世界初!歪みを加えて半導体デバイス中の電子スピン寿命の延長を実現

世界初!歪みを加えて半導体デバイス中の電子スピン寿命の延長を実現

半導体スピンデバイスのキーテクノロジーを実証

2020-5-18自然科学系

研究成果のポイント

・半導体材料として広く用いられているシリコン-ゲルマニウム(SiGe) に結晶歪みを加えることで、電子のスピン寿命 が大幅に延びることを実験的に観測!
・電子スピン寿命の延長とは、「情報を保持する時間が長くなること」であり、デバイスの高性能化に必須なことから、欧米をはじめ世界中で研究が進められている。今回の手法により、半導体スピントロニクスデバイス構造で観測されるスピン信号強度は100倍以上に増大。

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の山田道洋特任助教(常勤)、浜屋宏平教授と、東京都市大学総合研究所の澤野憲太郎教授ら共同研究グループは、次世代の高速半導体チャネル材料として知られるシリコン-ゲルマニウム(SiGe)結晶に歪みが印加されたスピントロニクス デバイス構造を作製することで、SiGe伝導チャネルの電子構造を人為的に変調し、電子スピン寿命を大幅に延長することに成功しました。

これまで、浜屋教授らの共同研究グループは、シリコン(Si)・ゲルマニウム(Ge)・SiGeなどのIV族半導体チャネル中に、純スピン流 を生成・輸送することに成功しており、最近の研究で、これらのIV族半導体では、伝導帯谷(バレー)構造 の間を電子スピンが遷移する際にスピン散乱 が頻繁に起こることを明らかにしていました[Physical Review B 95, 161304(R) (2017); Physical Review Applied 8, 014007 (2017).] (図1(左)) 。このスピン散乱現象(バレー間スピン散乱)は、電子スピンの寿命と直結しているため、IV族半導体を用いたスピントロニクスデバイスの性能を決定づける重要な物性です。これまでの理論的な研究で、このバレー構造間にエネルギー的な分裂を人為的に導入することができれば、上記のバレー間スピン散乱を抑制することができると予想されていましたが、実験的に実証された例はありませんでした。

今回の研究では、SiGe半導体チャネルに人為的に結晶歪みを印加したスピントロニクスデバイス構造を作製することに成功し、伝導バンドのバレー構造にエネルギー分裂を生じさせることで (図1(右)) 、スピン伝導中のバレー間スピン散乱現象を抑制し、スピン寿命を大幅に延長することに成功しました (図2(右)) 。その結果、 図2(左) に示すように、低温でスピン信号が100倍以上に増大することを見出しました。これは、半導体スピントロニクスデバイスの高性能化につながる成果であり、高速動作と低消費電力動作の両立への道を切り拓くことが期待されます。

本研究成果の関連情報は、米国物理学会の学術論文誌「Physical Review Applied」(オンライン:5月11日)に掲載されました。

図1 歪みシリコン-ゲルマニウムにおけるスピン散乱の抑制.

研究の背景と研究成果

シリコン-ゲルマニウム(SiGe)は、既に世界最先端のSi-CMOS でも用いられている半導体材料の一つです。このSiGeをはじめとしたIV族半導体チャネル中に電子の「スピン」自由度を電気的に注入し、不揮発メモリ機能を有する半導体スピンデバイスを実現しようという研究が世界中で展開されています。Siでは2007年に、Geでは2011年にアメリカのグループから世界で初めて低温でのスピン伝導の観測が報告され、近年では、フランスやイタリアのグループにより光学的手法でこれらのスピン伝導挙動が調べられています。これに対して本共同研究グループでは、これらとは全く異なる独自の手法で研究に取り組んでおり、強磁性ホイスラー合金 という高性能スピントロニクス材料をGeやSiGe上に高品質に作製する技術と原子層不純物ドーピング技術 を併用することで、電子デバイス構造における室温スピン伝導を実証してきました[Applied Physics Express 10, 093001 (2017).]。

今回、世界で初めて人為的に結晶歪みを加えたSiGeチャネルを有するスピンデバイス構造を作製し、低温でスピン信号を100倍以上に増大させることに成功しました。これは、すでにSiGe伝導層におけるスピン寿命の延長と関係していることが実験的に確かめられています。この研究成果は、SiGeだけではなくSiやGeなどのIV族半導体チャネル電子デバイス材料におけるスピン寿命の延長効果を示唆するものであり、将来の半導体スピントロニクスデバイスの実現に向けたキーテクノロジーを開発したことに相当します。

図2 低温(50K)で測定されたスピン信号強度とスピン寿命.
歪み有SiGe(右)スピン伝導層を用いると、スピン寿命が増大するため、歪み無SiGe(左)よりもスピン信号が100倍以上に増大した。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

Si、Ge、SiGeは、半導体電子デバイス用の材料として広く用いられており、これらの材料上で革新的なスピントロニクス技術が確立されれば、半導体デバイスの高速動作化と低消費電力化を両立することが可能です。本成果は、本共同研究グループが有するスピン注入技術と歪み制御技術が世界最高レベルであることを証明するものであり、IV族半導体スピントロニクス素子の実用化に向けた道を切り拓く成果として大きな意義があります。

特記事項

本研究成果に関する情報は、米国物理学会の学術論文誌「Physical Review Applied」(オンライン;5月11日)に掲載されました。
タイトル:Suppression of Donor-Driven Spin Relaxation in Strained Si 0.1 Ge 0.9
著者名:T. Naito, M. Yamada, S. Yamada, K. Sawano, and K. Hamaya
DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.13.054025
雑誌:Physical Review Applied 13, 054025 (2020).

なお、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(S)(No.19H05616)、基盤研究(S)(No.17H06120)、基盤研究(A)(No.16H02333)、特別研究員奨励費(No.18J00502)、文部科学省スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点(大阪大学大学院基礎工学研究科スピントロニクス学術連携研究教育センター)、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム(大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点)[S-19-0S-0012]、の補助を受けて行われました。

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科 附属スピントロニクス学術連携研究教育センター 浜屋研究室HP
http://www.semi.ee.es.osaka-u.ac.jp/hamayalab/index.html

用語説明

シリコン-ゲルマニウム(SiGe)

現在広く用いられている電子材料のシリコン(Si)と同じ結晶構造(ダイヤモンド構造)をもつゲルマニウム(Ge)との混晶。SiとGeの組成比を制御することで、結晶格子定数やエネルギーバンド構造を制御することができる。格子定数の異なるGeとSiGeを連続的に積層することで、歪みを互いの層に印加することができる。

スピン寿命

電子スピン(磁石の性質)が情報を保持する時間のこと。固体中では、母体材料、外部温度、不純物量などにより変化する時間であり、スピントロニクスデバイスへの応用を考慮すると長い方が良い。半導体スピントロニクスデバイスを設計する上で重要な物性値である。

スピントロニクス

電子の電荷とスピン(角運動量)の両方の自由度を積極的に利用することにより、新機能デバイスの開発を目指している研究分野のこと。

純スピン流

電流はアップスピン電子とダウンスピン電子の2種類の電子の流れに分けることができる。一般的に、電流とはこれら2つの和であるのに対し、スピン流は2つの差に相当する。今回の実験では、正味の電流がゼロで、スピン角運動量のみが流れている純スピン流と呼ばれるスピン流を伝導させている。

伝導帯谷(バレー)構造

半導体中の電子が占めるエネルギー帯(バンド)の形が谷(バレー)状になっている構造のこと。特に電子材料として広く用いられるSi、Ge、そしてSiGeでは、伝導帯中に複数のバレー構造を有している。

スピン散乱

例えば、アップスピンに偏って生成されている状態(スピン偏極状態)が、何らかの相互作用によってダウンスピン状態に変化した結果、スピン非偏極状態になってしまうこと。

Si-CMOS

極性の異なる電界効果トランジスタ(p-MOSFETとn-MOSFET)を組み合わせた構造を有しており、スマートフォンやネットワークサーバーなど身の回りの電子機器に搭載されている最も重要な半導体デバイスのこと。

強磁性ホイスラー合金

ホイスラー合金は構成原子が規則正しく配列した規則合金のことであり、その構成元素や規則性に依存して様々な特性を示す。特に、強磁性ホイスラー合金では完全にスピン偏極した状態の材料が理論的に予想されており、高性能なスピントロニクス材料として注目を集めている。

不純物ドーピング

半導体中にキャリア(電子または正孔)を生成し、電気伝導特性を発現するための異種元素添加のこと。価数4のSiやGeに電子を生成する場合、価数5のP(リン)やAs(ヒ素)を添加することが多い。今回の実験では、不純物は全てPである。