生命科学・医学系

2017年9月19日

研究成果のポイント

・網羅的遺伝子スクリーニング技術を用いて、マウス生体内で上皮性卵巣がんの新規治療標的を探索した結果、核輸送因子をコードする遺伝子KPNB1を含む多数の新規治療標的を同定。
・抗寄生虫薬として広く安全に使用されているイベルメクチンが、KPNB1依存性の抗腫瘍効果を有しており、パクリタキセルとの併用で強い腫瘍退縮効果を示すことが判明。
・上皮性卵巣がん治療において、イベルメクチンのドラッグ・リポジショニングの可能性が示された。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の小玉美智子助教(産科学婦人科学)、小玉尚宏助教(消化器内科学)、木村正教授(産科学婦人科学)、およびテキサス大学のナンシー・ジェンキンス教授(MDAnderson Cancer Center)らの研究グループは、マウス生体内において、shRNA※1並びにCRISPR/Cas※2ライブラリーを用いた網羅的遺伝子スクリーニングを行い、多数の上皮性卵巣がん新規治療標的遺伝子を発見しました。

上皮性卵巣がんは進行した状態で発見されることが多く、現在の標準治療では予後※3不良で、新規治療薬の開発が待ち望まれています。

今回、小玉助教らの研究グループは、核輸送因子をコードする遺伝子KPNB1※4の阻害が、アポトーシス※5の誘導や細胞周期の停止を介して抗腫瘍効果を発揮することを明らかにしました。また、抗寄生虫薬として臨床使用されているイベルメクチン※6がKPNB1の阻害作用を有しており、パクリタキセル※7との併用で相乗的な抗腫瘍効果を発揮することを発見しました(図1)。今後、上皮性卵巣がんに対して、イベルメクチンのドラッグ・リポジショニング※8や同定された新たな治療標的遺伝子に対する創薬化が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Science of the United States ofAmerica(PNAS)」に、8月15日に公開されました。

図1 イベルメクチンの抗腫瘍効果

研究の背景

上皮性卵巣がんは進行した状態で発見されることが多く、現在の標準治療である手術及びパクリタキセル・カルボプラチン併用療法※9によっても、依然として5年生存率が50%を切る予後不良のがんであり、新規治療薬が待ち望まれています。

がんは遺伝子の変異による病気であるという考え方に基づき、昨今、卵巣がんを含む各種がんに対する全ゲノムシークエンス解析※10が世界的なプロジェクトとして行われてきました。その結果、上皮性卵巣がんにおいては、創薬化が困難ながん抑制遺伝子であるp53の変異を約90%の症例において認めたものの、その他の遺伝子異常は低頻度に過ぎませんでした。この為、数百例のシークエンス結果を用いた解析においても、その中から新規治療標的を同定することは困難でした。

本研究の成果

小玉助教らのグループは、異なる二種類の遺伝子ライブラリーをそれぞれヒト卵巣がん細胞に導入し、さらにそれらの細胞を免疫不全マウスに投与して、生体内にできた腫瘍での数千から数万の遺伝子の働きを網羅的に調べました(図2)

一つ目は創薬可能遺伝子shRNAライブラリーを用いて約7,500の遺伝子を個々に発現抑制し、もう一つは、全ゲノムCRISPR/Casライブラリーを用いて、ヒトに存在する約22,000の遺伝子全てを個々に破壊しました。研究グループは、遺伝子の抑制や破壊により著しく腫瘍形成阻害作用が生じる多数の新規治療標的遺伝子を同定しました。

中でも特に強い阻害作用を有したKPNB1(図3)に着目し、KPNB1阻害が、アポトーシス誘導や細胞周期の停止を誘導することを明らかにしました。また、上皮性卵巣がん患者由来の遺伝子発現データを解析すると、KPNB1発現が高い症例では生命予後が悪く、KPNB1は非常に有望な新規治療標的と考えられました。

さらに、既に長らく臨床で用いられている抗寄生虫薬であるイベルメクチンが、KPNB1依存性の抗腫瘍効果を有していることを発見し、現在の標準治療薬剤の一つであるパクリタキセルとの併用が上皮性卵巣がんの新規治療戦略となる可能性を証明しました。

図2 マウス生体内での網羅的遺伝子スクリーニングの概略

図3 新規治療標的KPNB1の抗腫瘍効果

本研究成果が社会に与える影響

本研究成果により、卵巣がんに対して、イベルメクチンのドラッグ・リポジショニングや同定された新たな治療標的遺伝子に対する創薬化が加速し、予後不良な卵巣がん患者の生命予後改善に寄与することが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2017年8月15日に米国科学誌「Proceedingsof the National Academy of Science of theUnited States of America(PNAS)」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】“In vivo loss-of-function screens identify KPNB1 as a new druggable oncogene in epithelial ovariancancer ”
【著者名】Michiko Kodama1,2,+, Takahiro Kodama2,3,+ (*), Justin Y. Newberg2,4, Hiroyuki Katayama5, Makoto Kobayashi5, Samir M. Hanash5, Kosuke Yoshihara6, Zhubo Wei2, Jean C. Tien2,7, Roberto Rangel2,8, Kae Hashimoto1, Seiji Mabuchi1, Kenjiro Sawada1, Tadashi Kimura1, Neal G. Copeland2,9, and Nancy A.Jenkins2,9(*)
+同等貢献、(*)責任著者
1 大阪大学 大学院医学系研究科 産科学婦人科学
2 Houston Methodist Research Institute, Cancer Research Program
3 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科学
4 Moffitt Cancer Center, Department of Molecular Oncology
5 University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Clinical Cancer Prevention
6 新潟大学 医歯学総合研究科 産科婦人科学
7 University of Michigan, Department of Pathology
8 University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Immunology
9 University of Texas MD Anderson Cancer Center, Department of Genetics

用語説明

※1 shRNA(short hairpin RNA)
細胞内に導入すると、標的遺伝子のmRNAの発現が抑制される。

※2 CRISPR/Cas(クリスパー・キャス)
ゲノムDNA上の標的の塩基配列を認識して切断するゲノム編集技術。標的遺伝子を破壊したノックアウト細胞を作製できる。

※3 予後
病気や治療などの医学的な経過についての見通し。予後不良とは、回復する見込みが少ないことを示す。

※4 KPNB1(Karyopherin beta-1または、importin beta-1)
核輸送因子であり、様々なタンパク質を細胞質から核内へ輸送している。

※5 アポトーシス
個体の生命維持のために、不要な細胞や異常な細胞を自ら死滅するように制御されたメカニズム。アポトーシスに対して耐性を獲得することは、癌細胞の重要な性質の一つとして知られている。

※6 イベルメクチン
熱帯・亜熱帯地方の寄生虫による感染症(オンコセルカ症、フィラリア症)や、ダニの寄生によって起こる疥癬(かいせん)の治療薬。大村智博士が、放線菌より発見したエバーメクチンの効果を高め、副作用を軽減する目的で開発された。

※7 パクリタキセル
微小管阻害薬で、細胞分裂阻害作用を有する。

※8 ドラッグ・リポジショニング
既存の医薬品や開発を中止した候補化合物から新しい薬理作用を見出し、新たな治療薬として開発すること。

※9 パクリタキセル・カルボプラチン併用療法
卵巣がんに対する化学療法の中で、第一に選択される最も標準的な治療。白金製剤であるカルボプラチンはDNA合成阻害作用を有し、微小管阻害薬であるパクリタキセルは細胞分裂阻害作用を有する。

※10 全ゲノムシークエンス解析
細胞内のゲノムDNA配列すべてを解読する方法。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 産科学婦人科学教室
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/gyne/www/index.html

この組織の他の研究を見る

Tag Cloud

back to top