生命科学・医学系

2018年5月25日

研究成果のポイント

・ミジンコにおいて、性決定遺伝子の非翻訳領域※1のみをもつRNAがオス化を引き起こすことを発見
・性決定遺伝子の非翻訳領域は長鎖ノンコーディングRNA※2にも含まれ、性決定遺伝子のスイッチをオンにするために必要であることを発見
・長鎖ノンコーディングRNAが働く仕組み、性が決まる仕組みの多様性、進化の理解に貢献

概要

大阪大学大学院工学研究科生命環境システム工学研究室の渡邉肇教授、加藤泰彦助教らの研究グループは、ミジンコのオスの性決定に必要なダブルセックス1(Dsx1)遺伝子のスイッチをオンにする長鎖ノンコーディングRNAを発見しました。

これまで同グループは、Dsx1遺伝子の翻訳領域から作られるタンパク質が、ミジンコのオス化を誘導することを見つけていました(図1上段)

一連の研究から、本研究グループはDsx1遺伝子の非翻訳領域のみをもちDsx1タンパク質を作ることのできないRNA(非翻訳領域RNA)によってもオス化が生じるという興味深い現象を発見しました(図1中段図2)。そして、研究の結果、この非翻訳領域はDsx1遺伝子の上流から転写される長鎖ノンコーディングRNA、ダパールの一部に含まれ、Dsx1遺伝子のスイッチをオンにする働きをもち、これによりDsx1タンパク質が作られてオス化が生じることを突き止めました(図1下段図3)。本研究成果は、新たな長鎖ノンコーディングRNAの作用メカニズムの解明につながることが期待されます。また、性決定の仕組みの多様性、進化の理解にも貢献できます。

本研究成果は、米国科学誌「Current Biology」に、5月25日(金)午前1時(日本時間)に公開されました。

図1 本研究の概要と先行研究との関連性。
詳細は、本文の概要の項を参照。

研究の背景

1958年にフランシス・クリックにより提唱されたセントラルドグマで中心的な役割を果たすRNA、メッセンジャーRNA(mRNA)はタンパク質に翻訳される領域(翻訳領域)を持っています。近年、翻訳領域を持たないいわゆるノンコーディングRNAがゲノムの至る所から転写されていることがわかってきました。この中で、200塩基以上のノンコーディングRNAは長鎖ノンコーディングRNAと呼ばれ、ヒトにおいてはその数は2万を超えるとも言われています。しかしながら、ヒトやマウスにおいてでさえも機能解析が行われた長鎖ノンコーディングRNAは未だ多くなく、長鎖ノンコーディングRNAが働く仕組みの共通性、多様性、さらには生物種間での機能の保存性は未だほとんど明らかにされていません。このため、生命科学分野での研究のホットトピックスとなっています。

研究の成果

mRNAは翻訳領域以外にもタンパク質に翻訳されない領域(非翻訳領域)を持っています。この領域はRNAの安定性や翻訳効率を決定する重要な配列が含まれていることが多く、遺伝子が正常に働くために必要な領域の一つとして挙げられます。渡邉教授、加藤助教らの研究グループでは、Dsx1 mRNAの非翻訳領域の機能を調べるために、Dsx1 mRNAの翻訳領域を赤色蛍光タンパク質※3の翻訳領域に置換しました。このRNAをミジンコの卵に注入し、赤色蛍光タンパク質遺伝子の挙動を調べていたところ、偶然驚くべきことに、Dsx1タンパク質への翻訳領域を持たないにも関わらず、注入したRNAがオス化を引き起こすことに気がつきました(図2)。さらにオス化に必要な配列は、205塩基からなる5’側の非翻訳領域に存在することを見出しました。一方で、ミジンコのゲノム情報からDsx1 mRNAの5’側の非翻訳領域の配列を含む機能未知の長鎖ノンコーディングRNAが存在することを見つけました。

長鎖ノンコーディングRNAは近年、遺伝子の働きの制御に重要な役割を担っていることが明らかとなってきています。そこで同グループは、Dsx1遺伝子の非翻訳領域の配列が長鎖ノンコーディングRNAの一部としても働いているという仮説を立て、このRNAをダパールと名付け、RNAの合成、働きを調べました。その結果、ダパールは3650塩基からなるポリA鎖※4を持たないRNAであり、Dsx1遺伝子の上流から5’側の非翻訳領域も含めて転写された後ヘアピンループ※5の箇所で切断されて合成されることが分かりました。また、興味深いことに、ダパールの発現はDsx1遺伝子と同様にオスでのみヴリル※6によってスイッチがオンになりその後活性化し続けることも見つけました。そこで、ミジンコのオスでダパールが働かないようにするとDsx1遺伝子の発現が減少し、一方、メスで強制的にダパールを働かせるとDsx1が活性化しました(図3)。以上のことから、性決定遺伝子の非翻訳領域は長鎖ノンコーディングRNAの配列の一部として使われ、自身のスイッチをオンにするために必要であることが明らかとなりました。

図2 ダブルセックス1遺伝子の5’側の非翻訳領域のみの配列を持つRNAを注入したメスのオス化。
右がRNAを注入したメスのミジンコ。*がオスに代表的な第1触角である。RNAによって、オスと同様に第1触角が伸長した。左は対照のオス、真ん中がメスである。

図3 ダパールを強制的に働かせたメス。
ダブルセックス1遺伝子の働きを赤色蛍光により観察できる遺伝子組み換えミジンコを用いた。左はオスに特徴的な第一触角(An1)伸張が生じたメスの写真である。右が同じ個体の赤色蛍光を観察した写真である。第一触角だけでなくもう一つのオスに特徴的な器官である第一胸脚において赤色蛍光が観察され、ダブルセックス1遺伝子が活性化していることが容易に観察できる。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

ダパールの発見は、標的遺伝子とオーバラップするように転写される長鎖ノンコーディングRNAが働く仕組み、さらには長鎖ノンコーディングRNAの生合成の理解に貢献できます。ヒトにおいてはノンコーディングRNAの働きの異常によって、癌や神経疾患などが生じることが報告されています。ダパールと同様の遺伝子制御メカニズムがヒトにおいても保存されている可能性があり、本研究における長鎖ノンコーディングRNAの機能の解明は、病気の解明や治療につながることも期待されます。

一方で本研究は、性を決める仕組みの多様性、進化の理解にも大きく貢献できます。Dsx1遺伝子は動物で共通して“性”に特異的な役割を持っている遺伝子の一つであり、生物はこの遺伝子の働きを制御する仕組みを多様化させることで、“性を決める仕組み”を多様化させていることが、これまでに明らかとなっていました。しかしながら、長鎖ノンコーディングRNAによる制御はこれまで報告されていませんでした。本研究により長鎖ノンコーディングRNAが性を決める仕組みの進化の駆動力となっていることが初めて明らかとなりました。

特記事項

本研究成果は、2018年5月25日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Current Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“A5′ UTR-overlapping LncRNA Activates the Male-determining Gene doublesex1 in theCrustacean Daphnia magna”
著者名:Yasuhiko Kato, Christelle Alexa G. Pelez, Nur Syafiqah Mohamad Ishak, Quang Dang Nong, Tomoaki Matuura, Tadashi Wada, Hajime Watanabe.

用語説明

※1 非翻訳領域
遺伝子から作られるメッセンジャーRNAでタンパク質に翻訳されない領域。翻訳される領域の5’側と3’側両方に存在する。

※2 長鎖ノンコーディングRNA
タンパク質に翻訳される領域を持たないRNAの中で、便宜的に定められた200塩基以上のRNA。近年遺伝子の働きを制御していることが次々と明らかにされている。

※3 赤色蛍光タンパク質:
赤色蛍光を発するタンパク質。通常遺伝子の産物であるタンパク質は光を発しないので、いつどこで遺伝子が働きタンパク質が作られたかを調べることは難しいが、目的の遺伝子を蛍光タンパク質を作る遺伝子に変えることで、蛍光を観察することで遺伝子の働きを調べることが可能となる。本発見により下村脩博士らが2008年にノーベル化学賞を受賞。

※4 ポリA鎖
メッセンジャーRNAの3’末端に付加されるアデニンが連続した配列。長鎖ノンコーディングRNAではポリA鎖が付加される分子とされない分子が存在するが、付加されないRNAの3’末端がどのように決まるかは少数の長鎖ノンコーディングRNAを除いて明らかにされていない。

※5 ヘアピンループ
一本鎖であるRNAで分子内の相補配列により形成されるループ構造。

※6 ヴリル
遺伝子の転写を調節するタンパク質。ヴリルは体内時計をコントロールする因子として知られているが、同グループはミジンコではDsx1遺伝子を制御する働きも持つことを以前に発見していた。

研究者のコメント

オスの性を決定するダブルセックス1遺伝子の非翻訳領域が性決定に働くという予想外の発見が、ダブルセックス1遺伝子を制御する長鎖ノンコーディングRNAの発見へと繋がりました。遺伝子とオーバラップする長鎖ノンコーディングRNAはアノテーションが難しいこともありあまり研究が進んでいません。本研究は性決定の多様性の仕組みの理解につながるだけでなく、本研究成果を基盤としてダパールによるダブルセックス1遺伝子の活性化の仕組みを明らかにすることで、新たな長鎖ノンコーディングRNAの作用メカニズムの解明につながる可能性も大いに考えられます。

参考URL

大阪大学 大学院工学研究科 生命先端工学専攻 渡邉研究室
http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ez/index.html

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