生命科学・医学系

2017年12月20日

研究成果のポイント

・クローン病や潰瘍性大腸炎といった炎症性腸疾患(IBD)は、食事の欧米化をはじめとするライフスタイルの変化に伴い、近年、日本において患者数が増加の一途をたどっている。獲得免疫を担うエフェクターT細胞が過剰に活性化して産生する炎症性サイトカインがIBDの発症およびその病態に深く関与する。
・生体外物質トランスポーターMDR1が、胆汁酸によるエフェクターT細胞の異常な活性化を抑制するメカニズムを発見。潰瘍性大腸炎・クローン病患者のエフェクターT細胞ではMDR1の機能が著しく低下することを発見。
・MDR1による腸管炎症制御を解き明かした今回の発見が、IBD新規治療法開発へつながることが期待される

概要

大阪大学の香山尚子助教(大学院医学系研究科免疫制御学)、米国スクリプス研究所のマーク・サンドラッド博士らのグループは、エフェクターT細胞※1に発現する多剤耐性トランスポーターMDR1※2が、胆汁酸※3による腸管炎症を抑制するために重要であること、また、一部の炎症性腸疾患(IBD)※4患者のエフェクターT細胞ではMDR1の機能低下が起こっていることを突き止めました(図1)。これは、IBDの新規治療法開発にとって大きな前進となる発見です。

本研究では、MDR1の遺伝子を欠損させたマウスと野生型マウスの脾臓からT細胞を回収し、T細胞がいないマウスに投与し、腸炎を誘導することで、エフェクターT細胞に発現するMDR1が腸管炎症を制御するメカニズムを解析しました。

胆汁酸が豊富に存在する回腸では、MDR1欠損エフェクターT細胞により、炎症性サイトカイン※6の産生や酸化ストレス※7が高まり、回腸に重篤な炎症が生じること、胆汁酸吸着剤コレスチラミン※8が含まれた餌を与えることによりMDR1欠損エフェクターCD4+T細胞による回腸の炎症が抑制されることを見出しました。また、回腸部に炎症を起こす潰瘍性大腸炎の患者において高い割合でエフェクターT細胞におけるMDR1の機能低下が示されることも明らかにしました。

今後、MDR1や胆汁酸を標的とした腸管エフェクターT細胞の活性制御法の確立が、炎症性腸疾患の新規治療法開発につながることが期待されます。

本研究成果は、2017年12月20日(水)午前2時(日本時間)に米国科学誌「Immunity」のオンライン版で公開されました。

図1 CD103+樹状細胞※5によりエフェクターT細胞にMDR1の発現が誘導される。胆汁酸が豊富に存在する回腸においてMDR1を発現するエフェクターT細胞では炎症性サイトカイン産生や酸化ストレスが抑制されるため、免疫の暴走が起こらず、正常な腸管組織が維持される。

研究の背景

クローン病・潰瘍性大腸炎に代表される炎症性腸疾患は、大腸および小腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍がおこる難治性の疾患です。炎症性腸疾患は、粘膜免疫の異常と腸内細菌や食事成分などの腸内環境因子が複雑に絡み合い発症する病気であるため、既存の治療法では十分な効果が得られない症例が多数報告されています。ライフスタイルの欧米化に伴い、日本において患者数が急激に増加していることより、病因の解明および新規治療法の開発が望まれています。

がん研究の分野で多くの研究がなされてきた「生体外物質トランスポーターMDR1」の遺伝子を持たないマウスでは、腸管炎症が自然発症することが知られており、MDR1遺伝子は炎症性腸疾患の発症リスク遺伝子の一つと考えられていました。MDR1は、細胞内に取り込まれた化合物を細胞外へ排出する機能をもちますが、MDR1と相互作用する腸内因子や免疫応答に関しては明らかになっていませんでした。香山助教らの研究グループは、MDR1遺伝子を持たない(MDR1欠損)マウスの免疫細胞を用いて作製した腸管炎症モデルマウスを解析することにより、MDR1が腸管炎症を制御するメカニズムの解明に取り組みました。

本研究の成果

病原体を排除するためにおこる獲得免疫※9の炎症反応は、T細胞によって起こります。マウス脾臓から回収した非攻撃型のT細胞(ナイーブCD4+※10)を、T細胞を持たないマウス(Rag2※11遺伝子を欠損させたマウス)に投与すると、攻撃型のエフェクターT細胞に分化し、腸炎を自然発症します。野生型マウスとMDR1欠損マウスのT細胞を用いて腸炎モデルマウスを作製したところ、MDR1欠損T細胞を投与した腸炎モデルマウスでのみ、小腸末端部の回腸で重篤な炎症が誘導されました(図2左)。MDR1欠損T細胞を投与した腸炎モデルマウスに、抗生剤を飲ませて腸内細菌を除去しても、回腸の炎症は改善されないことが分かりました(図2中央)。

次に、腸内細菌以外の物質として、回腸に豊富に存在する胆汁酸に注目し、T細胞による炎症反応に関与するのかを調べました。食餌に胆汁酸の吸着剤コレスチラミンを混ぜて食べさせ、胆汁酸の排出を促進することにより、回腸内のエフェクターT細胞と胆汁酸が触れ合わないようにしました。すると、MDR1欠損T細胞を投与したマウスでは、回腸炎症が起こらないことが分かりました(図2右)。また、MDR1を発現しないエフェクターT細胞を胆汁酸に曝すと、腸管炎症に関与する炎症性サイトカイン(IFN-γ,IL-17,TNF-α)の産生が高まること、酸化ストレス応答が高まることが分かりました。

さらに、健常者・炎症性腸疾患(クローン病・潰瘍性大腸炎)患者の血中エフェクターT細胞のMDR1のトランスポーターとしての機能を解析したところ、患者T細胞ではMDR1の機能が低下していることが分かりました。さらに、潰瘍性大腸炎の中でも回腸に炎症が起こる患者において、非常に高い割合でMDR1の機能不全があることが分かりました。

本研究の結果から、生体外物質トランスポーターMDR1が胆汁酸に曝された際に起こるエフェクターT細胞の暴走を抑制することによりIBDの発症を抑制することが分かりました。

図2 回腸炎症の様子
Rag2欠損マウスにMDR1遺伝子のない脾臓ナイーブCD4+T細胞を投与すると回腸にたくさんの免疫細胞が集まり炎症(組織肥厚・破壊)がおこる(左下図)。抗生剤で腸内細菌を殺しても回腸炎症は治らない(中央下図)。コレスチラミン投与で腸内の胆汁酸を除去すると回腸炎症が治る(右下図)。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

高脂肪食をはじめとする食事の欧米化に伴い、日本における炎症性腸疾患(IBD)患者数は増加の一途をたどっています。多因子疾患であるIBDでは、現在でもなお多様な治療法の開発が望まれています。本研究により、腸管エフェクターT細胞に発現するMDR1が、コレステロールの代謝産物である胆汁酸により誘導される炎症性サイトカイン産生および酸化ストレスの抑制に機能することで正常な腸管組織が維持されること、一部のIBD患者においてエフェクターT細胞のMDR1の機能が低下していることが明らかになりました。本研究の成果より、MDR1および胆汁酸を標的としたIBD新規治療法の開発につながるものと期待されます。

特記事項

本研究成果は、2017年12月20日(水)午前2時(日本時間)に米国科学誌「Immunity」のオンライン版で公開されました。
【タイトル】“The xenobiotic transporter Mdr1 permits T cell adaptation to bile acid reabsorption in the ileum”(生体外物質トランスポーターMDR1は胆汁酸存在下でのT細胞の恒常性維持に機能する)
【著者】Wei Cao1,2$, Hisako Kayama3$, Mei Lan Chen1,2$, Amber Delmas1,2, Amy Sun4, Sang Yong Kim5, Erumbi S.Rangarajan1,2, Kelly McKevitt1, Amanda P. Beck6, Cody B. Jackson1,2, Gogce Crynen7, Angelos Oikonomopoulos8,Precious N. Lacey8, Gustavo J. Martinez9, Tina Izard1,2, Robin G. Lorenz10, Alex Rodriguez-Palacios11, FabioCominelli11,12,13, Maria T. Abreu14, Daniel W. Hommes8, Sergei B. Koralov4, Kiyoshi Takeda3 and Mark S. Sundrud1,2*
同等貢献、*責任著者)
【所属】
1. 米国スクリプス研究所 Department of Immunology and Microbiology
2. 米国スクリプス研究所 Department of Cancer Biology
3. 大阪大学 大学院医学系研究科 免疫制御学
4. 米国ニューヨーク大学メディカルセンター Department of Pathology
5. 米国ニューヨーク大学メディカルセンター Rodent Genetic Engineering Core
6. 米国 MD アンダーソンがんセンター Department of Veterinary Sciences
7. 米国スクリプス研究所 Bioinformatics Core Facility
8. 米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校 Division of Digestive Disease
9. 米国シカゴ・メディカル・スクール Department of Microbiology and Immunology
10. 米国アラバマ大学バーミンガム校 Department of Pathology
11. 米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学 Division of Gastroenterology and Liver Disease, Department of Medicine
12. 米国ケースメディカルセンター Department of Digestive Health
13. 米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学 Department of Pathology, School of Medicine
14. 米国マイアミ大学 Division of Gastroenterology, Department of Medicine

本研究は、2014年度日本学術振興会科学研究費助成事業若手研究B(香山尚子)の一環で行われました。また、科学技術振興機構CREST:「自然免疫系を標的とした腸管免疫疾患の制御技術の開発」、文部科学省:「ヒト腸内細菌叢の機能解析」、「炎症性腸疾患の病態解析」、厚生労働省:「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」、ロッテ財団奨励研究助成、公益信託永尾武難病研究基金より支援を受けて実施されました。

用語説明

※1 エフェクターT細胞
CD4+T細胞とCD8+T細胞に分けられる。CD4+T細胞は、炎症性サイトカインIFN-γを産生するTh1細胞、炎症性サイトカインIL-17を産生するTh17細胞、IL-4/IL-5/IL-13などのサイトカインを産生するTh2細胞に分けられる。CD8+T細胞(細胞障害性T細胞)は、癌細胞・ウイルス感染細胞の除去、自己・非自己の識別に関与している。

※2 MDR1(Multiple drug resistance 1、P糖タンパク質)
ATPを駆動エネルギーとして、細胞内に取り込まれた毒性を有する化合物(抗がん剤など)を細胞外へ排出する機能を持つタンパク質。

※3 胆汁酸
肝臓においてコレステロールから合成され分泌される。小腸で脂肪を乳化し、脂肪の消化・吸収を促進する。回腸で再吸収され門脈を通って肝臓へ戻る。

※4 炎症性腸疾患(IBD)
大腸や小腸の粘膜に慢性の炎症または潰瘍が生じる疾患。厚生労働省により難病に指定されている。

※5 樹状細胞
マクロファージや好中球などとともに自然免疫応答に機能する細胞。自然免疫は、原始的な免疫応答で、病原体やがん細胞などの異物を取り込み、細胞内で消化することにより排除する。自然免疫細胞が病原体を認識し活性化することで獲得免疫系が始動する。

※6 炎症性サイトカイン
病原体の増殖を抑える機能を持つ。過剰な量の炎症性サイトカインは、組織の破壊を起こすことにより、リュウマチなどの自己免疫疾患や炎症性腸疾患といった慢性炎症性疾患の原因となる。

※7 酸化ストレス
細胞構成成分(核酸・タンパク質・糖質・脂質など)は、活性酸素種の作用により酸化される。酸化ストレスは、生体において酸化反応が悪い影響を及ぼしている状態である。多様な疾患において酸化ストレスマーカーの上昇が報告されている。

※8 コレスチラミン
胆汁酸を吸着する陰イオン交換樹脂。高脂血症治療薬として使用されている。

※9 獲得免疫
ウイルスや細菌、がん細胞などの、過去に現れた病原体を記憶し、再び出会ったときに速やかに排除するしくみ。リンパ球である、T細胞およびB細胞が働く。

※10 ナイーブCD4+T細胞
抗原刺激を受けていないCD4+T細胞。抗原刺激を受けると活性化したエフェクターT細胞に分化する。

※11 Rag2
獲得免疫細胞であるT細胞およびB細胞の受容体遺伝子の再構成に関わる酵素。Rag2欠損マウスは再構成不全のためT細胞/B細胞が分化しない免疫不全マウス。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 免疫制御学
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/ongene/index.html

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