生命科学・医学系

2020年4月30日

研究成果のポイント

・長年不明であった味覚嫌悪記憶の消去に関わる高次脳メカニズムを解明
・脳内麻薬カンナビノイドが抑制性シナプスの長期抑制を引き起こし、一方、カンナビノイド受容体阻害下では、脳内ガス状伝達物質である一酸化窒素が、抑制性シナプスの長期増強を引き起こすことを発見
・本研究は、味覚嫌悪学習※1などの味覚学習の脳メカニズムの全容解明に大きく寄与するものであり、今後、食を通じた子供の健全育成や食習慣に起因する成人病予防等の応用研究への進展が期待される

概要

大阪大学大学院歯学研究科の豊田博紀准教授(口腔生理学教室)は、味覚嫌悪記憶の消去に関わる脳メカニズムを明らかにしました。

大脳皮質第一次味覚野※2は、味覚嫌悪学習の獲得や消去に重要な役割を果たすことが知られていますが、その脳メカニズムはよく分かっていません。今回、豊田准教授は、大脳皮質第一次味覚野のシナプス※3に連続高頻度刺激を与えると、脳内麻薬として知られる内因性カンナビノイド※4の産生により、抑制性シナプスの伝達効率が低下することを見出しました。また、内因性カンナビノイド受容体を阻害した状態でシナプスに連続高頻度刺激を与えると、脳内ガス伝達物質である一酸化窒素の産生により、抑制性シナプスの伝達効率が増加することを明らかにしました(図1)

内因性カンナビノイドは、味覚嫌悪記憶の消去に関わることから、本研究において見出された神経活動は、味覚嫌悪記憶の消去に関わる脳メカニズムとして重要な役割を果たすものと考えられます。本成果は、味覚学習の脳メカニズム解明に大きく寄与するものであり、今後、食を通じた子供の健全育成や食習慣に起因する成人病予防等の応用研究への進展が期待されます。

本研究成果は、英国科学誌Scientific Reportsにおいて、2020年4月28日18時(日本時間)に公開されました。

図1 大脳皮質第一次味覚野における抑制性シナプス伝達の制御メカニズム
シナプスへの連続高頻度刺激により、シナプス後細胞では、内因性カンナビノイドおよび一酸化窒素が産生される。内因性カンナビノイド受容体は、抑制性シナプスの神経伝達物質であるGABAの放出を抑制する。また、内因性カンナビノイド受容体は、一酸化窒素の作用を阻害する。

研究の背景

大脳皮質第一次味覚野は、味の強さや質を認識する脳の領域として知られていますが、味覚嫌悪学習においても重要な役割を果たすことが知られています。味覚嫌悪学習とは、ヒトや動物において、食後に腹痛や下痢などの体調不良を経験すると、直前に摂取した食べ物の味に対して嫌悪を獲得する学習のことです。例えば、生牡蠣にあたってしまうと、その後、牡蠣が食べられなくなります。しかし、味覚嫌悪学習によって嫌いになった食べ物を、再び食べることができるようになることがあります。かつて嫌いだった食べ物を、いつの間にか気にせずに食べられる経験をしたことはありませんか?その仕組みとして、獲得した嫌な食記憶を消去する神経活動が生じるためであると考えられていますが、どのような脳メカニズムで生じるかは明らかにされていませんでした。

学習や記憶といった脳の機能は、関連する脳領域におけるシナプス伝達の可塑的な変化(シナプス可塑性※5)を伴うことがわかっています。味覚嫌悪学習においては、大脳皮質第一次味覚野におけるシナプス伝達の可塑的な変化が深く関わっていると考えられていますが、そのシナプス可塑性の制御機構については、まだよく分かっていません。そこで本研究では、マウスの大脳皮質第一次味覚野において、抑制性シナプス可塑性の制御メカニズムを検討しました。

研究の内容

はじめに、大脳皮質第一次味覚野の抑制性シナプスに可塑的変化が生じるかを調べました。シナプスに連続高頻度刺激(100Hzで4秒間)を与えると、抑制性シナプスの伝達効率が低下しました。次に、内因性カンナビノイド受容体に対する阻害薬の存在下で同様の実験を繰り返すと、興味深いことに、抑制性シナプスの伝達効率の低下が抑えられるだけでなく、逆に、抑制性シナプスの伝達効率の増加が生じました。そうした抑制性シナプスの伝達効率の増加は、一酸化窒素の産生により生じることを見出しました。また、一酸化窒素の産生により引き起こされる抑制性シナプスの伝達効率の増加が、内因性カンナビノイド受容体の活性化により、抑えられることを明らかにしました(図1)。さらに、食欲抑制作用や学習・記憶に関わるホルモンであるレプチン※6存在下で同様の実験を繰り返すと、内因性カンナビノイド受容体阻害下と同様に、抑制性シナプスの伝達効率の増加が生じることを明らかにしました。

本研究成果の意義と社会に与える影響

これまでの研究により、内因性カンナビノイドは味覚嫌悪記憶の消去に関わることが報告されています。このため、本研究で明らかになった大脳皮質第一次味覚野における内因性カンナビノイドによる抑制性シナプスの伝達効率低下は、獲得した食の嫌悪記憶の消去に関わる脳メカニズムである可能性が強く示唆されます。

我々ヒトは、味覚嫌悪学習によって嫌いになった食べ物を再び好きになることがありますが、そのメカニズムはよく分かっていません。本研究成果により、味覚嫌悪記憶の消去に関わる脳メカニズムの理解が進み、さらには、味覚学習の包括的理解に大きく貢献することが期待されます。今後、食を通じた子供の健全育成や食習慣に起因する成人病予防等の応用研究への進展が期待されます。

特記事項

本研究成果は、英国科学誌Scientific Reportsにおいて、2020年4月28日18時(日本時間)に公開されました。論文掲載先URL:www.nature.com/articles/s41598-020-64236-5
タイトル:“CB1 cannabinoid receptor-mediated plasticity of GABAergic synapses in the mouse insular cortex”
著者名:Hiroki Toyoda

なお、本研究は、科学研究費補助金および三島海雲記念財団学術研究奨励金の支援を受けて行われました。

用語説明

※1 味覚嫌悪学習
ヒトや動物において、食後に腹痛や下痢などの体調不良を経験すると、直前に摂取した食べ物の味に対して嫌悪を獲得する学習のこと。

※2 大脳皮質第一次味覚野
大脳の島皮質および前頭弁蓋を含む領域。味の質や強さを認識するとされる。味覚以外の刺激(匂い、食感や温度)などでも活動する。

※3 シナプス
神経細胞同士の情報伝達に関わる構造。シナプスには、情報を受け取る側の神経細胞を興奮させる興奮性シナプスと、興奮を抑える抑制性シナプスがある。

※4 内因性カンナビノイド
身体の中で作られ、マリファナに類似した作用を持ち、カンナビノイド受容体と呼ばれる蛋白質に作用する物質のこと。アナンダミドと2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)という2つの分子が主要なものであると考えられている。

※5 シナプス可塑性
神経系においては、可塑性は脳の持つ柔軟な適応能力を指す。神経細胞間のシナプスでの情報伝達効率が長期的に変化するシナプス可塑性は、学習や記憶のメカニズムであると考えられている。

※6 レプチン
脂肪組織で作られ、食欲の抑制とエネルギー代謝の調節に関わるホルモン。学習や記憶を調節することも知られている。

参考URL

大阪大学歯学部 大学院歯学研究科 口腔生理学教室HP
https://www.dent.osaka-u.ac.jp/admission/admission_000279.html

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