自分が間違えたのか、相手が動いたのか!?    原因を区別して運動を修正する脳の仕組みを解明

自分が間違えたのか、相手が動いたのか!?    原因を区別して運動を修正する脳の仕組みを解明

2018-7-6生命科学・医学系

研究成果のポイント

・大脳皮質の頭頂葉が、手を伸ばす運動の際に生じる誤差の原因を区別して修正していることを発見
・頭頂葉のブロードマン5野は自分が原因の誤差(運動誤差)の検出と修正に貢献していることを解明
・ブロードマン7野は相手の動きが原因の誤差(目標誤差)の検出と修正に貢献していることを解明
・スポーツの効果的な学習法の開発や自動運転やロボット制御の学習調整法の設計への貢献に期待

概要

大阪大学大学院生命機能研究科ダイナミックブレインネットワーク研究室北澤茂教授と大阪大学国際医工情報センター井上雅仁特任准教授(常勤)は、大脳皮質の頭頂葉 が、手を伸ばす運動の誤差の原因を区別して修正用の信号を発していることを発見しました。ブロードマン5野 と呼ばれる領域は自分が原因の誤差(運動誤差)を検出して修正用の信号を送り、7野 は相手の動きが原因の誤差(目標誤差)を検出して修正用の信号を送り出していたのです (図1) 。

本研究により、脳は手と目標のずれ(誤差)を機械的に検出しているのではなく、自分が原因の運動誤差なのか、相手が原因の目標誤差なのか、を区別して別々のシステムで修正していることが実証されました。

本研究の成果は、スポーツの効果的な学習法の開発や自動運転やロボット制御の効果的な学習調整法の開発につながることが期待されます。本研究成果は、2018年7月6日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Current Biology」電子版に掲載されました。

図1 空振りは自分のせい?
それともボールが落ちた?

研究の背景

運動がうまくなるには練習が欠かせません。初めは下手だったのに、こつこつ練習を繰り返すとうまくなるのはなぜでしょうか。それは、運動の「間違い」を減らすように脳が「学習」するからです。しかし、「間違い」には2種類あることに注意が必要です。例えば、ストライクゾーンの「ど真ん中」にストレートが来ることがわかっていて、ど真ん中を狙ってバットを振ったのに、ボールの上方10cmの空を切った場合は、「自分の運動制御の不手際が原因」です。このような運動誤差に対しては、意図と運動制御の関係を下方向に修正する必要があります。一方、バットはど真ん中を通過したのにボールが落ちてボールの上方10cmの空を切った場合は、「相手の想定外の動きが原因」です。このような目標誤差に対しては、意図と制御の関係は変えずに、相手の動きを予測するシステムを別に準備して学習させる方が合理的です。脳は果たして、運動誤差と目標誤差を区別して学習しているのでしょうか。区別しているならば、それぞれの担当部署は脳のどこにあるのでしょうか。

北澤教授らの研究グループは、サルの頭頂葉に狙いを絞って、1)運動誤差と目標誤差の検出にあたる場所はどこか、また2)それらの信号が本当に学習に用いられているかどうか、の2点を調べました。

研究の成果

まず、サルに目の前に現れる十字の目標に向かって手を伸ばさせました。その時に、第1の条件(運動誤差条件)では、わざと誤差が増えるように、コンピュータ制御したプリズム装置を使って、ランダムな方向に視野をずらす工夫をしました。こうすることで、目標が見える場所に手を伸ばしても、右や左に少しずれて手が到着します。一方、第2の目標誤差条件では、運動中に十字の位置をランダムな方向にずらしました。いずれの条件でも、終点の誤差は縦横4㎝程度の領域にランダムに分布するように条件を設定しました。つまり、見かけの誤差の分布はいずれの条件でも同等です (図2) 。

この2つの条件で、頭頂葉のブロ-ドマン5野と7野のニューロンの活動 を記録して、間違いの方向に応じた活動が生じているかどうかを調べました。すると、ブロードマン5野のニューロンは、運動誤差の情報だけを検出して目標誤差は無視していることが分かりました。一方、7野のニューロンは、運動誤差も目標誤差も両方検出していました。

5野や7野の誤差の信号は、本当に運動の修正にかかわっているのでしょうか。それを確かめるために、微小な電気刺激を運動直後に加えてみることにしました。たとえば、「上にずれたぞー」と報告するニューロンが修正に関わっているならば、このニューロンが活動した後は、運動が少しだけ「下」に修正されるはずです。結果は、極めて興味深いものでした。5野の「上にずれたぞー」と報告するニューロンを運動の直後に刺激すると、次回の運動は少しだけ左下にずれました。これを30試行繰り返すと誤差が累積し、刺激をやめると、プリズム順応 の後と同様に、誤差は試行ごとに少しずつ減って、30回ぐらいかけて元に戻りました。つまり、5野の運動誤差の信号は、次回の運動の改善に利用されていることが明確になりました。一方、7野のニューロンを刺激すると、運動は目標誤差を小さくする方向に変化しましたが、運動誤差に関しては何の効果もありませんでした。つまり、7野では目標誤差の信号だけが、次回の運動の改善に利用されていることが明らかになりました。

これらの結果から、
1)頭頂葉が運動の誤差を自分由来の「運動誤差」と「目標誤差」に分離して検出していること
2)5野は「運動誤差」の修正信号の発信を担当していること
3)7野は「目標誤差」の修正信号の発信を担当していること
が明らかになりました。

図2 2つの実験条件
運動誤差条件では、プリズムで誤差を誘導し、目標誤差条件では運動中に目標を移動させた。図の例では、どちらの条件でも同じだけ右方向に誤差が生じている。しかし、その原因は異なる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、まずスポーツのトレーニング法の改善に示唆を与えます。脳が「運動誤差」と「目標誤差」のシステムに分かれていることが判明したので、第一段階としては「目標誤差」がない状態で「運動誤差」を徹底的に最小化するトレーニングを行うことが効率がよいと考えられます。「目標誤差」に対する対処法の学習は、「運動誤差」の系に影響を与えない形で次のステップで行うことができれば理想的です。

本研究成果は、機械制御の分野にも大きな示唆を与えるものと思われます。自動運転で事故が起こった(起こりかけた)場合の修正も、車の制御系に問題があるのか(運動誤差)、歩行者の飛び出し、あるいは対向車のはみだしに原因があるのか(目標誤差)、を切り分ける必要があります。脳が運動誤差と目標誤差を切り分けていることから、深層学習を使った脳型人工知能を開発して両者を切り分けることができるはずです。このような、両者を切り分ける人工知能システムは、自動運転システムの改良や、ロボット制御の改善に大きな貢献をすると期待されます。

特記事項

本研究成果は、2018年7月6日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Current Biology」電子版に掲載されました。
タイトル:Motor error in parietal area 5 and target error in area 7 drive distinctive adaptation in reaching
雑誌:Current Biology
著者名:井上雅仁、北澤茂

参考URL

大阪大学 大学院生命機能研究科 ダイナミックブレインネットワーク研究室
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/general/lab/181/

用語説明

頭頂葉

大脳皮質の上後方の領域。前方は前頭葉、後方は後頭葉、下方は側頭葉と接している。視覚・聴覚・体性感覚の信号が連合する領域で、様々な信号を空間の中に位置づけるとともに、空間的な情報に基づいた運動の計画にかかわっている。

ブロードマン

ブロードマン5野と7野:

ドイツの解剖学者ブロードマンは20世紀初頭に細胞構築学的に大脳新皮質を52の領域に分割した。その52の領域のうち、5番目と7番目の領域で、頭頂葉の中でも上方部分を占めていて、隣接している。5野は前頭葉の運動関連領域(運動前野と一次運動野)との結合が強いが、7野は弱い。また、5野は運動学習に重要な役割を果たしている小脳に小細胞性赤核を経由して誤差信号を供給しているが、7野はこの経路には接続していない。しかし、両者が運動制御に対してどのような役割分担をしているかは不明だった。

ニューロンの活動

ヒトの大脳皮質にはおよそ150億個の神経細胞(ニューロン)があって、1個あたりおよそ1000個のニューロンから信号を受け取って信号を送り出す。ニューロンは受け取った信号の和がある一定の値(しきい値、閾値)を超えると、1/1000秒の間数十ミリボルト(1.5V乾電池の1/20ぐらい)の大きさのパルス信号を発する。これが活動電位と呼ばれる信号で、大脳皮質では最大で1秒間に200発の活動電位を発生することができる。本研究では、微小な電極を使ってサルの運動野のニューロン1つ1つの活動電位を計測して解析した。

プリズム順応

眼の前に楔型のプリズムを置くと、光が屈折して目標が見える位置(虚像の位置)がずれる。この状態で目標に手を伸ばすと、虚像の位置に手を伸ばすので、目標を外してしまう。しかし、何回も繰り返すうちに、誤差は減る。この状態でプリズムをはずすと、今度は逆向きの誤差が生じて驚く。このようなプリズムを使った視野の変化に伴って生じる運動の調整をプリズム順応と呼ぶ。プリズム順応は小脳障害で消失することが知られている。本実験の「運動誤差条件」では、コンピュータで2枚のプリズムの向きを調整して、毎回違う方向に誤差が生じるように工夫して実験を行った。