がんの遺伝子を解析する新しい数理解析法を開発

がんの遺伝子を解析する新しい数理解析法を開発

抗がん剤の効きやすさを左右する遺伝子を解明

2018-1-19生命科学・医学系

研究成果のポイント

・遺伝子の発現量やメチル化修飾データを統合する新しい数理解析法を開発した。
・開発した数理解析法を用いることで、食道がんの抗がん剤への効きやすさを規定する遺伝子の同定に成功した。
・本成果は食道がんに対する新たな治療法を開発する上で、有用な手がかりになる。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の今野雅允寄附講座講師(先進癌薬物療法開発学寄附講座)、石井秀始特任教授(常勤)(疾患データサイエンス学共同研究講座)、森正樹教授(消化器外科)、滋賀大学データサイエンス学部の松井秀俊准教授らのグループは、遺伝子の発現量とDNAのメチル化データの統合解析を可能にする新しい数理解析法により食道がん細胞の抗がん剤への効きやすさを左右する新規遺伝子TRAF4 を明らかにしました (図1) 。

これまで、遺伝子の発現量とDNAのメチル化データはそのデータ量の膨大さから、統合した解析が困難でした。今回開発した新規の解析法によって、これまで困難であった、遺伝子の発現量とDNAのメチル化データの統合解析が可能になりました。

今後、その他のがんに対しても、同様の解析を行うことにより、様々ながん種での抗がん剤の効きやすさを左右する遺伝子を解明することにつながることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に、1月17日(水)に公開されました。

図1 新しい数理解析法を用いて食道がん細胞の遺伝子の発現量とメチル化量を統合解析することで食道がんの抗がん剤への効きやすさを左右する遺伝子TRAF4を同定した。

研究の背景

最近のがんの研究から、遺伝子の発現量やメチル化 修飾の異常が、がんの形成や進行に影響を及ぼすことが明らかになってきました。例えば胃がん細胞では、ピロリ菌感染後にNKX6-1という遺伝子がメチル化異常を起こし、がんの再発に繋がることが知られています。このように、遺伝子の発現量やメチル化修飾の異常が、がんの悪性度に影響を与えることは分かっていましたが、全遺伝子(約22000遺伝子)の発現量、メチル化修飾量を統合して網羅的に解析する手法は存在しませんでした。

研究の成果

今回、研究グループは、遺伝子の発現量とDNAのメチル化データの統合解析を可能にする数理解析法を新規に開発しました。毎年1万人が亡くなると言われている「食道がん」に注目し、遺伝子の発現量やメチル化修飾の異常を、ヒト食道がん細胞データを用いて本数理解析法にて調べました。その結果、食道がん特異的に遺伝子の発現量が上昇し、メチル化修飾量が減少している新規遺伝子TRAF4を同定することができました。また、この遺伝子の量を変化させることで食道がんの抗がん剤への効きやすさが変化することも、マウスを用いた実験から明らかとなりました (図2) 。

今回の研究の成果は、食道がんに対する新たな治療法を開発する上で有用な手がかりになるばかりではなく、他のがんにおいても同様の手法を用いて遺伝子の発現量、メチル化修飾量を統合して網羅的に解析することで、様々ながんでの抗がん剤の効きやすさを決定する遺伝子を同定できると考えられます。

図2 TRAF4を過剰発現した細胞を投与したマウスの食道では、抗がん剤への治療効果が弱い。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

① がんでは遺伝子変異が高頻度に発生するため、DNAの塩基配列を読み取って遺伝子変異を診断(臨床シークエンス)することも重要ですが、遺伝子の発現量とメチル化の統合解析からアプローチすることも重要であることが示唆されました。

② 食道がんの抗がん剤への効きやすさを左右する遺伝子が明らかとなったことにより、既存薬として開発されているものの中から食道がんの治療に応用できる可能性が示唆されました。

特記事項

本研究成果は、2018年1月17日(水)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:
Computational trans-omics approach characterised methylomic and transcriptomic involvements and identified novel therapeutic targets for chemoresistance in gastrointestinal cancer stem cells

著者名:
Masamitsu Konno 1,2* , Hidetoshi Matsui 3* , Jun Koseki 2* , Ayumu Asai 1,2 , Yoshihiro Kano 1,4 , Koichi Kawamoto 4 , Naohiro Nishida 4 , Daisuke Sakai 1 , Toshihiro Kudo 1 , Taroh Satoh 1 , Yuichiro Doki 4+ , Masaki Mori 4+ , and Hideshi Ishii 1,2+ (+責任著者、*同等貢献)

所属
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 先進癌薬物療法開発学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 疾患データサイエンス学
3. 滋賀大学 データサイエンス学部
4. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科 外科学講座消化器外科学
https://www2.med.osaka-u.ac.jp/gesurg/index.html

用語説明

TRAF4

TNF receptor-associated factor 4 の略 腫瘍壊死因子(TNF)の受容体の一つ

メチル化

シトシンのピリミジン環の5位炭素原子あるいはアデニンのプリン環の6位窒素原子へのメチル基の付加反応である。DNAメチル化は高等生物において正常な発生と細胞の分化において極めて重要な役割を担っている。