生命科学・医学系

2019年11月22日

研究成果のポイント

・分子モーターの回転力をプロペラであるべん毛にスムーズに伝達するユニバーサルジョイント※1のメカニズムを原子レベルで解明。
・機能状態でらせん状に曲がったままのユニバーサルジョイントの構造解析は不可能と思われていたが、クライオ電子顕微鏡※2像の単粒子像解析法※3により高分解能の構造解析に成功。
・細菌の運動と病原性には密接な関連性があり、解明された構造は、ナノデバイスの設計のみならず、新規の抗生物質の開発にもつながる成果である。

概要

大阪大学蛋白質研究所の加藤貴之教授および大学院生命機能研究科の難波啓一特任教授らの研究グループは、細菌べん毛モーターの回転をプロペラであるべん毛にスムーズに伝えるナノサイズのユニバーサルジョイントの分子メカニズムを明らかにしました。

これまでべん毛のユニバーサルジョイントである“フック”の構造は、解析しやすい直線状に調整された試料でしか解析されていませんでした。

今回、加藤教授、難波特任教授らの研究グループは、クライオ電子顕微鏡を用いて機能状態でらせん状に曲がったフックの自然な形のままでの構造解析に成功し、ユニバーサルジョイントとして機能するメカニズムを原子レベルで明らかにしました。これにより、ナノデバイスの設計や新規抗生物質の開発に役立てることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、11月22日(金)19時(日本時間)に公開されました。

図1 クライオ電子顕微鏡によって明らかにされた曲がったフックの立体像と原子モデル(右は断面)

研究の背景

細菌はべん毛というらせん繊維状の運動器官を回転させて水中を自由に泳ぎ、栄養を求めて住みやすい環境へ移動します。べん毛の根元には回転する分子モーターがあり、F1マシンのエンジンに匹敵する毎分20,000回転ときわめて高速で回転できる上、そのエネルギー変換効率も100%に近いとても高性能なモーターです。べん毛は、基部体、フック、フィラメントの3つの部分構造からなり、その回転はモーターとして働く基部体で発生し、それがプロペラとして働くらせん型フィラメントに伝わることで推進力を生みだします。このモーターの回転をフィラメントに伝えるのがフックで、フィラメントがどのような方向を向いていてもスムーズに回転を伝える自在継ぎ手(ユニバーサルジョイント)としての役割を果たします。

フックはFlgEというタンパク質分子が約120個らせん状に重合した長さ約55nmのチューブ状の構造体で、名前の由来の通り曲がった構造をしています。これまでにもフックの構造はX線結晶構造解析法とクライオ電子顕微鏡法を組合わせ解析されてきましたが、構成分子のらせん対称性配列を効率的に活用して解析するために、フックを低温下で直線状にした試料が用いられており、機能状態の曲がった構造は明らかにされていませんでした。

今回、難波特任教授らの研究グループでは、らせん対称を使わず、単粒子像解析法を用いることで、本来の機能状態である曲がったままのフックの構造を、3.6Å分解能で解析し、原子モデルを構築することに成功しました。

FlgE分子は3つのドメインからなり、各ドメインは比較的柔軟なリンカーによって繋がれています。フックのチューブ構造はこの3つのドメインに対応する3層構造をしており、それぞれの層は異なった方向に強い相互作用で結合して11本の素繊維の束でできたチューブ構造を安定化していました。しかし、素繊維方向には分子間にたくさんの隙間があり、モーターの回転時には各FlgE分子がドメイン構造と一部の分子間相互作用を保ったまま連続的に伸び縮みを繰り返し、分子間では素繊維に沿って相互にスライドすることで、フック全体の曲げに対する柔軟性を実現していました。その際、各ドメインの構造は安定に保持したまま、リンカー領域が柔軟に構造変化することでドメインの配置を変えていました。フックの曲げには柔軟で回転によるねじれには強いユニバーサルジョイントとしての機能を発揮するしくみが、こうして原子レベルで解明されました。

図2 細菌から生えたべん毛(上左)とその根元の模式図(上右)及びフックの3層構造モデル(下左)とべん毛モーターにつながったフックの原子モデル(下右)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

細菌の感染及びその病原性は細菌の運動性に密接にかかわっており、その運動はべん毛が担っています。べん毛フックのユニバーサルジョイントとしての機能を失った細菌は自由に泳ぎ回ることができないため、その機能を阻害する物質は新規抗生物質の候補になりえます。本研究の結果により新規抗生物質の開発の推進が期待されます。

また、粘性の高い組織粘膜を通過してドラッグデリバリーするナノマシンには動力が必要で、ユニバーサルジョイント機能はその動力伝達システムとしても非常に重要です。今回のフックの構造と機能の解明はナノマシンやナノデバイスの設計に役立つ貴重な情報となると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2019年11月22日(金)19時(日本時間)に英国科学誌「Nature communications」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Structure of the native supercoiled flagellar hook as a universal joint”
著者名:Takayuki Kato, Fumiaki Makino, Tomoko Miyata, Peter Horvath and Keiichi Namba

なお、本研究は、JSPS科研費(25000013、18K06155)、AMED/BINDS(JP19am0101117)、AMED/CiCLE(JP17pc0101020)、および日本電子YOKOGUSHI協働研究所の支援の一環として行われました。

用語説明

※1 ユニバーサルジョイント(自在継ぎ手)
回転運動を様々な方向に伝達するための機構の一つ。車のドライブシャフトやトルクレンチなど多くの回転機構で使われている。

※2 クライオ電子顕微鏡
観察試料ステージを液体窒素や液体ヘリウムによって冷却することができる電子顕微鏡で、主にタンパク質など生体試料の構造解析に用いられる。タンパク質や細胞の水溶液試料を液体エタンで急速に凍結するため、生体分子は非結晶の氷の中に閉じ込められ機能状態の構造が保たれている。そのため、“生”に近い構造の解析ができることから、生体分子構造解析の基盤的手法として注目を集めている。

※3 単粒子像解析法
クライオ電子顕微鏡による分子構造解析法の一つで、タンパク質など生体分子の様々な方向の画像を撮影し、計算によって立体構造を再構成する。結晶化を必要とせず、数10マイクロリッターといった僅かな水溶液試料でも解析可能で、大きな複合体分子の構造解析もできるため、最近のカメラの進歩による高分解能化により、分子の構造をもとに生命の仕組みを解明する構造生命科学の基盤技術となった。現在の世界最高分解能は1.53Åであり、X線結晶構造解析に匹敵する分解能を持つ。単粒子解析とも呼ばれる。

研究者のコメント

今回の成果は、10年近くにわたって日本電子株式会社と共同開発を進めてきた最先端クライオ電子顕微鏡CRYO ARMの高い性能を活用することで得られたものであり、これまで構造解析は不可能と思われてきた生体分子複合体ナノマシンの生理学的な構造を可視化する道具として、クライオ電子顕微鏡の今後一層の技術開発の重要性を示した成果でもあります。

参考URL

大阪大学大学院生命機能研究科HP
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/

大阪大学 蛋白質研究所HP
http://www.protein.osaka-u.ac.jp

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