生命科学・医学系

2017年11月30日

研究成果のポイント

・結核、エイズと並ぶ世界三大感染症のひとつであるマラリアは、毎年およそ3億人が罹患し、50万人ほどが死亡すると報告されているが、有効なワクチンの開発は困難だった。
・今回、熱帯熱マラリア原虫に感染した赤血球上にRIFINというタンパク質が発現し宿主の免疫反応を抑制することでマラリア重症化が起こることを発見した。
・重症化の仕組みが分かったことで、有効なワクチンが存在しないマラリアに対してワクチンの開発や治療薬の開発が可能になることが期待される。

概要

大阪大学微生物病研究所/免疫学フロンティア研究センターの齋藤史路特任研究員、平安恒幸特任助教、荒瀬尚教授らの研究グループは、ヒトに感染する熱帯熱マラリア原虫が免疫応答を抑えて重症化を引き起こす分子メカニズムを発見しました。本研究成果はマラリアに対するワクチン開発や治療薬の開発に大きく貢献すると期待されます。

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図1 熱帯熱マラリア原虫による免疫抑制機構
熱帯熱マラリア原虫のRIFINというタンパク質は、LILRB1という免疫抑制化受容体を介して免疫応答を抑えることが判明した。さらに、LILRB1を介した免疫抑制がマラリア重症化に関与していることが明らかになった。

本研究の背景

マラリア※1は世界三大感染症※2のひとつであり、毎年およそ3億人が罹患し、50万人ほどが死亡すると報告されていますが、これまでに有効なワクチンの開発は成功しておりません。ヒトに感染するマラリア原虫のうち、熱帯熱マラリア原虫※3が特に重症化を引き起こします。また、マラリアは感染しても十分な免疫が獲得されないため、何度も感染することから、マラリア原虫には我々の免疫システムから逃れるメカニズムが存在すると考えられます。

サイトメガロウイルスやヘルペスウイルスなどの潜伏感染するウイルスは、免疫細胞に発現している抑制化受容体に結合する分子を感染細胞上に発現させることで宿主の免疫応答を抑えて、体内から排除されないようにしています。しかし、マラリア原虫を含めてウイルス以外の病原体では、抑制化受容体を介して免疫応答を抑制するメカニズムの存在は明らかになっておりません。一方、赤血球に感染するマラリア原虫も感染赤血球上にマラリア原虫由来の様々なタンパク質を発現させることから、マラリア原虫にも宿主の免疫担当細胞と相互作用して免疫応答を逃れるメカニズムが存在する可能性が考えられました。そこで、我々は感染赤血球上に発現するマラリア原虫由来のタンパク質がマラリア原虫に対する免疫応答にどのように関与しているかを解明することを目的として研究を実施してきました。

本研究の内容

様々な抑制化受容体と熱帯熱マラリア原虫に感染した赤血球との相互作用を解析したところ、抑制化受容体LILRB1に結合する分子が熱帯熱マラリア原虫に感染した赤血球上に発現していることが判明しました(図2)。そこで、質量分析法にて解析することによって、LILRB1に結合する分子が熱帯熱マラリア原虫のRIFINであることが判明しました。マラリア感染では抗体産生が重要な免疫応答の一つであり、LILRB1は抗体を産生するB細胞に強く発現しています。そこで、RIFINを発現するマラリア原虫の感染赤血球を用いて、B細胞による抗体産生に与える影響を解析したところ、感染赤血球上に発現するRIFINはB細胞からの抗体産生を抑えることが判明しました(図3左)。また、感染赤血球を攻撃するナチュラルキラー細胞にもLILRB1は発現しています。そこで、ナチュラルキラー細胞を解析すると、RIFINがナチュラルキラー細胞の活性化を抑制することがわかりました(図3右)。さらに、LILRB1とRIFINの結合がマラリアの重症化と関連があるかどうか調べたところ、重症化しなかった患者に比べて重症化した患者の感染赤血球上にはLILRB1と結合するRIFINが強く発現していることがわかりました(図4)。これらのことからLILRB1とRIFINの結合はマラリアの重症化に関与していることが明らかになりました。本研究により、熱帯熱マラリア原虫には抑制化受容体を介して免疫応答を抑制するメカニズムが存在し、それがマラリアの重症化に関与していることが明らかになりました。今後、LILRB1とRIFINとの結合の阻害法を研究することで、マラリアワクチンの開発やマラリアの重症化を防ぐ治療薬の開発に貢献することが期待されます。

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図2 マラリア原虫感染赤血球上のRIFINにLILRB1が結合する。

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図3 マラリア原虫のRIFINは抗体を産生するB細胞や感染赤血球を攻撃するナチュラルキラー細胞の活性化を抑制する。

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図4 重症化マラリア患者の感染赤血球にはLILRB1に結合するRIFINが発現している。

本研究の成果

マラリア原虫は動物の体内では主に赤血球に感染し、赤血球内で増殖します。本研究では、熱帯熱マラリア原虫のRIFIN※4というタンパク質が感染した赤血球上に発現し、LILRB1※5という免疫応答を抑制する受容体に結合することを見出しました。さらに、RIFINが熱帯熱マラリア原虫に対する免疫応答を抑制し、その結果、重篤な感染症が引き起こされることを発見しました(図1)

本研究の意義

本研究によって、マラリア原虫には抑制性の免疫受容体(抑制化受容体)を利用して免疫応答を抑えるという新たなメカニズムが存在し、その免疫抑制機構がマラリア重症化に関与していることが世界で初めて明らかになりました。本研究成果は、今後、予防効果の高いマラリアワクチンや治療薬の開発に大きく貢献することが期待されます。

特記事項

本研究成果はNature誌に掲載されました(日本時間11月30日午前3時オンライン掲載)。
タイトル:“Immune evasion of Plasmodium falciparum by RIFIN via inhibitory receptors”「熱帯熱マラリア原虫のRIFINによる抑制化受容体を介した免疫逃避機構」
著者名:Fumiji Saito*, Kouyuki Hirayasu*, Takeshi Satoh, Christian W. Wang, John Lusingu, TakaoArimori, Kyoko Shida, Nirianne Marie Q. Palacpac, Sawako Itagaki, Shiroh Iwanaga, EizoTakashima, Takafumi Tsuboi, Masako Kohyama, Tadahiro Suenaga, Marco Colonna, JunichiTakagi, Thomas Lavstsen, Toshihiro Horii, Hisashi Arase
*These authors equally contributed to this work.
Nature 日本時間 11月30日午前3時 オンライン掲載

本研究は、科学研究費補助金、日本医療研究開発機構(AMED)感染症研究革新イニシアチブ(J-PRIDE)の研究支援を受けて実施されました。

用語解説

※1 マラリア
マラリア原虫によって引き起こされる感染症

※2 世界三大感染症
マラリア・結核・エイズ

※3 熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)
ヒトに感染するマラリア原虫のうち、最も重症度が高く、患者数、死者数の多い原虫

※4 RIFIN
熱帯熱マラリア原虫のrif(repetitive interspersed family)遺伝子にコードされるタンパク質で類似するタンパク質が約150種類存在する。これまでに機能、役割についての詳細はわかっていない。

※5 LILRB1
免疫細胞の活性化を抑制する受容体のひとつで、通常は主要組織適合性複合体(MHC)クラスIと結合し、免疫細胞が自己の細胞を攻撃するのを防いでいる。ヒトサイトメガロウイルスもLILRB1を介して免疫応答を抑制するウイルス分子(UL18)を持っていることが知られている。

参考URL

大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 免疫化学研究室/微生物研究所 免疫化学分野
http://immchem.biken.osaka-u.ac.jp/

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