ゲノム編集技術により精子の受精能力を制御する遺伝子ファミリーを発見

ゲノム編集技術により精子の受精能力を制御する遺伝子ファミリーを発見

CRISPR/Cas9により解析対象は単一から複数遺伝子へ、そして広範囲に

2019-8-27生命科学・医学系

研究成果のポイント

・精子の受精能力に必須な遺伝子ファミリー を複数発見
・個体レベルでの遺伝子ファミリーの機能解析は非常に困難だったが、ゲノム編集 技術を駆使することで可能に
・男性不妊の原因遺伝子として検査・診断法の確立や治療への応用に期待

概要

大阪大学微生物病研究所の藤原祥高招へい准教授(現在:国立循環器病研究センター室長)、野田大地助教、伊川正人教授らの研究グループは、ベイラー医科大学のMartin M. Matzuk教授らの研究グループとの国際共同研究により、雄の生殖器官で発現する遺伝子ファミリーが精子の受精能力に必須であることを世界で初めて明らかにしました。本研究グループは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9 を駆使して迅速かつ高効率に遺伝子ノックアウト マウスを作製し、これまでに雄特異的に発現する遺伝子93個が生殖能力に必須ではないことを明らかにしてきました(PNAS. 2016; Andrology. 2019; Biol Reprod. 2019)。しかし、これらの報告は単一遺伝子を対象とした研究でしたが、遺伝子の中には似た配列や機能を持つ遺伝子ファミリーがあることが知られています。このような遺伝子ファミリーの場合、ひとつの遺伝子を破壊しても他のファミリー遺伝子が機能補償することで表現型が現れない(隠れてしまう)ケースが多くあったため、これまで遺伝子ファミリーを対象とした個体レベルでの機能解析はあまり進んでいませんでした (図1) 。

今回、伊川教授らの国際共同研究グループは、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9の利点を駆使して染色体上でクラスターを形成する遺伝子ファミリーをクラスターごと欠損させたマウスを作製・解析し、精子の受精能力を制御している遺伝子群の発見に成功しました。これにより、男性不妊の原因究明や治療法・避妊薬の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy ofSciences of the United States of America、PNAS)」電子版に、8月27日(火)午前4時(日本時間)に公開されました。

図1 CRISPR/Cas9が実用可能にした遺伝子ファミリーノックアウト研究

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

わが国では、約6組に1組の夫婦が不妊の検査や治療を受けており、不妊症は社会問題のひとつになっています。本研究では、解析が進んでいなかった雄特異的な発現を示す遺伝子ファミリーに着目し、近年注目されているゲノム編集技術CRISPR/Cas9の利点を最大限活用することで、雄性生殖に必須な遺伝子ファミリーの同定に成功しました (図2) 。

本研究成果により、男性不妊の新たな原因遺伝子として診断・検査の対象となり、治療薬や避妊薬の開発へと繋がることが期待されます。

図2 今回作製した遺伝子 KO マウスは精子の子宮から卵管への移行不全が原因で雄性不妊になることが蛍光精子を用いた観察から判明した。
(A)緑色と赤色蛍光を持つ精子(*先体反応後の精子も判別可)、(B)雌性生殖路の概略図、精子は子宮(左)から卵管(右)へと移行して受精に至る。(C)野生型マウス精子の様子、視野①②両方で精子を確認できた。(D)遺伝子KOマウス精子の様子、③では精子を確認できたが、④では確認できなかった。

特記事項

本研究成果は、2019年8月27日(火)午前4時(日本時間)以降に米国科学誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Identification of multiple male reproductive tract-specific proteins that regulatesperm migration through the oviduct in mice”
著者名:Fujihara Y, Noda T, Kobayashi K, Oji A, Kobayashi S, Matsumura T, Larasati T, OuraS, Kojima-Kita K, Yu Z, Matzuk MM, and Ikawa M.

なお、本研究は、科学研究費補助金、日本医療研究開発機構、National Institute of Health Grant、Bill &Melinda Gates Foundation Grant、公益財団法人武田科学振興財団研究助成、一般財団法人伊藤忠兵衛基金学術研究助成の支援を受けて行われました。

参考URL

大阪大学 微生物病研究所 遺伝子機能解析分野
http://www.egr.biken.osaka-u.ac.jp/information/

用語説明

遺伝子ファミリー

同じ遺伝子に由来するため、配列や機能が互いに類似している遺伝子群のこと。進化の過程で、遺伝子重複により同じ染色体周辺に集合した結果、クラスターを形成していることが多いが点在していることもある。

ゲノム編集

ゲノム(遺伝子を含む遺伝情報)上の任意の場所で、欠失・挿入などの変異を導入できる遺伝子改変技術のひとつ。

CRISPR/Cas9

(クリスパーキャスナイン):

ゲノム編集技術の一種で、細菌の獲得免疫システムとして発見された機構。この機構を応用することで、Cas9ヌクレアーゼによるDNAの切断・修復を利用して変異を効率良く導入できる。

ノックアウト

遺伝子改変技術により特定の遺伝子に変異を導入して、その遺伝子の機能を破壊すること。ノックアウト(KO)動物を解析することで、生体内での機能を解明することができる。