神経細胞の発達の鍵はタンパク質のアルギニンメチル化修飾にあり!

神経細胞の発達の鍵はタンパク質のアルギニンメチル化修飾にあり!

指定難病の脊髄小脳変性症の発症メカニズム解明に期待

2020-7-28生命科学・医学系

研究成果のポイント

・タンパク質のアルギニンメチル化修飾によるゴルジ体 の形成機構を発見しました。
脊髄小脳変性症 に関わるSCYL1タンパク質がアルギニンメチル化修飾を受けていることを解明しました。
・神経細胞の発達(軸索の伸長)にSCYL1タンパク質のアルギニンメチル化修飾が必要であることを発見しました。
・今回の発見は脊髄小脳変性症の発症メカニズムの解明とその治療に繋がる可能性があります。

概要

生物の構成成分であるタンパク質は細胞内で恒常的に合成されています。アルギニンメチル化はタンパク質の修飾の一つであり、タンパク質の機能制御に関わっています。アルギニンメチル化の主要酵素であるPRMT1は全身の細胞内に存在していますが、タンパク質の加工や輸送を担うゴルジ体に対する役割は不明でした。

今回、大阪大学大学院連合小児発達学研究科(片山泰一研究室)の大学院生の天野元揮さん(大学院博士後期課程)と吉村武講師、松﨑伸介准教授(研究当時[現 和歌山県立医科大学])らの研究グループは、タンパク質のアルギニンメチル化の主要酵素PRMT1が細胞内のゴルジ体の構造を制御することを発見しました。さらに、PRMT1が指定難病の脊髄小脳変性症に関わるSCYL1タンパク質のアルギニンメチル化修飾を行い、神経細胞の発達を制御していることも明らかにしました。SCYL1タンパク質は脊髄小脳変性症に関わることから、脊髄小脳変性症の発症メカニズムの解明とその治療に繋がる可能性が期待されます。

本研究成果は、米国細胞生物学会誌「Molecular Biology of the Cell」(2020年8月15日付)の掲載に先立ち、オンライン早期公開版(2020年6月25日付)に掲載されました。

図1 今回発見の模式図
神経細胞は次の細胞に情報を伝えるために軸索と呼ばれる長い突起を持っており、軸索が伸長(神経細胞が発達)するにはゴルジ体で加工されたタンパク質が軸索の末端まで輸送されることが必要です。アルギニンメチル化酵素のPRMT1によりSCYL1タンパク質がアルギニンメチル化修飾を受けることでゴルジ体の構造の保持と軸索末端へのタンパク質の輸送が行われ、軸索が伸長すると考えられます。

研究の背景

アルギニンメチル化はタンパク質の修飾の一つであり、タンパク質の機能を制御し、生命現象に関与しています。これまでタンパク質アルギニンメチル化の主要酵素であるPRMT1が脳の発達に重要であることが報告されてきました。しかし、脳の発達においてどのタンパク質がPRMT1によってアルギニンメチル化修飾を受けているかはこれまであまりよく分かっていませんでした。

細胞内で合成されたタンパク質はゴルジ体で加工され、目的の場所へと輸送されます。ゴルジ体の機能はゴルジ体の構造に大きく影響され、ゴルジ体の異常構造による機能破綻がアルツハイマー病などの神経変性疾患の素因の一つであると考えられています。しかし、ゴルジ体の構造制御機構は未だ不明な点が数多くあります。

図2 ゴルジ体の異常による神経細胞死の模式図
神経細胞の生存と活動に必要なタンパク質は神経細胞内で合成され、ゴルジ体で加工された後、目的の場所へと輸送されます。ゴルジ体は通常、いくつもの層板構造が集合した形態で機能します。しかし、何らかの異常によりこの形態(層板構造)が崩壊すると異常なタンパク質が細胞内に蓄積し、それがダメージとなり神経細胞が死んでしまうこと(神経変性)があります。

研究内容と成果

吉村講師らの研究グループは、タンパク質のアルギニンメチル化修飾とゴルジ体の構造の関係性にフォーカスを当て、解析を行いました。脊髄小脳変性症に関わるSCYL1タンパク質はゴルジ体の構造保持に関わることが報告されています。我々のグループはSCYL1タンパク質に着目し、SCYL1タンパク質がPRMT1によりアルギニンメチル化修飾を受けているかを調べました。その結果、SCYL1タンパク質はPRMT1によりアルギニンメチル化修飾を受けていること、そしてSCYL1タンパク質がアルギニンメチル化修飾されないとゴルジ体の形態異常が生じることを発見しました。さらに、胎生期のラットの脳から単離培養した神経細胞の発達(軸索の伸長)にはSCYL1タンパク質のアルギニンメチル化修飾が必要であることを明らかにしました。

以上の研究結果は、PRMT1によるSCYL1タンパク質のアルギニンメチル化修飾を介したゴルジ体の形態制御が脳の発達に重要であることを示唆しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、本研究では、タンパク質のアルギニンメチル化修飾によるゴルジ体の構造制御機構について解明しました。これまでの研究はタンパク質そのものに着目しており、タンパク質の修飾によってタンパク質の機能がどのように制御されているかについては不明でした。今回の研究はタンパク質のアルギニンメチル化修飾の重要性を証明できました。本研究はゴルジ体の異常が原因となる病気の発症メカニズムの解明および治療法の確立に繋がる可能性があります。

特記事項

本研究成果は、米国細胞生物学会誌「Molecular Biology of the Cell」(2020年8月15日付)の掲載に先立ち、オンライン早期公開版(2020年6月25日付)に掲載されました。

タイトル:"SCYL1 arginine methylation by PRMT1 is essential for neurite outgrowth via Golgi morphogenesis."
著者名:Genki Amano, Shinsuke Matsuzaki*, Yasutake Mori, Ko Miyoshi, Sarina Han, Sho Shikada, Hironori Takamura, Takeshi Yoshimura* and Taiichi Katayama (*責任著者)

なお、本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金による支援を受けて行われました。

研究者のコメント

これまでPRMT1によるタンパク質のアルギニンメチル化修飾とゴルジ体の関係性の報告はないことから、今回の発見は新規性があります。また、タンパク質のアルギニンメチル化修飾によるタンパク質の機能制御機構はこれまでほとんど報告されていません。今回の発見はタンパク質のアルギニンメチル化修飾によって機能制御されるタンパク質の特性解明の先駆けになると考えられます。

参考URL

連合小児発達学研究科 分子生物遺伝学研究領域 片山研究室HP
http://www.ugscd.osaka-u.ac.jp/mbs/index.html

用語説明

ゴルジ体

細胞内で合成された多種多様なタンパク質を糖鎖(各種の糖が複雑に繋がり合ったもの)などで修飾し、それぞれを働くべき場所へ輸送するという、細胞内タンパク質輸送の中心的な役割を担っています。

脊髄小脳変性症

「1リットルの涙(木藤亜也著)」の主人公が発病した難病です。小脳または脊髄が変性することにより、運動失調等の症状が現れる神経変性疾患であり、国から指定難病に認定されています。病因が解明されつつあるものの未だ不明な点が多く、根治療法がないため、諸症状に対する対症療法が行われています。