高効率フレキシブル熱電変換デバイスの小型軽量化に成功

高効率フレキシブル熱電変換デバイスの小型軽量化に成功

2020-3-18自然科学系

概要

大阪大学産業科学研究所の菅原徹准教授(先端実装材料研究分野)と工学研究科の伊庭野健造助教らの研究グループは、精密な半導体チップ加工と精密な実装プロセス、新規の実装材料を採用することで、大面積・高効率・高機械的信頼性のフレキシブル熱電変換デバイス(2018年12月14日発表 https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181214_1
)のデザインを保持したまま小型・軽量化することに成功しました。 (図1)

今回開発したデバイスは超小型の熱電半導体チップを、1cm角あたり約200個で高密度に搭載し、フレキシブル性を向上させることで、湾曲した熱源から熱の回収効率がよくなるとともに、微細化と軽量化により機械的信頼性もさらに向上しています。

これにより、低コストかつ未使用率の高い100℃以下の廃熱を効率よく回収することができます。Society5.0を実現するために必須のIoTセンサを支える熱電変換を利用した自律分散(オフグリッド)型電源システム の社会実装が期待されます。

また、この熱電変換デバイスは、小型・軽量かつフレキシブルなペルチェ素子として利用できるため、全く新しいエンターテインメントコンテンツや、メディアアートなどのエンターテインメント機器、視聴覚室生涯者への情報呈示機器に応用が期待されます。さらに、パーソナルエアコンや局所冷却器などの各種医療機器として社会実装が期待されます。

本研究成果は、ドイツ科学誌「Advanced Materials Technologies」に、2020年3月18日(水)午前8時(日本時間)に公開されました。

図1 開発した小型フレキシブル熱電変換デバイスの外観写真。

研究の背景

Society 5.0時代(超スマート社会)では、各種IoT技術とすべてのセンシング(計測)技術の協働により、サイバー空間へ収集された多くのデータ(ビックデータ)が、AIやICT技術のデータ解析・最適化により、付加価値の高い研ぎ澄まされた行動情報として、私たちのフィジカル空間へフィードバックされます。また、その行動情報に基づいた私たちの行動が再びサイバー空間へ情報収集され回帰します。この一連のサイクルは、サイバーフィジカルシステム(CPS)と呼ばれ、次世代の私たちに健康で安全な生活を提供します。

CPSにおいて、電力配線から切り離された、数百億から数千億以上の自律分散型計測通信(IoTセンサ)機器は、私たちの生活空間から大量の情報を収集するために、重要な電子機器であり、低価格、軽量、小型、高性能、低消費電力かつ高信頼性(耐環境性・安定性)などの特性が求められます。

一方でIoTセンサが使われる環境によっては、電源の常時供給が困難であるため、独立電源とセンサがセットで必要となる場合も多く想定されています。特に、動作が長期間になる場所や電源電池交換が困難な場所(深海や高所など)では自己発電が可能な自律電源が必要となってきます。さらにはIoTセンサによるデータ収集のためにはセンサ部分にも通信機能を持たせることが必要で、そのためのさらなる電力が必要です。

センサ用の自律電源は、一般的には大きな電力は必要とせず、太陽光発電や振動発電、熱電発電(熱電変換)など、エネルギー・ハーベスティングの技術応用が注目されています。しかしながら、太陽光発電や振動発電は設置場所の条件や気象変動などから発電量の変動要因が多くあり、安定的な電力を供給することができない等の問題があります。

菅原准教授らの研究グループでは、熱電変換技術が、固体半導体のゼーベック効果を利用した発電方法であるため、デバイスへ効率よく温度差を与えることが出来れば恒常的に発電し、発電量の変動要因が少なく、安定的な電力を供給することができることに注目して、熱電変換デバイスの小型化・軽量化・高出力化に取り組んできました。

本研究で開発された熱電変換デバイスは、大面積のフレキシブル熱電変換デバイスと同様に、ダイシングなど半導体加工技術を駆使して熱電半導体チップを超微細加工し、軽量でフレキシブルな基板へ高精度チップマウンタを使用して、高密度に正確に実装することで、超小型・軽量化を実現しました (動画1) 。また、大面積のフレキシブル熱電変換デバイスと同様に、上部電極を湾曲面と並行に配置するよう工夫することで、さらに1軸方向へ大きなフレキシブル性を持たせることも可能です。なお、大面積のフレキシブル熱電変換デバイスは、本研究のチップサイズ(μmサイズ)と比較して大きい(mmサイズ)ため湾曲率が制限されていました。しかしながら、本研究で開発した小型・軽量フレキシブル熱電変換デバイスは、曲率半径1㎝以下を実現し、かつ総重量が僅か約0.4gで、そよ風になびくほど軽量です (動画2) 。一方で、この小型・軽量フレキシブル熱電変換デバイスは、他のエネルギー・ハーベスティングデバイスと比較して、そん色ない出力密度(630μW/cm 2 @dT=10℃)を示しました。また、非常にフレキシブル性に優れているため、チップにかかる機械的ストレスが大幅に軽減され、機械的(物理的)信頼性がさらに向上しました。これらの熱電変換デバイス実装技術には、多くのノウハウがあるものの一般的な半導体技術におけるデバイス実装技術が基盤となっており、大量生産における製造コストの大幅な削減が期待できます。

動画1: https://youtu.be/Q2_NnBYvIQ0
高精度チップマウンタにより、微細加工された熱電半導体チップを精密・正確に並べている様子
動画2: https://youtu.be/Fm3UuZjK86A
小型・軽量フレキシブル熱電変換デバイスが風に吹かれてなびいている様子と折り曲げている様子

図2 開発した小型フレキシブル熱電変換デバイスのa 外観写真と側面からの拡大写真(b:平面 c:折り曲げ時)。各温度差(d:dT=10~50K, e:dT=50~150K)における熱電変換特性(電流-電圧、出力-電圧)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、Society 5.0に貢献するIoTセンサ用電源(自律分散型電源システムとして、熱電変換デバイスが社会実装されることが期待されます。ただし、それらの実現には更に①~➂に掲げる研究開発を更に進める必要があります。
①電源として安定な電力をセンサ回路や通信機器に供給するためには、安定化電源回路の設計と電源回路に対応した熱電変換デバイスを設計しなければなりません。
②発電量が少量で不安定な熱電変換デバイスをセンサ用の電源とするために、センサ回路や通信回路などの周辺回路も省電力化する必要があります。
③熱電変換デバイスが発電するためには、常に温度差を確保する必要があり、デバイスを構成する材料やその配置を熱制御するために再設計しなければなりません。

なお、これらの研究開発は、それぞれ①大阪大学工学研究科の廣瀬哲也教授らと安定化電源回路について、②神戸大学システム情報学研究科の和泉慎太郎准教授らとセンサ用の省電力計測通信回路について、③京都大学工学研究科の西脇眞二教授、古田幸三特定研究員らと熱制御設計技術について共同研究を開始しています。

その外にも今回開発した、小型・軽量フレキシブル熱電変換デバイスは、柔らかいペルチェ素子として、利用することで、新産業を創出するエンターテインメントコンテンツや、情報呈示デバイスとしてメディアアートなどのエンターテインメント機器、視聴覚室生涯者への情報呈示機器に応用が期待されます。これらの柔らかい情報呈示・メディアデバイスの研究・開発には、大阪大学情報科学研究科の伊藤雄一招聘准教授らや奈良女子大学生活環境科学系の佐藤克成講師と共同研究を開始しています。

特記事項

本研究成果は、2020年3月18日(水)午前8時(日本時間)にドイツ科学誌「Advanced MaterialsTechnologies」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Fabrication and Characterization of Ultra-Lightweight, Compact, and Flexible Thermoelectric Device Based on Highly Refined Chip Mounting”
著者名:Yusufu Ekubaru, Tohru Sugahara, Kenzo Ibano, Aiji Suetake, Maki Tsurumoto, Noriko Kagami, and Katsuaki Suganuma

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究事業(CREST)[助成番号:JP MJCR19J1]、および文部科学省(MEXT)の「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の一部として行われました。

研究者のコメント

熱電変換技術の発電応用(熱電発電)は、熱電材料を始め接合技術やデバイス設計など多くの技術が結集されて実現されます。これまで、熱電変換の技術開発は、その90%以上が熱電半導体材料の開発に注力されてきました。近年の熱電材料の飛躍的性能向上に対して、効率的な集熱・放熱などデバイスの熱制御設計、熱電変換デバイスのための実装材料や実装プロセスなどの開発はほとんど進んでいないのが現状です。

2019年度中頃から、電極周辺材料の信頼性に関する研究開発をJST CRESTプロジェクトの一環で開始しています。今後は、熱電変換技術の応用に必要とされる接合技術や実環境下でデバイスの長期安定性・信頼性を担保する要素技術開発が必要となってきます。並行して、電源安定化や省電力回路設計、熱制御設計技術も共同研究を軸として、次世代の電源システムとして活用できるよう進めて参ります。

一方で、一般的な熱電変換デバイスは、ペルチェ素子として応用されているものの、本研究成果のように、小型・軽量のフレキシブルペルチェ素子は、普及していません。今後は、熱電変換デバイスをフレキシブルペルチェ素子として、情報呈示・メディアデバイスに発展させる技術開発により、新産業の創出に貢献してきたいと思います。また、柔らかい局所温度制御(冷却)デバイスとして、医療機器の用途を開拓するべく、山口大医学系研究科脳神経外科(鈴木倫保教授、井上貴雄講師)と協議を進めています。今後、当研究グループの研究開発の動向に注目して頂けたら幸いです。

参考URL

大阪大学産業科学研究科 先端実装材料 菅沼研究室HP
https://www.eco.sanken.osaka-u.ac.jp

用語説明

熱電変換

熱電変換は、熱電材料を用いて、熱エネルギーを電気エネルギーに直接変換する(ゼーベック効果)と、逆に、電気エネルギーを温度勾配へ変換する(ペルチェ効果)技術であり、小さな温度差でも、その温度差に見合って(スケール効果 がない)変換できるため、エクセルギー の小さなエネルギーを効率よく回収する(エネルギー・ハーベスティング)技術に寄与する次世代技術として注目されている。

熱電変換デバイス

熱電変換のゼーベック効果により、熱エネルギーを電気エネルギーに変換する発電方法を熱電発電とよび、この機能を利用した電子機器をゼーベック素子(熱電発電素子)と呼ぶ。また、熱電変換のペルチェ効果を利用した温度勾配(加熱や冷却、温度制御)を可能とする電子機器をペルチェ素子と呼ぶ。熱電変換デバイスは、これらゼーベック素子とペルチェ素子の総称である。

IoTセンサ

IoT(Internet of Things)/電子機器やセンサなど、あらゆる「もの」がインターネットを通して接続されることにより、モニタリングやコントロールが可能となる。特に、センサ類は、Society5.0を支える情報収集のインフラとなり、IoTセンサと呼ばれる。

Society 5.0時代(超スマート社会)

内閣府が科学技術基本法に基づきキャッチフレーズとして採用する未来社会のコンセプトである。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステム(サイバーフィジカルシステム:CPS)により、経済発展と社会的課題の解決を両立する、新たな未来社会を人類の5段階目の革命として、“Society 5.0(ソサエティー5.0)”として提唱されている。

エネルギー・ハーベスティング

太陽や照明などの光、機械や建物、乗り物のなどから発生する振動、熱などのエネルギーを採取し、電力を得る技術である。わずかなエネルギーを電力として変換し活用することを目的とした技術の総称である。

自律分散型(オフグリット)電源システム

オフグリッドとは、送電系統(電線を伝って電力や通信網)と繋がっていない状態(オフ)を指す。周辺の電源システム同士または、親ユニットと送電線無しで通信し合い情報共有することで、電源の消費電力を共有・有効活用するなどの機能を有する次世代電源システムである。

スケール効果

物体の大きさが変化するとその物体にはたらく力や作用などの大きさ・比が変わり、挙動が異なってくる現象である。

エクセルギー

ある状態から理論上取り出せる最大の仕事量(エネルギー量)である。別名、有効エネルギーとよばれる。