離
熱力学的不安定性によって混合物が自発的に相分離することをいう。スピノーダル分解型相分離を生じる濃度条件は、二成分混合系では自由エネルギーの濃度に対する2階微分が負となる条件である。

参考

論文のWebページで、今回発見した現象の動画をご覧いただけます。
https://www.cambridge.org/core/journals/journal-of-fluid-mechanics/article/phase-separation-effects-on-a-partially-miscible-viscous-fingering-dynamics/3A8DFAB96053706A505C31F231E1AA72#fndtn-supplementary-materials

参考URL

基礎工学研究科 移動現象制御グループ(岡野研究室)HP
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/okanolab/home.html

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