チタン同位体におこる新たな安定化現象を発見

チタン同位体におこる新たな安定化現象を発見

質量測定で迫る原子核の存在限界

2020-9-16工学系

発表のポイント

・非常に多くの中性子を含有する原子核、チタン-62 は、まわりの原子核に比べて中性子が強く結合しており、原子核の新たな安定化の仕組みがチタン-62にあることがわかった。
・生成が難しく、短い時間しか存在しない原子核であるスカンジウム-55から60、チタン-58から62、バナジウム-61から64核の質量を同時測定し、核内中性子の結合エネルギーデータを取得、チタン-62核に中性子が強く結合していることを明らかにした。
・不安定な原子核を含む全ての原子核の安定化機構について統一的な理解が進み、原子核の存在限界の解明、安定の島 に向かう超重元素の構造理解の基礎となることが期待される。

発表概要

東京大学理学系研究科附属原子核科学研究センター、理化学研究所仁科加速器科学研究センター、大阪大学核物理研究センター、東京都市大学、京都大学、九州大学、立教大学、東京理科大学、東京工業大学、テネシー大学、ノートルダム大学、ミシガン州立大学からなる国際共同研究グループは、非常に多くの中性子を含有するスカンジウム同位体、チタン同位体、バナジウム同位体の質量を世界で初めて精密測定し、質量の変化量の分析から陽子22個と中性子40個で構成されたチタン-62核の内部で中性子が強く結合され、原子核が安定化している現象を発見しました。

原子核は陽子と中性子からできており、チタン同位体では陽子と中性子が同数程度のとき、原子核が最も安定していることが知られています。含まれる中性子の個数を増やしてゆくと、中性子の結合エネルギーは徐々に弱くなり、結合エネルギーが0になった同位体が原子核の存在限界となります。研究グループは、陽子22個程度、中性子40個程度からなる様々な原子核の質量を高効率・高分解能で測定し、そこから得られた中性子結合エネルギーから、チタン-62では中性子が強く結合しており、原子核が安定化していることを明らかにしました。

新たな原子核安定化の仕組みが発見された今回の結果を礎に、人類未踏の希少原子核を含む全ての原子核の存在範囲や安定性についての理解が深まり、ニホニウムを超える超重核の構造解明が進むことが期待されます。

発表内容

背景

自然界にある全ての物質は、原子核によって種類が決まります。原子核は、陽子と中性子により構成されていますが、核力 が陽子と中性子をひとまとまりに強く結合することで、安定して存在しています。アインシュタインの示した「エネルギーと質量の等価性」から、構成された陽子と中性子の質量とそれらが核内に収まっている結合エネルギーの総和が原子核の質量です。そのため、中性子の構成数の異なる同位体同士の質量差から、中性子が原子核にどれくらい強く結合されているのかを定量的に知ることができます。

核力は陽子と中性子の間の結合力が強いため、原子核はほぼ同数の陽子と中性子で構成されているときが最も安定していることが知られています。私たちの身近にある物質が、ほぼ同数の陽子と中性子から構成されているのはこのためです。原子核内で中性子のみを増やしてゆくと、その結合力は次第に弱くなり、最終的に中性子を結合できなくなります。これが、同位体の存在限界です。原子核内の中性子数による結合力の変化を観測することで、私たちは原子核の存在限界を評価することができます。

日常的に触れることができる原子核は約300種類、存在が確認されている原子核は約3,000種類です。私たちの知る原子核は自然界に存在可能な原子核種の半分にも満たないという理論予想が一般的です。原子核が存在できる陽子と中性子の組み合わせはどのくらいたくさんあるのかという問いに答えることは、私たちが「どのくらい多様多彩な物質に囲まれているか」を明らかにするとともに、人類未知の原子核を含めて「原子核とはどんな物質なのか」を理解するうえで欠かせません。

研究手法と成果

今回の成果は、東京大学と理化学研究所の包括的連携協定のもと、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センターと理化学研究所仁科加速器科学研究センターが共同で建設したSHARAQ(シャラク)磁気分析装置 を用いた実験により得られました。理化学研究所仁科センターの重イオン加速器施設であるRIビームファクトリー(RIBF)において、超伝導リングサイクロトロン(SRC)で亜鉛-70(Zn-70)を光速の約70%まで加速、超伝導RIビーム生成分離装置(BigRIPS)を用いて光速の約60%で飛行するチタン-62を含む様々な原子核種 (図1) を同時生成しました。それら原子核種の質量は、105メートルにわたるBigRIPS装置からSHARAQ装置全体を用い、磁気剛性-飛行時間法にて決定しました (図2) 。飛行時間法は一定距離の飛行時間から質量を測定する、遺伝子やタンパク質の解析等にも広く使われている質量分析手法ですが、今回用いた磁気剛性-飛行時間法は、高分解能磁気分析装置SHARAQと最新鋭の放射線センサーとを組み合わせることによって、より高効率で高い質量分解能を実現した最新の質量測定手法です。生成された不安定原子核は、1原子核ごとの飛行時間と磁気剛性 が測定されます。飛行時間は、BigRIPSからSHARAQまで約200万分の1秒で、これをCVDダイヤモンド検出器 を使用して1000億分の1秒の精度で測定します。これとSHARAQを使って測定した磁気剛性と組み合わせて希少原子核の質量を決定しました。さらに位置感度100ミクロンの多線式ドリフトチェンバー に情報を使って、BigRIPS-SHARAQ内の飛行軌道を再構成することで低雑音・高分解能化にも成功しました。これらの最新の放射線技術を組み合わせることにより、チタン-62をはじめとした9種類の希少原子核の質量を高精度で決定することができました。

スカンジウム、チタン、バナジウム同位体の質量から得られた中性子の結合力の変化から、チタン-62同位体は中性子を強く結合していることが明らかになりました (図3) 。図3は、中性子の結合力の指標である二中性子分離エネルギー(2個の中性子を原子核から分離するのに必要なエネルギー)の中性子数に対する変化を表しています。実験データとあわせて最新の理論計算も点線で示しました。今回得られた実験データにより、バナジウム、チタン、スカンジウム同位体の中性子数40近傍の質量が揃い、チタン同位体の二中性子分離エネルギーが中性子数36を超えても減少せず、中性子の増加に対して結合の強さが保たれていることが明らかになりました。理論予想と比較すると、中性子数38まで理論と実験データはよく一致していますが、中性子との結合はチタン-62に向かって理論予想よりも強くなっています。ここから、チタン-62では最新理論を超えた、新たな核安定化の効果が働いていることがわかりました。この効果により中性子を多く含む原子核の安定性が高められ、その結果、原子核の存在範囲は現在の理論予想に比べてもっと多くの中性子を含む核種に広がっている可能性があると示されました。

今後への期待

磁気剛性-飛行時間法は、存在限界までの全ての原子核に適用でき、人類未踏の原子核での魔法数の発現、既存魔法数の消滅を早く正確に検知できる質量測定手法です。今回は、中性子を多く含むチタン同位体の安定性ついての成果ですが、世界最高強度の希少原子核を生成できる超伝導RIビーム生成分離装置BigRIPSと高分解能SHARAQ磁気分析装置の組み合わせにより、陽子・中性子比が非常にアンバランスで生成が困難な原子核の安定性を広く観察することができます。この手法を通して得られる広範な原子核領域の安定性のデータを通じ、全ての原子核の成り立ちについての統一的な理解を進め、超新星爆発や中性子星合体 における重元素合成過程 の解明、安定の島に向かう超重元素の構造的理解の基礎となることが期待されています。

発表者

道正新一郎(東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター助教)
小林幹(研究当時:東京大学大学院理学系研究科博士課程学生)
下浦享(東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター教授)
上坂友洋(国立研究開発法人理化学研究所仁科加速器科学研究センター室長)
井手口栄治(大阪大学核物理研究センター准教授)
西村太樹(東京都市大学理工学部自然科学科准教授)

発表雑誌

雑誌名:Physical Review Letters(オンライン版:9月14日)
論文タイトル:Mapping of a new deformation region around 62Ti
著者:S. Michimasa, M. Kobayashi, Y. Kiyokawa, S. Ota, R. Yokoyama, D. Nishimura, D. S. Ahn, H. Baba, G. P. A. Berg, M. Dozono, N. Fukuda, T. Furuno, E. Ideguchi, N. Inabe, T. Kawabata, S. Kawase, K. Kisamori, K. Kobayashi, T. Kubo, Y. Kubota, C. S. Lee, M. Matsushita, H. Miya, A. Mizukami, H. Nagakura, H. Oikawa, H. Sakai, Y. Shimizu, A. Stolz, H. Suzuki, M.Takaki, H. Takeda, S. Takeuchi, H. Tokieda, T. Uesaka, K. Yako, Y. Yamaguchi, Y. Yanagisawa, K. Yoshida, S. Shimoura
DOI番号:10.1103/PhysRevLett.125.122501
アブストラクトURL: https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevLett.125.1225016. <

添付資料

図1 今回の実験で質量が測定された原子核。
縦軸は原子核の原子番号(原子核に含まれる陽子の数)、横軸が中性子数(原子核に含まれる中性子の数)を示しており、1つのマス目が1つの原子核を表している。実験では、原子番号22(チタン)、中性子数40のチタン-62核などの複数核種を含む重イオンビームを用いた。

図2 今回の高効率・高分解能質量測定に用いたBigRIPS-SHARAQ実験装置

図3 重いスカンジウム(Sc)、チタン(Ti)、バナジウム(V)同位体の二中性子分離エネルギーの中性子数に対する変化。
37個以上の中性子を含むチタン同位体では中性子の増加に抗して二中性子分離エネルギー(結合力)が維持されており、いままでに明らかになっていない安定化効果が原子核の中で働いていることがわかる。

参考URL

大阪大学 核物理研究センターHP
https://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/ja/about/center.html

用語説明

チタン-62

陽子22個、中性子40個からなるチタンの同位体。中性子が17個から41個までのチタン同位体が確認されている。チタン-62は2009年に発見された。半減期は10ミリ秒程度と予想されており、非常に短い。今回の実験で、チタン-62は、1秒あたり8,000億個の亜鉛-70原子核をベリリウム標的に照射することで、約1時間に3事象の割合で測定された。

安定の島

理論で予想されている、原子番号が120、中性子数184を中心とする安定した超重原子核の存在領域。原子番号120と中性子数184がともに理論的に予想された新魔法数であるため、安定の島周辺の原子核は特に安定性を獲得できると考えられている。

核力

原子核内の多数の陽子、中性子を結び付けている力。湯川秀樹は中間子論の発明により核力の記述に初めて成功し、1949年にノーベル賞を受賞した。核力には、粒子間の距離だけで決まるクーロン力や重力とは異なり、スピンに依存した非中心成分(テンソル成分)や3つの粒子から力が決まる成分(三体力成分)があることが知られている。

SHARAQ(シャラク)磁気分析装置

理化学研究所RIビームファクトリー内に東京大学が建設した、RIビームの磁気剛性を高分解能で分析する装置。常伝導双極電磁石2台、超伝導四重極電磁石2台、常伝導四重極電磁石1台から構成される。

RIビームファクトリー(RIBF)

理化学研究所が有するRIビーム発生装置と独創的な基幹実験設備群で構成される重イオン加速器施設。2基の線形加速器、4基の常伝導サイクロトロンと超伝導リングサイクロトロン「SRC」により、すべての安定原子核を光速の約70%まで加速することができる。超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」は、陽子・中性子比が非常にアンバランスで生成確率の極めて小さな原子核が効率よく生成できるため、チタン-62の質量測定が実現された。

磁気剛性

磁場中を飛行する荷電粒子に生じるローレンツ力と遠心力の釣り合いから得られる磁場に対する粒子の曲がりにくさの指標。粒子の運動量を電荷で割ったものに等しい。

CVDダイヤモンド検出器

化学気相成長(CVD)法を用いて製作したダイヤモンド薄膜を素材とする放射線センサー。イオンが通過した時の応答が極めて速く、1,000億分の1秒の精度で通過時刻を計測できる。

多線式ドリフトチェンバー

多数のワイヤーを張った箱(チェンバー)にガスを封入することで、高速イオンが通過した位置を約0.1ミリの精度で測定できる検出器。封入ガスを低圧化することにより、通過した高速イオンへの影響を最小限にすることができる。

中性子星合体

2つの中性子星同士が衝突する天体現象で、2017年8月に重力波望遠鏡LIGOとVirgoによって初めて観測された。中性子星は質量が太陽と同じぐらいだが、半径が10 km程度しかない非常に高密度な天体、全質量の95%程度が中性子であり、巨大な原子核とみなされている。

重元素合成過程

私たちの身の回りにある鉄よりも重い原子核が宇宙の中でどのように合成されたのかは未だ解明されていない。生成に膨大なエネルギーが必要なため、巨大な恒星が最期である超新星爆発や、2017年に発見された中性子星合体といった場所で起こると考えられている。これらの天体現象で発生した大量の中性子を非常に短い時間で吸収して重い原子核が合成されるため、寿命が短く中性子を多く含んだ原子核の性質が合成経路解明の鍵になっていると考えられている。