自然科学系

2020年5月18日

研究成果のポイント

・原子の振動運動の最小単位に対応するエネルギーのかたまり(振動量子)が原子間を伝わっていく様子を画像化することに成功
・各原子を個々に光で操作する技術を確立し観測が可能に
・振動量子を高い精度で制御できることを示した

概要

大阪大学先導的学際研究機構量子情報・量子生命研究センター(以下「QIQB」という。)の豊田健二特任准教授(常勤)、大阪大学大学院基礎工学研究科の向山敬教授(QIQB兼任)らの研究グループは、電荷を持つ粒子を空間的に閉じ込める装置:イオントラップ※1中に閉じ込められた4個のカルシウム原子イオン※2(図1)の配列中に、振動運動の最小単位に対応するエネルギーのかたまり(振動量子※3)を1個発生させ、それが配列中を伝わっていく様子を画像化することに成功しました。

この研究成果により、振動量子がこれまで量子情報処理の研究に用いられてきた量子ビットや光子と同様に高い制御性・再現性を持っていることが示されました。振動量子は、一つの自由度で量子ビットよりも大きな情報量を担うことができるため、より少ない資源で複雑な計算、精度の高い計算が可能となり、量子コンピューティング・量子情報処理※4の可能性を広げると期待されます。

本研究成果は、2020年5月19日(火)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。

図1 イオントラップと4個のカルシウム原子イオン

研究の背景

振動運動は最も基本的な物理現象の一つであり、固体中で音、熱、電気を伝える働きに関わっています。振動運動のエネルギーを極限まで小さくしていくと、それ以上分割できない最小単位に到達します。この最小単位は振動量子と呼ばれ、一種の粒子のように振る舞います。イオントラップ中の原子イオンも固体のような配列を形成し、この配列の振動運動は振動量子により説明することができます。原子イオンの制御技術の発展により、この振動量子を高度に制御し、情報を担わせて計算を行うといった研究が視野に入ってきました。

本研究グループは、光を用いてイオントラップ中の各原子イオンを独立に操作する技術を確立し、また振動運動の状態を長時間保つことが可能なイオントラップ装置を用いて実験を行いました。これにより、イオントラップ中の特定の原子イオンに振動量子を生成し、それを長時間自由に運動させたうえで、原子イオンごとに独立に振動量子の存在確率を測定することが可能になりました。

原理の説明

イオントラップ中の原子イオンの例えとして、図2に4個のボール(質点)を示します。ボールはお互いと壁にバネでつながれています。一つのボールに振動を与えると、振動はバネを介してほかのボールに伝わっていきます。

一方、原子イオンは電荷を帯びているため、相互にクーロン力(電荷同士に働く力)を及ぼしています(図3)。原子イオン配列中のある原子イオンに振動を与えた場合、クーロン力の影響により振動が配列中のほかの原子イオンに伝わっていきます。ここで、原子イオンに与える振動の大きさが非常に小さい場合には、振動運動の最小単位である振動量子を考慮する必要が生じます。一つの原子イオンに光を当てることにより振動量子を1個つくりだすと、時間の経過とともにこの振動量子が他の原子イオンに飛び移る可能性が生じます。

しかし、観測を行わない限り、飛び移りが行われたかどうかを完全に把握することはできません。振動量子はそれ以上分割できないため、「振動量子がある原子イオンの場所に存在するかもしれないが、別の原子イオンの場所に存在するかもしれない」という「重ね合わせ状態」が形成されます。最終的にこの振動量子の「重ね合わせ状態」が4個の原子イオンにわたって形成され、それぞれの原子イオンにおける振動量子の存在確率が時間の経過とともに複雑に変化していきます。

図2 バネで結ばれ壁につながれた4個のボール

図3 イオントラップ中に閉じ込められた4個の原子イオン

実験の詳細と結果

電荷を帯びたカルシウム原子イオン4個をイオントラップにより真空容器中の狭い領域に閉じ込め、レーザー冷却法という手法により絶対零度付近(10万分の1ケルビン程度)まで冷却します。その後、特定の原子イオン(図4の「原子イオン2」)に光をあてて振動量子を1個生成します。この振動量子は、温度に換算して1万分の1ケルビン程度のエネルギーを持ちます。そして、ある時間(この時間はゼロから100分の1秒まで変化させる)待ちます。この待ち時間の間に、振動量子はクーロン力の影響で4個の原子イオンの間を飛び移りながら移動します。最後に、全ての原子イオンに光をあてて、各原子イオンの位置における振動量子の存在確率を測定します。測定した各原子イオンの位置における振動量子の存在確率を図4に濃淡で示しています(横軸は上記の待ち時間に対応)。時間軸上で全原子イオンにわたって存在確率の複雑なパターンが形成され、それが理論予測とよく対応していることがわかります。

図4 実験結果と理論予測

研究の意義

本研究により、振動量子がこれまで量子情報処理の研究に用いられてきた量子ビットや光子と同様に高い制御性・再現性を持っていることが示されました。振動量子は、一つの自由度で量子ビットよりも大きな情報量を担うことができるため、より少ない資源で複雑な計算、精度の高い計算が可能となり、量子コンピューティング・量子情報処理の可能性を広げると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2020年5月19日(火)に米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。
タイトル:“Quantum Walks of a Phonon in Trapped Ions”
著者名:Masaya Tamura, Takashi Mukaiyama, and Kenji Toyoda.

なお、本研究は文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118067477の助成を受けたものです。

用語解説

※1 イオントラップ
電荷を帯びた粒子を電場(電圧)などの働きにより空間中の一箇所に閉じ込める装置。量子コンピューターを実現する有力な手法の一つとしてイオントラップの研究が世界的に進められており、米国のスタートアップ企業や電気電子関連大企業がイオントラップを用いた量子コンピューターを発表している。

※2 イオン
原子や分子から電子を取り去ったり加えたりして電荷を帯びさせたもの。原子をイオンにしたものは原子イオン、分子をイオンにしたものは分子イオンと呼ばれる。

※3 振動量子(フォノン)
固体中で規則的に並んだ原子やイオントラップ中のイオンは、小さい振動運動を行う。この振動のエネルギーにはそれ以上分割できない最小単位が存在し、それは振動量子あるいはフォノン(phonon)と呼ばれる。通常、系全体が一斉に揺れる場合を考えることが多いが、本研究ではイオン間の距離を長めにとり、各イオンが基本的には独立に振動し、弱くお互いと結合しているという条件で実験を行っている。

※4 量子情報処理
ミクロの世界を扱う量子力学の原理と従来の情報処理の考え方を組み合わせ、まったく新しい種類の情報処理の実現を目指す学問分野。絶対に破られない暗号通信(量子暗号)や、現在のコンピューターでは非常に長い時間がかかる計算を圧倒的に短い時間で行うことのできる量子コンピューターなどの実現を目指す。

研究者のコメント

原子イオンの振動現象が理論の予測と正確に対応することに我々自身驚きました。この精度の高さを応用研究に役立てられればと期待しています。振動という身近な現象がミクロの世界ではまた違った形で現れるということを実感していただければと思います。

参考URL

大阪大学 先導的学際研究機構 量子情報・量子生命研究センターHP
https://qiqb.otri.osaka-u.ac.jp

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