生命科学・医学系

2017年11月3日

研究成果のポイント

・甲殻類ミジンコで、環境ストレスに刺激されて生まれるオスの性決定遺伝子の働きを、生きたまま簡単に蛍光で調べることが可能に
・卵が産まれて6時間後にヴリル遺伝子が一時的に働くと、オスの性決定遺伝子のスイッチがオンになることを発見
・性が決まる仕組みの多様性、進化の理解と、甲殻類の養殖技術開発に貢献

概要

大阪大学大学院工学研究科生命環境システム工学研究室の渡邉肇教授、加藤泰彦助教、Nur Syafiqah Mohamad Ishak大学院生、Nong Dang Quang大学院生らの研究グループは、甲殻類オオミジンコで、環境ストレスに刺激されて働くオスの性決定遺伝子の働きを、蛍光タンパク質を使って生きたまま簡単に調べることができる遺伝子組み換え体を作出しました(図1)。そして、このミジンコを使って、ヴリルと呼ばれる遺伝子が、卵が産まれて6時間後に一時的に働くとオスの性決定遺伝子のスイッチがオンになることを発見しました(図2)。本研究により、環境刺激に応答して性が決まる時に2つの遺伝子が連動して活性化される仕組みを世界で初めて明らかにしました。

ヒトのように性染色体で性が決まる仕組みは比較的理解が進んでいますが、自然界で広く見られるもう一つの性を決める方法、環境による性決定の仕組みはこれまでほとんど明らかにされていませんでした。また、ヴリル遺伝子はこれまで時計遺伝子※1として知られていましたが、本研究成果により“性”に関わる新たな機能を担っていることがわかりました。この点で、本研究成果は性決定研究におけるブレークスルーであると言え、性を決める仕組みの多様性、進化の理解に大きく貢献できます。

本研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に11月2日(木)19時(日本時間)、米国科学誌「PLoS Genetics」に11月3日(金)3時(日本時間)に公開されました。

図1
オスの性決定遺伝子の働きを赤色蛍光により観察できる遺伝子組み換えミジンコ。左は組み換えミジンコのメス、右がオスである。緑色蛍光を全身で発するようにも遺伝子を操作しているため体の構造も容易に観察できる。An1、T1はオスに代表的な器官である第一胸脚と第一胸肢。点線内で見られる蛍光は、餌として食べたクロレラ由来の蛍光。

図2
ヴリル(Vrille)遺伝子を強制的に働かせたメスのミジンコ(真ん中の列)。左は対照のメス、右がオスである。全身で赤色蛍光が検出された。An1、T1、Geはオスに代表 的な器官である第1触角、第1胸脚、生殖器である。

研究の背景

環境により性を決める生物のほとんどは野生生物であり、「飼育がしやすい」、「増殖が早い」など研究室内での実験に適した特徴を持たないことが多く、これまで性を決める仕組みはほとんど明らかになっていませんでした。渡邉教授と加藤助教らは、実験動物として適した特徴を持つミジンコで遺伝子操作※2の技術を開発し、ミジンコをモデルとして環境による性決定の仕組みの研究を進め、これまでにダブルセックス1遺伝子※3 がオスの性決定遺伝子であることを発見していました。しかし、この遺伝子がいつ、どこで環境刺激に応答して働くようになるのかはわかっていませんでした。

研究の成果

渡邉教授、加藤助教らの研究グループでは今回、ゲノム編集技術※4により、ダブルセックス1遺伝子の代わりに環境ストレスに刺激されて蛍光タンパク質※5が働くように遺伝子を改変した遺伝子組み換えミジンコを作りました。顕微鏡下で蛍光を観察することで、生きたまま体内でダブルセックス1遺伝子が働いているタイミング、場所を調べることができるようになりました。その結果、ダブルセックス1遺伝子は産卵後11時間で一次形成体※6と呼ばれる体の基本構造を作るために必要な場所で最初に活性化され、その後オスに特徴的な触角や生殖器を作るために働いていることがわかりました。(図1)

次に、環境刺激を受けた後、どの遺伝子がダブルセックス1遺伝子のスイッチをオンにしているのかを調べるため、同グループでは、ダブルセックス1遺伝子が働きはじめるよりも前にオスのみで働く遺伝子を探しました。すると、時計遺伝子として知られているヴリル遺伝子が、オスのみで産卵から6時間後に一時的に働くことを見つけました。そこで、作製した遺伝子組み換えミジンコのオスでヴリル遺伝子が働かないように遺伝子操作しました。すると蛍光が消失し、一方、メスで強制的にヴリル遺伝子を働かせると蛍光が検出されました(図2)。このことから、ミジンコでは環境ストレスに応答して生後6時間後にヴリル遺伝子によるダブルッセックス1遺伝子の活性化がおこり、オスの性が決定されていることが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

地球上のほとんどの生物が有している特徴“性”が、進化の過程で環境に応答するようになった仕組みを遺伝子レベルで解明した本研究は、アリストテレスの時代から議論があった性を決める仕組みの多様性、進化の理解に大きく貢献できます。一次形成体でのダブルセックス1遺伝子の活性化、時計遺伝子の性決定における働きはこれまで他の生物では報告されていません。これは普遍的な“性”とは対照的に、生物は種を残すために性を決める仕組みをフレキシブルに進化させてきたとも捉えることができるでしょう。一方で、甲殻類であるミジンコの性決定遺伝子とその遺伝子操作技術は、商業的に重要なエビやカニなどにも応用できる可能性があり、甲殻類の養殖で求められているオスまたはメスのみを用いた単性養殖技術の開発にもつながることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2017年11月2日(木)19時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)、11月3日(金)3時(日本時間)に米国科学誌「PLoS Genetics」(オンライン)に掲載されました。

「Scientific Reports」
タイトル:“Mapping the expression of the sex determining factor Doublesex1 in Daphnia magna using a knock-in reporter”
著者名:Quang Dang Nong、Nur Syafiqah Mohamad Ishak、Tomoaki Matuura、Yasuhiko Kato、Hajime Watanabe.

「PLoS Genetics」
タイトル:“Co-option of the bZIP transcription factor Vrille as the activator of Doublesex1 in environmental sex determination of the crustacean Daphnia magna”
著者名:Nur Syafiqah Mohamad Ishak、Quang Dang Nong、Tomoaki Matuura、Yasuhiko Kato、Hajime Watanabe

研究者のコメント

これまでに遺伝子操作技術をオオミジンコで確立したことで、オオミジンコをモデルとして環境による性決定の仕組みを遺伝子レベルで解析することができるようになりました。遺伝子を操作するために、体内に遺伝子などを注入する技術は生物種に応じてカスタマイズする必要があり、生物種によっては不可能な場合もあります(卵が硬い、柔らかすぎるなど)。ミジンコでも10年かけてようやく遺伝子操作技術が整ってきました。この点が最大のアピールポイントです。

用語説明

※1 時計遺伝子
体内時計をコントロールする遺伝子。2017年ノーベル生理学・医学賞は、ショウジョウバエを用いて体内時計の仕組みを明らかにしたアメリカの研究者3人に送られた。

※2 遺伝子操作
生物が持っている遺伝子の働きを抑えたり、強制的に働かせたりすること。

※3 ダブルセックス1遺伝子
オオミジンコのオスを決める遺伝子。この遺伝子の働きは、ミジンコだけではなく、ヒトからハエまでほとんどの動物のオスまたはメスで、“性”に特異的な役割を持っていることが知られている。

※4 ゲノム編集技術
遺伝子操作の中でも、ゲノムDNAを切断することで遺伝子の機能の破壊を行うことや、切断した箇所に別の遺伝子を組み込む技術。

※5 蛍光タンパク質
蛍光を発するタンパク質。通常遺伝子の産物であるタンパク質は光を発しないので、いつどこで遺伝子が働きタンパク質が作られたかを調べることは難しいが、目的の遺伝子を蛍光タンパク質を作る遺伝子に変えることで、蛍光を観察することで遺伝子の働きを調べることが可能となる。本発見により下村脩博士らが2008年にノーベル化学賞を受賞。

※6 一次形成体
発生の運命決定に重要な役割を果たす胚の一部の領域。1924年にドイツの発生学者ハンス・シュペーマンらがイモリの胚を用いて、この領域を切り取り別の個体に移植するとそこからもう一つの胚が形成されることを示した有名な実験がある。1935年にノーベル生理学・医学賞を受賞。

参考URL

大阪大学工学研究科 生命先端工学専攻(渡邉研究室)
http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ez/index.html

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