途上国への短期旅行者によるコリスチン耐性菌の拡散過程を検出

途上国への短期旅行者によるコリスチン耐性菌の拡散過程を検出

2018-3-30生命科学・医学系

研究成果のポイント

・多くの抗生剤に耐性を示す細菌(多剤耐性 細菌)による感染症は、治療効果の期待できる薬剤の選択が限られるため大きな問題となっています。
・このような多剤耐性細菌感染症に対する治療薬の切り札とされる「コリスチン」に対しても開発途上国を中心に耐性菌が出現し、その増加と蔓延は人類への大きな脅威となっています。
・今回、研究グループは、コリスチン耐性菌が世界的に拡散する過程に開発途上国を訪れる短期旅行者が深く関与する可能性を明らかにしました。
・ボーダレス化する今日、スーパー耐性菌 が国境を容易に越え拡がる状況に対し公衆衛生対策の強化が求められています。

概要

治療を困難にする多剤耐性菌感染症の増加は医療への大きな脅威です。その元凶となる耐性菌の蔓延、特に開発途上国からの広範囲な拡散が課題となっています。このような多剤耐性菌に対する有効な治療薬は限定されており、コリスチンはその切り札とされています。

大阪大学大学院薬学研究科の山本容正招へい教授、大阪大学グローバルイニシアチブセンターの中山達哉特任助教(現、国立医薬品食品衛生研究所)らの研究グループは、開発途上国への短期旅行者が滞在中にコリスチン耐性菌に感染し腸管内に保持したまま持ち帰るという事例を明らかにしました。旅行者自身は無症状であり、糞便中の細菌を解析することで明らかとなりました。開発途上国での短期滞在でも感染しうる可能性が明らかとなった初めての報告です。

本研究の成果は、2018年3月12日発行の「Infection and Drug Resistance」に掲載されました。

背景・内容

コリスチンは1950年に発見された古い抗菌剤で、副作用の頻度が高いことから本邦では人への使用は限定されてきました。しかし、畜水産領域では飼料への添加物として世界的に広く利用されています。コリスチン耐性は、従来、細菌の染色体遺伝子突然変異 で起きることが知られており、頻度は低いものの一定程度は観察されていました。この染色体突然変異による耐性は、他の細菌へ伝播しないため問題視されていませんでしたが、2015年に中国で伝達性コリスチン耐性遺伝子 が発見され、コリスチン耐性の性状が他の菌にも容易に伝達することが示されるにおよび世界的な問題となりました。コリスチン耐性遺伝子が他の耐性遺伝子を有する病原菌に移り、治療が極めて困難となる「悪夢の細菌」と呼ばれるスーパー耐性菌が生じる可能性が示されたからです。

開発途上国では、住民の腸管内や流通食品中に耐性菌が蔓延していることが知られています。ベトナムでは、コリスチン耐性菌の住民糞便からの検出率(腸管に棲息している割合)が極めて高いことを本研究グループは示してきました。そこで、ベトナムへの旅行者を調査したところ、4~12日間の短期滞在にもかかわらず腸管内に伝達性コリスチン耐性遺伝子を有するコリスチン耐性菌に感染し、保菌者として帰国した事例を初めて明らかにしました。

ベトナムでは、コリスチン耐性菌の住民糞便からの検出率(腸管に棲息している割合)がESBL産生耐性菌 の6.9%を占めることを本研究グループは示してきました(未発表)。そこで、日本からベトナムへの2日から12日間の短期旅行者19名を旅行前後で調査したところ、3名の旅行者腸管内に短期滞在にもかかわらず伝達性コリスチン耐性遺伝子を有するコリスチン耐性菌が感染し、保菌者として帰国した事例を初めて見出しました。旅行前はコリスチン耐性菌を保持しておらず、当該国で畜産動物からコリスチン耐性菌が高頻度で検出されていることや、前述の如く住民の高いコリスチン耐性菌保菌率等から滞在中に感染保菌した疑いが強く示唆されました。

効果・今後の展望

コリスチン耐性非病原性大腸菌 の保菌は、保菌者に直ちに健康障害を起こすものではなく、保菌状態は帰国後通常数週間で解消されることが確認されているため、個別対応は現時点で必要ではないと考えられます。ただ、保菌される菌中に存在する伝達性コリスチン耐性遺伝子が他の菌へ伝達され、コリスチン耐性能が拡散するリスクが増えることは公衆衛生上大きな課題です。世界的に懸念されるコリスチン耐性菌が短期旅行者により拡散する実態が明らかとなったことから、旅先での衛生上の注意や耐性菌モニタリングを含む公衆衛生対策の一段の強化が求められます。

特記事項

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)と独立行政法人国際協力機構(JICA)が連携して推進する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「薬剤耐性細菌発生機構の解明と食品管理における耐性菌モニタリングシステムの開発」(研究代表者・山本容正)ならびに日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(A)海外学術調査「ベトナムにおけるコリスチン耐性細菌蔓延実態の分子疫学的調査研究」(研究代表者・山本容正)の支援を受けて、大阪府立公衆衛生研究所(現、大阪健康安全基盤研究所)の久米田裕子副所長、河原隆二主任研究員、山口貴弘研究員、ならびに大阪大学の山本招へい教授が共同で行ったものです。

本研究の成果は、2018年3月12日発行の「Infection and Drug Resistance」に掲載されました。
タイトル:Carriage of colistin-resistant, extended-spectrum β-lactamase-producing Escherichia coliharboring the mcr-1 resistance gene after short-term international travel to Vietnam
著者:Tatsuya Nakayama, Yuko Kumeda, Ryuji Kawahara, Takahiro Yamaguchi, Yoshimasa Yamamoto

参考URL

大阪大学 大学院薬学研究科
http://www.phs.osaka-u.ac.jp/index.cgi

用語説明

多剤耐性

3種類以上の抗生物質クラスに対する耐性。

スーパー耐性菌

カルバペネム系抗生物質ならびにコリスチンにも耐性を示す多剤耐性菌で、結果ほとんどの抗生物質が効かなくなる。

染色体遺伝子突然変異

染色体上のDNAに物理的変化が生じること。

伝達性コリスチン耐性遺伝子

プラスミド(細菌細胞内で染色体とは別に自律的に複製、分配される染色体以外のDNA)に組み込まれ他の細菌に伝達されるコリスチン耐性遺伝子。現在までにmcr-1~5までの遺伝子の存在が確認されている。

ESBL産生耐性菌

基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)を産生し、βラクタム系抗生物質(ペニシリンやセファロマイシンに代表されるβラクタム構造を共有する抗生物質群)に耐性を示す細菌。細菌感染症の治療のために広く使われている抗生物質である第三世代セファロスポリン薬に耐性を示し、スーパー耐性菌形成の基になっている。

非病原性大腸菌

通常大腸菌は病原性を持っていないが、一部大腸菌は病原性遺伝子を有する病原大腸菌に分類される。