iPS角膜上皮細胞の安価で簡便な純化法を確立

iPS角膜上皮細胞の安価で簡便な純化法を確立

2020-4-16生命科学・医学系

研究成果のポイント

・iPS細胞から作製した様々な眼の細胞を含む細胞群から、角膜上皮細胞のみを純化する新たな方法を確立
・ヒトiPS細胞から分化した様々な眼の細胞は、細胞の種類ごとに、足場タンパク質ラミニンに対して異なる接着性を示した。
・ラミニン332は、角膜上皮細胞の接着・増殖を促進し、細胞競合による非角膜上皮の排除を促進した。
・ラミニン211は、角膜上皮細胞以外のiPS細胞由来の非上皮細胞を短時間で吸着させた。
・磁気細胞分離とラミニン接着工程を組み合わせることで、特別な機器を使用せずに高純度のiPS角膜上皮細胞シートが作製できた。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の林竜平寄附講座教授(幹細胞応用医学寄附講座)、西田幸二教授(眼科学、先導的学際研究機構生命医科学融合フロンティア研究部門)、柴田峻共同研究員(ロート製薬株式会社、幹細胞応用医学寄附講座)らの研究グループは大阪大学蛋白質研究所の関口清俊寄附研究部門教授らと共同で、iPS細胞から作製した様々な眼の細胞を含む細胞群から、角膜上皮細胞のみを純化する新たな方法を確立しました。研究グループは、それぞれの眼の細胞の種類ごとに、基底膜タンパク質ラミニンに対して、接着性や増殖性が異なることを見出し、角膜上皮細胞の純化に応用しました。本成果により、外傷や病気により、角膜上皮の幹細胞が失われた難治性角膜疾患に対する新たな再生医療として期待されるiPS角膜上皮細胞シート移植治療の普及や産業応用に向けたiPS角膜上皮細胞の単離法・細胞シート製造の簡便化・効率化・コスト削減等が期待されます。本研究成果は、米国科学雑誌『Stem Cell Reports』に4月14日(3月19日オンライン先行掲載)に掲載されました。

図1 iPS角膜上皮細胞シートの作製方法
磁気細胞分離とラミニン211/332への接着工程から成る。

研究の背景

iPS細胞は、理論上無限に増殖可能であり、身体を構成する様々な細胞に分化可能であることから再生医療や創薬研究、発生研究に非常に有用な細胞です。林竜平寄附講座教授らのグループは、これまでに、ヒトiPS細胞から眼全体の発生を模倣した2次元培養系を用いて、様々な眼の細胞を含む多層状コロニー(SEAM)を誘導し、さらに、機能的な角膜上皮組織(iPS角膜上皮細胞シート)を作製することに成功しています( Nature 2016) 。今後、iPS細胞を利用した再生医療技術を実用化・普及していくためには、治療等に用いる目的の細胞のみを純化する工程の確立や効率化が非常に重要になります。iPS角膜上皮細胞シート移植治療においても、様々な眼の細胞を含むiPS由来の細胞の中から、角膜上皮細胞のみを単離・純化する工程が必須です。これまで、角膜上皮細胞の選別・分取には、蛍光活性化セルソーティング(FACS)という技術が用いられてきましたが、機器が高価であることやその管理や使用には熟練した経験や知識を要することから、製造での使用はコスト・生産効率等の面において課題がありました。

ラミニンは上皮組織の基底膜に存在するタンパク質であり、上皮細胞が足場として使用します。同研究グループは、これまでにラミニンのアイソフォームの種類がiPS細胞からどの眼の細胞になるかの運命決定に大きく関与することを明らかにしています( Cell Reports 2018) 。今回の研究では、様々なラミニンをiPS細胞から作製した角膜上皮細胞の単離・純化工程に利用できないかを検討しました。

本研究の成果

本研究では、大阪大学蛋白質研究所の関口清俊寄附研究部門教授らのグループにより作製されたE8断片と呼ばれるインテグリン結合部位をもつ特殊な組換えラミニンアイソフォームを用いました。研究グループはまず、iPS細胞から分化した様々な眼の細胞のうち、角膜上皮細胞が短時間で接着しやすいラミニンアイソフォームを調べたところ、角膜上皮細胞は、短時間において、特にラミニン332、411、511に特異的に接着しやすいことがわかりました。一方、ラミニン211に対しては、角膜上皮細胞以外の、角膜上皮細胞シートを作製する上で不要な非上皮細胞が接着しやすいことを発見しました。これらの結果より、ラミニン211は目的外細胞の吸着に用いることができる可能性が示唆されました (図2) 。

また、この選択的接着性には、角膜上皮細胞を含む上皮細胞のみに発現するインテグリンβ4が関与していることも明らかにしました (図3) 。

さらに、様々なラミニンの上でどの眼の細胞が増えやすいかを調べたところ、ラミニン332はiPS角膜上皮細胞の増殖を促進し、その他の眼の細胞の増殖は促進しないことがわかりました (図4) 。以上により、ラミニン332はiPS細胞から生成した様々な眼の細胞のなかでも、特に角膜上皮細胞の接着・増殖を促すことが明らかになりました。

また、研究グループは、意図的にiPS由来の角膜上皮細胞中に、角膜上皮以外の目的外細胞を10%程混入させ、様々なラミニン上で培養する実験を行いました。すると、ラミニン332上で培養した場合は、角膜上皮細胞のみが選択的に増殖を促され、その結果、増殖した角膜上皮細胞により目的外の細胞が押し出される、細胞競合現象が起きることを発見しました (図5) 。角膜上皮細胞シートを作製する際に、角膜上皮以外の細胞が混入してしまった場合でも、ラミニン332を用いた培養により、角膜上皮細胞のみの増殖や細胞競合を促し、不要な細胞を淘汰できる可能性が示唆されました。

上記のようなラミニンに対するそれぞれの眼の細胞が有する特徴と磁気細胞分離を組み合わせて、新たな角膜上皮細胞の単離・純化工程を確立しました。iPS細胞から作製した眼の細胞から、磁気細胞分離により角膜上皮細胞を濃縮後、ラミニン211に播種することで、不要な細胞を吸着させた後、細胞をさらにラミニン332に撒き直して培養することで高純度のiPS角膜上皮細胞シートが作製することができました。

図2 iPS細胞から作製した様々な眼の細胞のラミニンに対する短時間での接着のしやすさ
角膜上皮細胞はラミニン332、411、511に接着しやすく、その他の細胞はラミニン211に接着しやすい。ラミニン211に接着した細胞は、突起を伸ばすような非上皮細胞が多い。(スケールバー:100μm)

図3 インテグリンβ4(ITGB4)を発現する上皮細胞のラミニンへの選択的接着性
(A)短時間で各ラミニンに接着した上皮細胞のインテグリン(青:核、緑:ITGB1、赤:ITGB4)の発現。ラミニン211にはITGB4陽性細胞は接着しない。(B)抗ITGB4抗体処理による上皮細胞のラミニン332への接着の減少。(C)非上皮細胞は一定の割合でラミニン211、ラミニン332に接着する。一方、ITGB4陽性の上皮細胞は、ラミニン211には接着せず、ラミニン332に短時間で効率的に接着する。

図4 iPS細胞から誘導したそれぞれの眼の細胞の各ラミニン上での細胞増殖
(A)iPS細胞から誘導した角膜上皮、神経、網膜細胞を各ラミニンに同じ細胞数を撒き、数日間培養後に定量した細胞数を示す。(B)ラミニン332は、iPS細胞から誘導した様々な眼の細胞のうち、上皮細胞のみを増やしやすい足場であることがわかった。

図5 ラミニン332上での培養による角膜上皮細胞と非上皮細胞の細胞競合
iPS細胞から誘導した角膜上皮細胞と非上皮細胞を10:1で混合して培養を行うと、ラミニン332上では角膜上皮細胞の生着や増殖が促進されることで、目的外の非上皮細胞が排除される細胞競合現象が起きた。矢印は培養を継続することで排除される非上皮細胞を指す。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、角膜疾患治療のための新たな再生医療として期待されるiPS角膜上皮細胞シート移植におけるiPS角膜上皮細胞の単離工程の簡便化や大量生産・コスト削減を可能にし、治療法の普及を促進できる可能性があります。また、再生医療に用いる細胞を単離するにあたり、ラミニンなどの足場の有効な利用法や、細胞の純化において細胞競合の応用可能性等について新たな知見を提供するものであり、今後の再生医療における、目的細胞純化について幅広い知見を提供できると考えられます。

特記事項

大阪大学とロート製薬は幹細胞技術(培養法・分化誘導法・細胞単離法・評価技術など)とその応用による再生治療法の開発を目指し、2014年に大阪大学大学院医学系研究科附属最先端医療イノベーションセンターに幹細胞応用医学寄附講座を設立し、間葉系幹細胞やiPS細胞を用いた、眼や全身疾患に対する再生医療の開発・実用化を目指した共同研究を行っています。

本研究成果は、米国科学雑誌『Stem Cell Reports』に4月14日(3月19日オンライン先行)に掲載されました。
【タイトル】“Cell-Type-Specific Adhesiveness and Proliferation Propensity on Laminin Isoforms Enable Purification of iPSC-Derived Corneal Epithelium”
【著者名】Shun Shibata, Ryuhei Hayashi, Yuji Kudo, Toru Okubo, Tsutomu Imaizumi, Tomohiko Katayama, Yuki Ishikawa, Yuki Kobayashi, Junko Toga, Yukimasa Taniguchi, Yoichi Honma, Kiyotoshi Sekiguchi, Kohji Nishida
Stem Cell reports 2020, April 14, https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2020.02.008 .

本研究は、日本医療機構(再生医療実現拠点ネットワークプログラム再生医療の実現化ハイウェイ)と日本学術振興会(科研費)の助成を受けて行われました。

参考文献

※1 Hayashi R. et al. Co-ordinated ocular development from human iPS cells and recovery of corneal function. Nature. 2016 Mar 17;531(7594):376-80.

※2 Hayashi R. et al. Coordinated generation of multiple ocular-like cell lineages and fabrication of functional corneal epithelial cell sheets from human iPS cells. Nat Protoc. 2017 Apr;12(4):683-696.

※3 Shibata S. et al. Selective Laminin-Directed Differentiation of Human Induced Pluripotent Stem Cells into Distinct Ocular Lineages. Cell Reports 2018, Nov 6, 25, 1668–1679.

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 眼科学教室HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/ophthal/www/index.html