工学系

2019年7月16日

研究成果のポイント

・柔らかい有機分子のフレキシブル性が、有機半導体の高い電荷移動度の要因であることを発見した
・これは、現在エレクトロニクスデバイス材料として用いられているシリコンなどの固い無機半導体にはない、全く新しい電荷移動の機構である
・超高品質の有機半導体試料の作製に成功し、これまで考慮されていなかった電子の回折現象と分子のフレキシブル性に由来する振動などを考慮して高分解能測定で得た実験結果を解析したことで初めて解明できた
・本成果は、曲げることが可能で高品質な次世代フレキシブル半導体デバイスの実現に大きな前進をもたらす

概要

大阪大学大学院工学研究科の坂本一之教授(千葉大学グローバルプロミネント研究基幹特任教授兼任)、千葉大学大学院融合科学研究科博士後期課程の新田淳氏、イタリアIOM-CNRの藤井純博士、電力中央研究所材料科学研究所の小野新平博士らの国際研究グループは、有機半導体中での高い電荷移動度が有機分子のフレキシブル性に由来することを世界で初めて明らかにしました。電荷移動度は半導体デバイスの性能に直結するものであり、その機構の解明は高性能有機デバイスの構築に不可欠なものです。

坂本教授らの研究グループは、有機半導体中の電荷移動機構を実験的に直接解明できる角度分解光電子分光法※1を用いて、ルブレン単結晶※2の電子バンド※3を求め、光電子回折効果※4や試料温度を考慮して解析しました。その結果、有機半導体では高い電荷移動度が無機固体のような電子バンドの形に起因したバンド伝導ではなく、有機分子の曲がりや回転などのフレキシブル性に由来することを明らかにしました。

例えるなら、無機固体では原子振動が小さいことから、ある原子から隣の原子への電荷移動は、コンクリートジャングルの固い建物(原子)間での人(電荷)の移動が、建物間を無理に飛び移るよりも舗装された道(バンド)の方が速いという風に例えることができます(図1(a))。それに対して有機半導体では、分子は大きく曲がったり回転したりし、例えば森林ジャングルの木の柔らかい枝(分子)を利用して猿(電荷)が木々の間を飛び移る方が歩きにくい地面よりも速く移動できると例えることができます(図1(b))。このようなフレキシブル性に由来する電荷の高い移動度はこれまで考えられていない全く新しい機構です。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に、7月4日(木)18時(日本時間)に掲載されました。

図1 (a)無機物質中の電荷のバンド伝導と(b)フレキシブルな有機半導体における伝導様式の概念図。

研究の背景・内容

これまで、有機半導体単結晶での高い電荷移動の機構は、現在半導体デバイスで用いられているシリコンなどの無機デバイスでの機構と同じで、物質のバンドを通るバンド伝導であると考えられていました。しかし、理論計算より求められた理想的な値よりも、欠陥などによって低くなるはずの実験値で高い値が報告されるなど、有機半導体単結晶の電荷移動機構には多くの未解明な点がありました。また、電荷移動機構に関する有益な情報を与える光電子分光測定において、光照射で有機分子が壊れたり、測定中に物質内でチャージアップ※5が起こったりするために電子バンドを正確に求めることが困難でした。

坂本教授らのグループは、これらの問題を解決するために光を照射しても分子の破壊やチャージアップが起こらない非常に品質の高い有機分子固体単結晶の作製に成功しました。この試料を用いて角度分解光電子分光測定を行ったところ、バンドの幅が理論計算によって推測されたものよりもはるかに小さいことを明らかにしました(図2の○が今回得た実験値、破線がこれまで考えられていた電子バンドで、狭いバンド幅は移動度が低いことを意味します。また、これまでは1つのバンドしか観測されていませんでしたが、今回2つ存在することを明らかになりました)。この結果と、光電子回折効果や、今回の測定温度が理論計算で用いた試料温度-273℃と全く違う25℃であることなどを考慮した結果、ルブレン単結晶における高い電荷移動度が有機分子の曲がりや回転などのフレキシブル性に起因していることを明らかにしました。電荷移動機構の理解が半導体デバイスの性能向上に必須であることから、この結果は次世代高機能有機デバイスを設計するために不可欠な情報です。

図2 ルブレン単結晶のバンド構造。
○が実験値、実線は実験値より今回求めたバンド。破線はこれまで考えられていたバンド。縦軸は固体内での電子のエネルギーを表し、横軸は電子の運動量(波数)です。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により明らかになった分子のフレキシブル性に起因した電荷移動機構は、有機固体中での電荷の動きを理解するための全く新しい電荷移動機構の提唱という学術的意義だけでなく、次世代デバイスとして有力視されているものの未だ商品化されていない有機半導体デバイスの実現を大きく前進させるという応用的意義をも併せ持つものです。

特記事項

本研究成果は、2019年7月4日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“The actual electronic band structure of a rubrene single crystal”
著者名:Jun Nitta, Kazumoto Miwa, Naoki Komiya, Emilia Annese, Jun Fujii, Shimpei Ono, and Kazuyuki Sakamoto
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-019-46080-4

なお、本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)25287070と19H02592、新学術領域「3D活性サイト科学」15H01041と17H05211の補助を受けて行われました。また、部分的にはNanoscience Foundry and Fine Analysis (NFFA-MIUR, Italy, Progetti Internazionali) facilityの補助を受けました。

用語説明

※1 角度分解光電子分光
物質に単一エネルギーの光を照射し、アインシュタインが提唱した光電効果によって飛び出してくる光電子の運動エネルギーと放出角度を測定する方法です。測定した光電子の運動エネルギーと放射角にエネルギー保存則と運動量保存則を組み合わせることで電子バンドをもとめることができます。

※2 ルブレン単結晶
ルブレンは図3に示すようなテトラセン誘導体の芳香族炭化水素化合物で、その結晶を用いた有機電界効果トランジスタでは移動度が無機固体であるアモルファスシリコンの40倍程度もあるとの報告がある、もっとも移動度の高い有機半導体の1つです。単結晶とは、結晶全体にわたって分子がある一定の配列をしている結晶のことです。

図3 ルブレン分子

※3 電子バンド
物質内での電子の運動量(波数)に対する束縛エネルギーで表した曲線が電子バンドです。曲線を運動量で1階微分すると物質内での電子速度を、2階微分すると物質内での電子の移動度を得ることができます。(曲線を1階微分すると傾きが、2階微分すると曲率が求まりますので、狭いバンド幅では傾きと曲率が小さくなり、バンドを介した移動度が小さいことになります。)

※4 光電子回折
物質内で励起された光電子が物質の外に達する前に他の原子によって散乱され、物質内の原子(分子)配置に起因する強度分布を示します。

※5 チャージアップ
電荷移動度の低い半導体試料や絶縁体試料に光や電子線を照射した時に、試料が帯電してしまう現象。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科 生命先端工学専攻
http://www.mls.eng.osaka-u.ac.jp/index.html

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