普通の超伝導体をトポロジカル超伝導体に変換する手法を開発

普通の超伝導体をトポロジカル超伝導体に変換する手法を開発

量子計算素子の物質探索に新しい道

2020-1-9

発表のポイント

・普通の超伝導体トポロジカル超伝導体に変換する手法を開発
・超伝導近接効果を使わないトポロジカル超伝導の実現方法を提案
・トポロジカル量子計算に応用できる物質の探索に新たな方向性

概要

トポロジカル絶縁体 の発見を契機にして、その発展物質である「トポロジカル超伝導体 」が注目されています。トポロジカル超伝導体では、その表面やエッジ(端)において「マヨラナ粒子 」と呼ばれる、量子コンピュータ への応用が期待される特殊な粒子が存在すると予言されています。現在、世界中でトポロジカル超伝導を実現する試みが精力的に行われていますが、未だ決定的な証拠がありません。

東北大学材料科学高等研究所の佐藤宇史教授、高橋隆客員教授、同大学院理学研究科チー・トラン博士課程大学院生、大阪大学産業科学研究所の山内邦彦助教、京都産業大学の瀬川耕司教授、ドイツケルン大学の安藤陽一教授らの研究グループは、トポロジカル絶縁体TlBiSe 2 上に普通の超伝導体Pb(鉛)の超薄膜を作製し、その電子状態を角度分解光電子分光法という手法で詳しく調べた結果、もともとTlBiSe 2 の表面上にあったトポロジカル状態が、接合によってPb超薄膜側に移動し、普通の超伝導体であるPbがトポロジカル超伝導体に変化していることを発見しました。

この成果は、従来試みられてきたアプローチとは全く異なる方法でトポロジカル超伝導が実現できることを初めて明らかにしたものです。今後、本研究で見出された方法に基づいてトポロジカル超伝導体の探索を進めることで、量子コンピュータに役立つ物質材料の探索・開発が大きく進展すると期待されます。

本研究成果は、英国科学誌Nature Communicationsの2020年1月9日号で公開されました。

研究の背景

約10年前にトポロジカル絶縁体と呼ばれる新しい物質が発見され、大きな話題になりました。トポロジカル絶縁体は、内部(バルク)は電流を流さない絶縁体であるのに対して、そのエッジ(3次元の場合は表面、2次元の場合は端)に、ディラック電子 に起因した特殊な金属状態が現れる物質です。トポロジカル絶縁体の発見をきっかけにして、さらに新しいトポロジカル物質の探索が世界中で精力的に行われていますが、なかでも「トポロジカル超伝導体」が大きな注目を集めています。トポロジカル超伝導体では、普通の超伝導体 とは異なり、そのエッジ(端)に、マヨラナ粒子と呼ばれる特殊な粒子が現れると考えられています。マヨラナ粒子は、普通の電子とは全く異なり、粒子と反粒子の区別がつかない、電荷が中性の奇妙な粒子です。マヨラナ粒子の持つ不純物や外乱の影響を受けにくいという際立った性質を利用できれば、量子コンピュータの大規模化や高集積化を強力に進められると期待されています。

マヨラナ粒子を内包するトポロジカル超伝導体を実現する試みとしてこれまで一般的に行われているのが、「超伝導近接効果」を用いる方法です。この方法では、例えば、トポロジカル絶縁体と超伝導体を接合した場合、超伝導体側からトポロジカル絶縁体側に、超伝導を担う電子対(クーパー対 )が侵入 (図1a) することで、二つの物質のあいだの界面付近に存在するディラック電子が超伝導化されます。この超伝導化されたディラック電子が、マヨラナ粒子検出の鍵となります。しかしながらこの方法では、マヨラナ粒子が物質内部の界面付近に埋もれてしまうため、走査トンネル分光 などのマヨラナ粒子検出に適した実験手法を用いた場合でも、その検出が難しいという大きな課題がありました。そのため、超伝導近接効果を用いたマヨラナ粒子検出の決定的な証拠は未だありません。

研究の内容

今回、東北大学、大阪大学、京都産業大学、ケルン大学の共同研究グループは、同研究グループが2010年に発見したトポロジカル絶縁体であるTlBiSe 2 に着目し、分子線エピタキシー法 を用いて、その表面上に、数ナノメートル(nm)の厚さをもつPb(鉛)の超伝導薄膜を成長させることに初めて成功しました (図1b) 。角度分解光電子分光法 (図2) を用いてPb表面のバンド分散 を調べた結果、Pb薄膜とトポロジカル絶縁体の界面に埋もれて全く見えないはずのディラック電子表面状態が、Pb表面において明確に観測されることを明らかにしました (図3) 。このことは、もともとトポロジカル絶縁体の表面に局在していたディラック電子が、Pbとの接合によってPb側に移動することを示しています。さらに、Pb薄膜の超伝導転移温度(~絶対温度6ケルビン)以下まで試料を冷却してエネルギー状態を精密に測定したところ、ディラック電子が超伝導になったことを示す「超伝導ギャップ」 が明確に観測されました。これらの結果は、これまで不可欠と考えられてきた超伝導近接効果を用いずとも、トポロジカル超伝導が実現できることを強く示唆しています。さらにこの結果は、普通の超伝導体としてよく知られるPbの薄膜にトポロジカル絶縁体を接合しただけで、Pbがトポロジカル超伝導体に変換できることを示唆しています。

今後の展望

今回、TlBiSe 2 上のPb超薄膜がトポロジカル超伝導になっている可能性が高いことがわかったことで、今後、この系におけるマヨラナ粒子の検出が期待されます。また今回の結果は、「超伝導近接効果を用いる」というこれまでの常識とは異なり、接合した超伝導体そのものをトポロジカル超伝導体に変えるという新しい方向性を示すものです。このアイデアは汎用性が高く、他のさまざまな超伝導体とトポロジカル絶縁体の組み合わせにも適用できると考えられます。このアイデアを基軸として物質探索と電子状態解明の研究をさらに進めることで、今後、トポロジカル超伝導体の開発とマヨラナ粒子検出、その先にある量子コンピュータへの応用のための研究がさらに進展すると期待されます。

特記事項

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Conversion of a conventional superconductor into a topological superconductor by topological proximity effect
著者:Chi Xuan Trang, Natsumi Shimamura, Kosuke Nakayama, Seigo Souma, Katsuaki Sugawara, Ikuko Watanabe, Kunihiko Yamauchi, Tamio Oguchi, Kouji Segawa, Takashi Takahashi, Yoichi Ando, and Takafumi Sato
DOI番号:10.1038/s41467-019-13946-0
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-019-13946-0

本成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域における研究課題「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」(研究代表者:佐藤宇史)、同さきがけ「全結晶方位ARPES法による新規トポロジカル材料開拓」(研究者:中山耕輔)、日本学術振興会新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者:川上則雄)、同科学研究費補助金基盤研究(A)「角度分解光電子分光による原子層薄膜における超伝導とスピン軌道相互作用の研究」(研究代表者:佐藤宇史)、基盤研究(B)「スピン分解ARPESによるフェルミオロジーに基づいた革新的原子層超伝導体の開発」(研究代表者:高橋隆)などの助成により得られました。

参考図

図1 トポロジカル超伝導実現のための接合構造の模式図
トポロジカル超伝導を実現するための、(a)超伝導近接効果を用いる従来の方法と、(b)超伝導近接効果を用いない本研究の方法。右図は、Pb/TlBiSe 2 の結晶構造。

図2 角度分解光電子分光の概念図
物質に紫外線を照射し、外部光電効果で物質外に放出された電子のエネルギーと角度を測定することで、物質の電子構造を決定できる。

図3 角度分解光電子分光測定の結果
Pb超伝導薄膜(左上)とトポロジカル絶縁体TlBiSe 2 (左下)を接合することで、もともとトポロジカル絶縁体表面にあったディラック電子状態が、Pb超薄膜の表面に移動する(右)。このような移動は、角度分解光電子分光を用いてディラック電子が作るX字型のエネルギーバンドを直接可視化することで明らかになった。

参考URL

大阪大学 産業科学研究所 ナノ機能予測研究分野
http://www.cmp.sanken.osaka-u.ac.jp/index_jp.html

用語説明

超伝導体

低温において電子どうしがペア(超伝導電子対;クーパーペア)を組むことで、普通の金属と違って電気抵抗ゼロで電気が流れる物質のことをいいます。トポロジカル超伝導体と違って、普通の超伝導体は表面やエッジ(端)にマヨラナ粒子が生じず、そのままではトポロジカル量子コンピュータには使えないと考えられています。

トポロジカル超伝導体

通常の超伝導は、物質が臨界温度を超えて冷却されたときに起こる、電気抵抗がゼロになる現象です。超伝導状態では、電気がエネルギーを失わずに物質中を流れます。トポロジカル超伝導体では、物質内部では、通常の超伝導体と同様に超伝導ギャップが開いているのに対し、その表面や端(エッジ)に、マヨラナ粒子と呼ばれる不純物に対して頑強な電子状態が現れます。

トポロジカル絶縁体

固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分ける事ができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れる事で、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができることで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発のアプローチができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。

マヨラナ粒子

1937年にEttore Majorana(エットーレ マヨラナ)が理論的に提案した粒子で、粒子がそれ自身の反粒子になる特徴(粒子-反粒子対称性)を持っています。素粒子ではニュートリノがマヨラナ粒子ではないかと言われていますが、まだ決着がついていません。物質中では、ディラック方程式に従い、さらに粒子-反粒子対称性をもつとみなせる電子状態のことを指します。トポロジカル超伝導体や、磁性三角格子などのエッジ状態(物質の表面や端)に、マヨラナ粒子が発現すると考えられています。

量子コンピュータ

異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理する「量子コンピュータ」は、従来のコンピュータでは天文学的な時間のかかる素因数分解の問題などを、数時間で解くような超高速計算が可能になると考えられています。しかし、その計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しく、これを克服するアイデアとして、不純物に頑強なマヨラナ粒子を演算素子に利用することが提案されています。そのような環境ノイズに強い量子コンピュータは、トポロジカル量子コンピュータと呼ばれ、トポロジカル超伝導体の最も重要な応用と考えられています。

ディラック電子

固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量をもって運動していますが、特殊な状況下では、光子のようにその静止質量が消失し、固体中を質量ゼロで運動すると理論的に予言されていました。このような状態にある電子は非常に動きやすく、その運動は、今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的量子力学で記述されます。

クーパー対

普通の金属における電子は、結晶内を各々がバラバラに移動していますが、超伝導状態になると、電子と電子がお互いペアを組んで、抵抗ゼロで結晶内を動き回ることが知られています。このような電子同士の対(超伝導電子対)を、その命名者(L. N. Cooper; 1972年ノーベル物理学賞; J. Bardeen, J. R. Schriefferとの共同受賞)にちなんでクーパー対と呼びます。

走査トンネル分光

数原子のレベルで先端を鋭利にした金属の針(探針)で物質の表面をなぞるように走査し、探針の高さをマッピングすることで、物質表面の凹凸や電子の密度分布を原子スケールで観察することができる電子分光法のことです。角度分解光電子分光法と並んで、物質の表面の状態に極めて敏感な実験手法です。

分子線エピタキシー法

超高真空中において薄膜の原料を加熱して原子ビームを生成し、その物質を1原子層ずつ基板に積み重ねて薄膜を成長させる手法です。原子単位で薄膜を形成していくため、高品質な薄膜が作製可能です。

角度分解光電子分光法

結晶の表面に紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子のエネルギーと運動量を同時に測定することで、物質中での電子の状態を観測する実験手法です。最近その分解能が急速に向上し、超伝導状態の電子も観測できるようになりました。外部光電効果とは、物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

バンド分散

電子は、ある運動量に対して任意のエネルギーをとることはできず、そのエネルギーは運動量の関数となります。物質の中では、電子は結晶格子による散乱と干渉を受けるために、運動量とエネルギーの関係は複雑化します。運動量の関数としてグラフ化したエネルギー曲線を、電子のエネルギーバンド分散、あるいは単にバンド分散とよびます。電子の状態は、バンド分散の形状や個数、エネルギー位置で一義的に決まります。物質の多くの性質は電子のバンド分散によって決まるため、これを測定することは、様々な物性の起源解明や物質機能の改良・制御において重要になります。

超伝導ギャップ

超伝導電子対(クーパー対)を形成するのに必要なエネルギーのことです。電子の運動量に依存してどのように超伝導ギャップの大きさが変化するかを調べることで、超伝導電子対の構造を明らかにすることできます。