1世紀前からの謎を解明!動物の左右をつくる新しい原理を発見

1世紀前からの謎を解明!動物の左右をつくる新しい原理を発見

背腹をつくるしくみを利用した左右形成

2020-2-20自然科学系

研究成果のポイント

・100年以上前に報告されていた生物の発生現象を調べ、体の左右をつくる新しい原理を発見。
・この生物はBmp をもちいた背腹形成のしくみを、90˚回転させることで左右をつくっていた。
・左側の決定因子であるNodal遺伝子 を持たない脊索動物 としても初めての例。
・左右形成についての新しい研究領域を開拓したとともに、ヒトにも共通する脊索動物の体づくりの進化について理解が深まると期待。

概要

大阪大学大学院理学研究科生物科学専攻の小沼健助教、西田宏記教授らの研究グループは、脊索動物のワカレオタマボヤOikopleura dioica(以下、オタマボヤ )が、背腹の向きを決めるタンパク質(Bmp)を利用して、左右の違いをつくることを明らかにしました (図1) 。Bmpには発生過程で神経形成を抑える働きがありますが、オタマボヤはBmpを「右側に働かせる」ことを介して、その反対側の「左側に」神経管 をつくることが分かりました (図1) 。また、オタマボヤには左側決定因子であるNodal遺伝子がないことも分かりました。これらは左右形成のしくみに新たな一石を投じる発見であり、ヒトにも共通するオタマジャクシ型の体づくりの理解につながると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)(2020年2月6日付)」(オンライン)に公開されました。

図1 成果のまとめ
「体の右側に」Bmpが発現するが(紫,右図)、これは「胚の右側由来の」細胞で起きる(左図)。

研究の背景

オタマボヤは、私たちヒトと共通なオタマジャクシ型の体をもつ、脊索動物の仲間です。体を構成する細胞が4000個あまりと少なく、また10時間あまりで大人と同じ体になるなどの特徴から、これまでに知られる中で「もっとも単純な体の脊索動物」と考えられています。

左右とは文字どおり、背腹や前後に90˚直行する「体の向き」のことです。100年以上前から 、オタマボヤの左右には他の脊索動物と異なる特徴があることが知られていました。たとえば初期胚の段階から、細胞分裂の向きが左右非対称になります 。また、オタマボヤの尻尾をみると、神経管が背側ではなく左側にあります (図2) 。どうすればこんな体ができるのでしょうか?小沼助教らは、研究室で飼育でき、また実験が可能であるワカレオタマボヤという種をもちいて、左右をつくる原理の解明を試みました。

図2 オタマボヤの神経管は「左側に」ある
オタマボヤを背側から見たもの。ホヤや脊椎動物と違い、神経管(赤)が尾の左側にある。

研究の成果

発表者らは「初期胚における左右の違い」と「オタマボヤの体における左右性」 (図2) とのかかわりに着目して研究を進めました(以下、主な成果を(1)-(4)の順に示します)。(1)はじめに、初期胚の右側と左側を色分けして育てたところ、左右対称な形をもつ組織のほとんどが、左右非対称な由来をもつことが分かりました。(2)次に、左右のどちらかだけに働く遺伝子を探したところ、左側の決定因子であるNodal遺伝子がゲノムから失われていることや、腹側の形成因子であるBmpが右側で発現することがわかりました。(3)Bmpの発現細胞は、胚の右側のみから作られており (図1) 、これは「初期胚の左右の違い」と「オタマボヤの左右性」とが結びつく証拠といえます。(4)また、このBmpの働きを阻害する実験により、Bmpの右側発現は、「左側の」神経に発現する遺伝子を「右側で発現しないようにさせる」働きがあることが分かりました。

Bmpは、神経の形成を抑える分子として知られています。たとえば脊椎動物の胚では、Bmpは「腹側」をつくる働きがあり、反対側である背側に神経管がつくられます (図3左) 。一方、昆虫の胚では、このしくみが180˚逆向きに働いており、腹側に神経管がつくられます (図3中央) 。オタマボヤはこのどちらにも当てはまらず、Bmpが「右側」で働いており、その反対側である「左側」に神経管ができるのです( 図1 , 図2 )。これらの事実をもとに、Bmpをもちいた背腹形成のしくみを90˚回転させて使うことで、神経管を左側につくるという、左右形成の新しい原理を提唱しました (図3右) 。

図3 左右形成の新しい仮説
Bmp(紫)による背腹形成のしくみを90˚回転させて使うことで、左側に神経管をつくる(右図)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

このように、1世紀前に報告されていた生物現象を掘り起こすことで、左右形成についての新しい研究領域を開拓しました。この研究を進めることで、背腹と左右をつくるしくみの互換性、ひいてはヒトにも共通するオタマジャクシ型の体の進化について理解が深まると期待しています。また、この研究が契機となって、オタマボヤという新しい実験動物を研究や教育活動に取り入れる方が増えることを期待しています。

研究者のコメント(小沼健助教)

いちばん嬉しいことは、「長年、誰も顧みなかった生物現象」の中から、生物学の普遍的な問題につながる答えを見つけたことです。オタマボヤの左右性は、100年以上前から公表されていました。Bmpによる背腹軸の形成も、高校の教科書にある基礎知識です。この成果を出せた理由はただ一つ、自分たちだけが探求に踏み切ったからです。今後もこのような探求を一つひとつ続けて、教科書に新しいページを刻むような発見を目指したいと思っています。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academyof Sciences of the United States of America)(2020年2月6日付)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A chordate species lacking Nodal utilizes calcium oscillation and Bmp for left-right patterning”
著者名:Takeshi A. Onuma, Momoko Hayashi, Fuki Gyoja, Kanae Kishi, Kai Wang and Hiroki Nishida

なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(C)(小沼健)、同若手研究(B)(小沼健)、同新学術領域研究(研究領域提案型)「生物の3D形態を構築するロジック(研究代表者:小沼健)」、同基盤研究(B)(西田宏記)、同挑戦的萌芽研究(西田宏記)、加藤記念バイオサイエンス振興財団(小沼健)、稲盛財団(小沼健)、住友財団(小沼健)、日本応用酵素協会(小沼健)の支援を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 大学院理学研究科 生物学専攻 西田研究室
http://www.bio.sci.osaka-u.ac.jp/bio_web/lab_page/nishida/index-j.html

用語説明

Bmp

骨形成タンパク質(bone morphogenetic protein)の略。細胞の外に分泌され、細胞表面にある受容体に結合して働く。発生においては「背腹軸」の決定に重要である。腹側から分泌されて、神経形成を抑えることで腹側をつくるシグナルとして働く。

Nodal遺伝子

左側の決定因子である、Nodalタンパク質をコードする遺伝子。脊椎動物をはじめ、これまでに調べられてきたすべての脊索動物において、胚の左側に発現することが分かっている。本研究で、オタマボヤはNodal遺伝子をもたないことが判明したが、このような脊索動物はこれまでに前例がない。

脊索動物

動物の分類群のひとつで、脊椎動物 ヒト、魚など)、頭索動物(ナメクジウオなど)、尾索動物(ホヤ、オタマボヤなど)の3群の総称。いわゆる「オタマジャクシ型の体」をもつ動物。脊索と呼ばれる棒状の組織が体の中央にあり、その背側に神経管が走っているのが特徴 (図2) 。

オタマボヤ

脊索動物門尾索動物亜門オタマボヤ網に属する海洋性のプランクトン。69種類が記載されている。ホヤと名前が似ており、同じ尾索動物の仲間であるためかホヤと混同されがちだが、実際には哺乳類と鳥類くらい系統学的に離れた動物である。

神経管

発生過程でつくられる、神経の管。脳や脊髄などの中枢神経は、この構造からつくられる。オタマボヤの場合、神経管は内部が空洞ではないので厳密には神経索とよばれるが、本記事では便宜上、神経管という用語をもちいる。

100年以上前から

1910年と 1912年に、H. C. Delsman というドイツの形態学者が、ワカレオタマボヤの胚や幼生をスケッチした論文を報告している。

初期胚の段階から、細胞分裂の向きが左右非対称になります

4 細胞期以後、右前と左後の細胞が動物極側に少しだけずれる( 図1 の左図でも確認できる)。このことは1910年の Delsman の論文で指摘されている。本研究は、110 年の時を超えて、その生物学的な意義を説明したものといえる。