生命科学・医学系

2019年7月23日

研究成果のポイント

・脳腫瘍の一種である膠芽腫※1の新たな予後不良バイオマーカーを提唱し、日本と欧米での地域間の予後格差の背景を解明した。
・希少がんである膠芽腫を対象として、200例以上の分子遺伝学的検討と詳細な生存解析を行った本研究は、アジア発の膠芽腫コホート研究※2としては過去最大級の規模となる。
・本研究成果に基づき、地域差を考慮した、膠芽腫に対する新たな臨床試験デザインや新規治療の開発が期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の梅原徹医員、有田英之招聘教員、貴島晴彦教授(脳神経外科学)らの研究グループは、国立病院機構大阪医療センター臨床研究センター先進医療研究開発部の金村米博部長、および関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク参加施設との共同研究により、膠芽腫の新たな予後バイオマーカーを提唱するとともに、日本と欧米との膠芽腫患者の予後格差の背景を明らかにしました。

これまで、膠芽腫の治療成績は、日本人患者のほうが欧米と比較して予後良好であることが知られていました。一方で、その予後格差をもたらす背景因子についてはこれまで明らかになっていませんでした。今回、研究グループは、日本(関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク※3)と米国(TCGA※4:The Cancer Genome Atlas)の初発膠芽腫患者の遺伝子解析や臨床情報を含むデータベースを用いて詳細な生存解析を行い、EGFR遺伝子※5増幅・PTEN遺伝子※6欠失・CDKN2A遺伝子※7欠失といった3つの遺伝子の増幅や欠失の組み合わせ(Triple CNA:Triple copynumber alteration)が予後不良マーカーとなることを明らかにしました。さらにこのTriple CNAが、日本と欧米間で見られる予後格差の主たる説明因子となっていることを突き止めました。本研究成果により、Triple CNAが膠芽腫患者の新たな層別化の指標となり得ることが示されました。さらに、地域差に着目した新たな臨床試験デザインや新規治療の開発が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Acta Neuropathologica Communications」に、6月18日(火)に公開されました。

図1 初発膠芽腫の分子遺伝学的背景
日本の初発膠芽腫はEGFR増幅・PTEN欠失・CDKN2A欠失の頻度が低く、欧米と比較すると予後因子となる「Triple CNA」の頻度差に大きな乖離が見られた。(24.3% vs 70.5%)

研究の背景

TCGAプロジェクトを筆頭に、近年のゲノムシークエンス技術により膠芽腫の分子遺伝学的背景が明らかとなりました。しかしながら、未だこれらの遺伝子変異の臨床的意義はほとんど解明されておらず、新たな分子標的治療法の実用化にも至っていません。手術、放射線治療、化学療法を組み合わせた集学的治療が世界的な標準治療とされていますが、標準治療が可能な患者においてさえ平均生存期間が14.6か月程度であり、革新的治療法の開発が待たれる状況です。膠芽腫の発病率や性差、治療成績などの大規模な疫学データの知見が集積されつつある中で、以前より膠芽腫の治療成績が地域ごとに異なることが報告されていました。特に日本人を含むアジア人種は、治療内容や社会的背景とは独立して予後良好であることが近年注目されていますが、その背景については十分に明らかになっていません。膠芽腫はIDH1/2遺伝子に変異があるものとないものに分類されますが、なかでもIDH1/2遺伝子変異がないもの(IDH野生型※8)は最も予後不良な悪性脳腫瘍であるとされています。そこで本研究では、地域間の予後格差を明らかにするため、日本(関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク)と米国(TCGA)の初発膠芽腫患者の遺伝子解析や臨床情報を含むデータベースを用いてIDH野生型膠芽腫の腫瘍組織を対象として分子遺伝学的検討を行いました。

本研究の成果

研究グループは、関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク(以下、関西ネットワーク)に収集された日本人の初発IDH野生型膠芽腫(212症例)の腫瘍組織を対象として遺伝子解析を行いました。関西ネットワークの膠芽腫患者群から標準初期治療を受けた140症例を抽出して探索群とし、TCGAからも同等の標準治療を受けた152症例を検証群として抽出しました。これら2つの標準治療群を対象とした予後バイオマーカーの探索、詳細な生存解析を行いました。

研究グループによる上述の解析の結果、以下の重要な知見が得られました。
I.「Triple CNA」は関西ネットワーク、TCGAいずれの膠芽腫患者群においても有意な予後不良因子となった。
II.分子遺伝学的背景が関西ネットワークとTCGAの間で大きく異なっており、特に「Triple CNA」には極端な頻度差が存在した。(図1、関西ネットワーク 24.3% vs TCGA 70.5%)
III.初期標準治療を受けた患者群の比較では、関西ネットワークの膠芽腫患者はTCGAよりも生存期間が3.7ヶ月間長かった。(全生存期間中央値 日本:19.3ヶ月、TCGA:15.6ヶ月)
IV.関西ネットワークとTCGAの間で見られるIII.の予後格差は「Triple CNA」の頻度差に最も関連していた。

図2 IDH野生型膠芽腫患者の生存解析
(a)関西ネットワークとTCGAの生存期間の比較
(b)Triple CNAの有無で補正すると、関西ネットワークとTCGAの生存曲線や全生存期間の乖離は解消され、統計学的有意差もみられなくなった。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

希少疾患である膠芽腫において、200例を超えるIDH野生型膠芽腫の分子遺伝学的検討と詳細な生存解析を行った本研究は、アジア発の膠芽腫コホートとしては過去最大級となります。

本研究成果により、「Triple CNA」などの遺伝子の増幅や欠失が膠芽腫患者の新たな層別化の指標となり得ることが示されました。さらに地域差や人種差に着目した新たな臨床試験デザインや新規治療の開発が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2019年6月18日(火)に科学誌「Acta Neuropathologica Communications」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】“Distribution differences in prognostic copy number alteration profiles in IDH-wild-type glioblastoma cause survival discrepancies across cohorts”
【著者名】 Toru Umehara1,2, Hideyuki Arita1,2, Ema Yoshioka2,3, Tomoko Shofuda2,3, Daisuke Kanematsu2,3, Manabu Kinoshita1,2,4, Yoshinori Kodama2,5,6, Masayuki Mano2,6, Naoki Kagawa1,2, Yasunori Fujimoto1,2, Yoshiko Okita2,4,7, Masahiro Nonaka2,7,8, Kosuke Nakajo2,9, Takehiro Uda2,9, Naohiro Tsuyuguchi2,9,10, Junya Fukai2,11, Koji Fujita2,11, Daisuke Sakamoto2,12, Kanji Mori2,12,13, Haruhiko Kishima1, Yonehiro Kanemura2,3,7
【所属】
1大阪大学大学院医学系研究科 脳神経外科学
2関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク
3独立行政法人国立病院機構大阪医療センター 臨床研究センター先進医療研究開発部
4大阪国際がんセンター 脳神経外科
5神戸大学大学院医学研究科 病理ネットワーク学部門
6独立行政法人国立病院機構大阪医療センター 臨床検査科・病理診断科
7独立行政法人国立病院機構大阪医療センター 脳神経外科
8関西医科大学 脳神経外科
9大阪市立大学大学院医学系研究科 脳神経外科
10近畿大学医学部 脳神経外科
11和歌山県立医科大学 脳神経外科
12兵庫医科大学病院 脳神経外科
13関西ろうさい病院 脳神経外科

なお、本研究は、関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワークにおける多施設共同研究として行われ、大阪大学,大阪医療センター,大阪国際がんセンター,大阪市立大学,和歌山県立医科大学,兵庫医科大学病院,関西ろうさい病院の7施設から収集した膠芽腫の臨床検体、臨床情報を用いて行われました。

用語説明

※1 膠芽腫(こうがしゅ)
脳実質内で発生する悪性度の高い脳腫瘍。

※2 コホート研究
ある特定の疾患の起こる可能性がある要因や特性を持った群と持たない群に分け、疾患の罹患や改善・悪化の有無などを一定期間観察し、その要因・特性と疾患との関連性を明らかにする研究方法。

※3 関西中枢神経腫瘍分子診断ネットワーク
関西地区を中心とした悪性神経膠腫共同研究を目的としたコンソーシアム。所属施設から収集した神経膠腫の腫瘍組織やゲノム情報、臨床情報をデータセンターで管理している。国立病院機構大阪医療センター臨床研究センター先進医療研究開発部の金村米博部長、関西ろうさい病院脳神経外科森艦二部長が代表を務める。

※4 The Cancer Genome Atlas(TCGA)
2006年から開始されたNational Cancer Institute(米国国立がん研究所)とNational Human Genome Research Institute(米国国立ヒトゲノム研究所)によるプロジェクトで、さまざまな組織におけるがんの遺伝子変異や遺伝子発現など網羅的解析を行い、その結果を公開している。

※5 EGFR(epidermal growth factor receptor)
細胞の分化、発達、増殖、維持の調節に重要な役割を担っており、遺伝子増幅や遺伝子変異、構造変化が起きることで、がんの増殖が促進される。

※6 PTEN(phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome10)
種々のがんにおいて高頻度にDNA変異が認められるがん抑制遺伝子。

※7 CDKN2A(cyclin-dependent kinase inhibitor 2A)
細胞周期の調整に重要な役割を果たしているがん抑制遺伝子で、変異や欠失などによりがんが促進される。

※8 IDH野生型(isocitrate dehydrogenase野生型)
近年、膠芽腫において酸化還元酵素をコードする遺伝子のIDH1およびIDH2遺伝子に変異が認められるものがあることが明らかになった。このIDH変異を持たない分子サブタイプ。診断基準に分子分類が盛り込まれるようになったWHO 2016において、IDH野生型膠芽腫は最も予後不良な原発性悪性脳腫瘍である。

研究者のコメント(梅原徹医員)

地域ごとの母集団の遺伝的もしくは環境的特性が、特定の疾患の罹患率や治療成績に影響をもたらす可能性が、膠芽腫以外においても報告されています。海外の先行データがある場合も、日本独自の治療成績の報告やデータベースの構築が重要であると考えられます。本研究成果に基づいて、地域差を考慮した悪性脳腫瘍の新たな臨床試験デザインや新規治療の開発への応用が進むことが期待されます。

参考URL

大阪大学 医学部脳神経外科
http://www2.med.osaka-u.ac.jp/nsurg/

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