阪大発!より精度の高い、がんの画像診断へ

阪大発!より精度の高い、がんの画像診断へ

がん特異的な新規PETプローブを開発、臨床研究を実施

2019-12-24生命科学・医学系

研究成果のポイント

・がん細胞に高発現するアミノ酸トランスポーター(LAT1)に選択性の高いPETプローブ(F-18 NKO-035注射液)を大阪大学で設計・開発し、新しい標識合成法によって安定した大量製造を実現した。
・世界で初めて健康成人を対象にF-18 NKO-035注射液の1st in human臨床試験を特定臨床研究の形で実施し、ヒトでの安全性を確認した。
・今後、がん患者において、有効性を確認することで、従来のPET画像診断に比べて、幅広いがん種における高精度のがんの転移・再発診断につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科渡部直史助教らのグループは、同医学部附属病院(以下、阪大病院)において、本年11月にがんの高精度PET画像プローブであるF-18 NKO-035注射液 を用いた1st in human PETを特定臨床研究 の形で実施し、ヒトへの投与における安全性確認を終えました。本プローブは同大学院医学系研究科生体システム薬理学(金井好克教授)との共同研究で設計・開発された多くのがん細胞に高発現するアミノ酸トランスポーター(LAT1) に選択性の高いPETプローブであり、これまでの非臨床試験において、安全性・有効性を確認していました。今回、阪大病院において、自動標識合成装置を用いて、F-18 NKO035注射液の安定した高収率での製造に成功し、世界で初めてヒトへの投与が実施されました。今後、がん患者における有効性を確認する臨床試験を実施することで、従来のFDG-PET画像診断 では正確な診断が難しかった炎症性病変への偽陽性所見を低減し、がん特異的な高精度の再発・転移診断につながることが期待されます。

研究の背景

現在、低侵襲かつ高感度の画像診断技術として、ブドウ糖標識体(FDG)を用いたPETによるがんの病期診断や再発診断が広く普及しています。しかし、FDGの集積は必ずしもがん特異的でなく、炎症性細胞や正常組織への生理的集積によって、悪性病変の転移の有無を判断することが難しいケースが存在し、より精度の高い画像診断法が求められていました。

がん細胞は、正常細胞と比較して、速い増殖能を維持するためにグルコースやアミノ酸などの栄養分をより多く必要としています。アミノ酸の中でも必須アミノ酸は、正常細胞ではLAT2を介して取り込まれるのに対して、がん細胞ではLAT1を介して取り込まれることが分かっており、LAT1はがん特異的アミノ酸トランスポーターと言えます (表1) 。LAT1分子は、大阪大学大学院医学系研究科金井好克教授(生体システム薬理学)らによって同定されています。今回は、このLAT1を通過するアミノ酸プローブを開発し、がんの診断ができるPET検査薬として、ヒトでの安全性を検討しました。

表1 新規PETプローブと従来のPET検査薬との比較

臨床研究の結果と今後の展開

今回、臨床研究への参加に同意が得られた健康成人男性4名に対して、F-18 NKO-035注射液(PET検査薬)の投与、ならびに90分間のPET/CT撮像を行いました (図1) 。PET検査薬投与後の実効線量は,保険診療で実施されているFDG-PET検査と同程度であり、国際放射線防護委員会 が勧告する基準の範囲内でした。またF-18 NKO-035注射液の投与後の問診、バイタルサイン、心電図、血液・尿検査において有意な変化は認められず、有害事象の発生も認めなかったことから、同検査薬の静脈内投与における安全性が確認されました。

今後、臨床研究法に従い、本研究の終了手続きを終え、学術論文として、成果を公開する予定にしています。その後、がん患者を対象とした臨床試験を実施し、従来のブドウ糖標識体によるFDGPET画像診断と比較を行うことで、がん病変への検出感度・特異度を評価する予定にしています。その結果、将来的に従来のPET診断では正確な診断が難しかった炎症性病変への偽陽性所見を低減し、幅広いがん種を対象とするがん特異的な高精度の再発・転移診断につながることが期待されます。

図1 健康成人男性におけるF-18 NKO-035 PET画像LAT1選択性の高さを反映し、腎臓からの排泄以外に有意な生理的集積を認めず。

F-18 NKO PET特定臨床研究の概要

【試験名】健康成人男性に対するがん特異的PETプローブF18-NKO-035の安全性に関する検討
【目的】がん細胞特異的に発現するアミノ酸トランスポーターL-type amino-acid transporter-1(LAT1)の新規PETプローブであるF18-NKO-035注射液を用いて、PET検査薬としての安全性を確認する。
【対象】年齢20歳以上40歳未満の健康成人男性
・目標症例数:4例
・実施計画初回公表日:2019年10月8日
・研究責任医師:渡部直史(阪大病院核医学診療科)

本研究は臨床研究法に従い、大阪大学臨床研究審査委員会の承認を得て、特定臨床研究として実施されました。また本研究は、大阪大学とジェイファーマ株式会社との間で締結された共同研究契約に基づく研究費を用いて実施され、臨床研究利益相反審査委員会に利益相反に関する申告を行っています。研究の詳細は臨床研究実施計画・研究概要公開システム(jRCT)に掲載されています(臨床研究実施計画番号:jRCTs051190057)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究の意義)

LAT1の新規PETプローブは、がん特異的に作用することが期待されており、今回の研究によって、ヒトへの投与における安全性が確認されたことから、今後はがん患者さんでがんの正確な転移・再発診断につながるかどうかを確認する予定です。本新規プローブを用いたPET画像が、将来的には患者さんにとって、最適な治療を提供するための高精度の評価手法になることが期待されます。

特記事項

本研究は、橋渡し研究支援拠点 である阪大病院未来医療開発部臨床研究センター(浅野健人特任准教授(常勤)、重松弘子副センター長、山本洋一センター長)の支援の下で、医療技術部放射線部門(神谷貴史技師、佐々木秀隆技師)の協力を得て、核医学診療科(加藤弘樹診療科長、下瀬川恵久副診療科長)、Phase 1ユニットにおいて、実施されました (図2) 。またF-18 NKO-035注射液は阪大病院短寿命放射性薬剤製造施設において、治験薬GMP 基準下で院内製剤として製造されました(担当:仲定宏薬剤師)。

また、PETプローブF-18 NKO-035の開発は、科学技術振興機構(研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)探索タイプ)、文部科学省(イノベーションシステム整備事業 大学発新産業創出拠点プロジェクト(プロジェクト支援型)START)、文部科学省/日本医療研究開発機構(橋渡し研究加速ネットワークプログラム)の助成を受け、永森收志 大阪大学生体システム薬理学元准教授(現奈良県立医科大学 生体分子不均衡制御学共同研究講座 教授)の協力を得て、進められてきました。

図2 阪大病院におけるPET臨床研究の実施体制


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図3 アミノ酸トランスポーターLAT1のシェーマ体制

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 核医学講座
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/tracer/index-jp.htm

用語説明

アミノ酸トランスポーター(LAT1)

L-type amino-acid transporter-1の略。がん細胞にアミノ酸を取り込む経路となっている (図3) 。LAT1は多くのがんにおいて発現が認められる一方で、正常臓器への生理的集積や炎症組織への集積がほとんど認められないという特徴がある。

F-18 NKO-035注射液

F-18 NKO-035注射液はアミノ酸誘導体を標識した放射性低分子化合物であり、静脈内投与することでがん病変に集積し、陽電子放出断層画像(PET)カメラという画像診断装置を用いることで、全身分布の撮影が可能である。PET検査の際には、院内サイクロトロンでPET用核種F-18(半減期:110分)を製造し、自動標識合成装置を用いてNKO-035に標識した後に、静脈内注射して、撮影を行う。

特定臨床研究

2018年4月より施行された臨床研究法によって、未承認の医薬品・医療機器の安全性・有効性を明らかにするための研究については、特定臨床研究という形で国が定めた基準に従って、実施する必要がある。特にヒトで初めての投与を行う1st in human 臨床研究では、病院としての充実したサポート体制が求められる。阪大病院においては未来医療開発部による研究の手厚い支援体制ならびに信頼性の高いPET検査薬の製造体制が確立されている。

FDG-PET画像診断

ブドウ糖標識体(FDG:フルオロデオキシグルコース)を用いたPET画像診断のことを指す。がんの転移・再発診断において、保険診療の中で幅広く用いられている。一方、炎症組織にも取り込まれるため、がんと炎症を区別するのが難しいことがある。

国際放射線防護委員会

International Commission on Radiological Protection(ICRP)は、専門家の観点から放射線防護に関する勧告を行っている国際組織であり、ICRP勧告は国際原子力機関(IAEA)や各国において放射線防護を定める上での国際的な基準となっている。同勧告では、生物医学研究の志願者における許容線量は1-10mSvとなっている。

橋渡し研究支援拠点

アカデミア等における革新的な基礎研究の成果を臨床研究・実用化に向けて効率的に橋渡しを行うことを目的とした組織であり、全国に10拠点が設置されている。

GMP

GMP(Good Manufacturing Practice)とは、医薬品の製造あるいは販売を行う業者に求められる適正な製造管理・品質管理基準のことであり、PET検査薬の製造工程や品質管理においても信頼性の高い厳格な管理が求められる。