生命科学・医学系

2017年9月15日

研究成果のポイント

・既存のフラグメント抗体の欠点を克服した小型フラグメント抗体フォーマットを開発した
・抗体は医療や研究の様々な分野でツールとして利用されており、抗体を小型化したフラグメント抗体も様々なデザインのものが開発されているが、いずれも生産性、安定性などに問題を抱えていた
・本研究で開発したフラグメント抗体は万能性に優れ、特に抗体を利用したX線結晶構造解析への応用が期待される

概要

大阪大学蛋白質研究所の高木淳一教授らの研究グループは、全く新しいデザインのフラグメント抗体※1のフォーマットを開発しました。

近年、バイオ医薬品として注目されている抗体分子は、研究用のツールとしても様々な分野で応用されています。その際、全長の抗体をそのまま使うだけでなく、用途によっては断片化して小さくした抗体(フラグメント抗体)が利用されることもあります。フラグメント抗体はいろいろなデザインのものが開発されていますが、従来のフラグメント抗体はいずれも生産性や安定性などに問題を抱えており、万能と呼べるフラグメント抗体のフォーマットはこれまで存在しませんでした。

今回、高木淳一教授らの研究グループは、全く新しいフラグメント抗体のフォーマットを開発し、これを“Fv-clasp”と名付けました。様々な生化学的な実験の結果、Fv-claspは従来のフラグメント抗体が持つほとんどの欠点を克服した優れた性質を有していることがわかりました。特に、Fv-claspは非常に結晶になりやすい性質を有しているため、創薬ターゲット蛋白質など医学的・生物学的に重要な蛋白質のX線結晶構造解析※2への応用において有用であると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Structure」に、9月15日(金)午前1時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

元来、生体の免疫応答の場で働く抗体分子は、抗原分子に対して特異的に結合する性質から、医療や研究において今や欠かせないツールとなっています。X線結晶構造解析の分野では、標的となる蛋白質に抗体を結合させることで、標的蛋白質の構造を安定化させたり、分子同士の会合を促進させたりすることが期待できるため、結晶になりにくい蛋白質の結晶化を促進させるためのツールとして抗体が利用されています。その際、全長抗体では構造に柔軟性があり結晶化には適していないため、断片化して分子量を小さくしたフラグメント抗体が用いられます。これまで多くの場合、Fab※3や一本鎖抗体(scFv)※4が結晶化に用いられてきましたが(図1左)、これらは、フラグメント抗体として理想的とは言い難い様々な問題を抱えています。例えば、ほとんどのFabは比較的安価に培養できるバクテリアでの生産が困難であり、動物細胞を用いて発現させた全長抗体を酵素処理することにより得るため、生産にコストがかかります。

また、Fab の構造内にも可動性があることが知られており、この性質は結晶化の阻害要因となります。一方、抗体のFv領域を構成するVHとVLを長いペプチドで繋いだデザインであるscFvは、バクテリアでの生産が可能ですが、VHとVLの間の相互作用が弱いため、しばしば不安定化や活性の低下を招いてしまいます。このように、これまでは万能と言えるフラグメント抗体のフォーマットはありませんでした。

図1 新規フラグメント抗体(Fv-clasp)のデザインコンセプト
Fv-claspは、抗体のFv領域(緑:重鎖、水色:軽鎖)とMst1タンパク質に由来するSARAHドメインを融合させて作製された。Fv-claspでは、抗体のFvを構成するVHとVLの二量体構造が、SARAHドメイン(濃いピンクと薄いピンクの二量体構造)によって安定化されている。

研究の内容

本研究グループは、これまでのフラグメント抗体が持つ欠点を克服する新しいデザインのフラグメント抗体フォーマット(Fv-clasp)を考案しました。これは、抗原の結合に直接かかわる抗体のFv領域に、抗体とは全く関係のない蛋白質であるヒトMst1が持つSARAHドメインを融合した設計になっています(図1右)。Fv-claspでは、コンパクトな構造のSARAH ドメインが“留め金(=clasp)”となり、“Fv”を構成するVHとVLの二量体構造がしっかりと固定されています(図2)。このフォーマットはどんな抗体にも応用でき、抗原結合活性を保持したFv-claspをバクテリアにより容易に生産することが可能でした。しかもこのようにして得たFv-claspは、非常に高い熱安定性と極めて結晶になりやすい性質を有していることがわかりました。また、これまで結晶化が困難だった分子に対してFv-claspを結合させることで、初めて結晶構造解析に成功した例も得られています。したがって、Fv-claspは既存のフラグメント抗体の欠点を補う極めて有用なフラグメント抗体であると言え、特に抗体を用いたX線結晶構造解析への応用が期待されます。

図2 Fv-claspの立体構造
X線結晶構造解析により決定したFv-claspの実際の立体構造

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

薬を設計するうえで、蛋白質の立体構造は非常に有用な情報となります。しかし、膜蛋白質などの創薬ターゲット蛋白質には、X線結晶構造解析において必須である結晶を得ることが困難なものが多くあります。最近では、このようなターゲット蛋白質にフラグメント抗体を結合させて結晶を作成する方法が主流となっており、多くの成果を挙げています。

Fv-claspは既存のフラグメント抗体よりも非常に結晶になりやすいため、これを利用することにより、結晶になりにくい創薬ターゲット蛋白質の構造決定がさらに加速することが期待できます。また、Fv-claspは生体内(血液中)でも高い安定性を示すことが予想されるため、低コストの抗体医薬としての応用も期待出来ます。

本技術は和光純薬工業株式会社との共同で特許出願中であり、産業応用を目指した研究開発を継続中です。

特記事項

本研究成果は、2017年9月15日(金)午前1時(日本時間)に米国科学誌「Structure」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Fv-clasp: An artificially designed small antibody fragment with improved production compatibility, stability, and crystallizability”
著者名:Takao Arimori, Yu Kitago, Masataka Umitsu, Yuki Fujii, Ryoko Asaki, Keiko Tamura-Kawakami, and Junichi Takagi

なお、本研究成果は、日本医療研究開発機構(AMED)が実施する創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業の支援により得られました。

研究者のコメント

Fv-claspはどんな抗体にも適用でき、簡単に作れ、安定性が高い、まさに理想のフラグメント抗体であると言えます。また、熱安定性が高いことや、ヒトの蛋白質由来のSARAHドメインを利用していること(免疫原性が低いことが予想される)は、Fv-claspが抗体医薬のフォーマットとしても応用できる可能性を秘めていると思います。今後、あらゆる分野においてFv-claspがフラグメント抗体のフォーマットとして第一選択肢となり、幅広く社会に貢献できることを願っています。

用語説明

※1 抗体、フラグメント抗体
抗体は、抗原と呼ばれる特定の分子に対して結合することができる蛋白質。50~77kDaの重鎖2本と約25kDaの軽鎖2本から構成され、Y字型の構造を有する。多様な抗原に結合できるように、VHとVLにより構成される可変領域に含まれる相補性決定領域に多様性を持つ。フラグメント抗体は、抗体分子を断片化し分子量を小さくしたもの。抗原結合能を持つ断片(Fab、scFvなど)と抗原結合能を持たない断片(Fcなど)に大別できる。

※2 X線結晶構造解析
蛋白質の立体構造を原子レベルで解明するための代表的な方法。目的蛋白質の結晶を作成し、その結晶にX線を照射して得られる画像を解析することで、蛋白質の立体構造情報が得られる。

※3 Fab
抗体をパパインのような蛋白質分解酵素で切断して得られる断片のうち、抗原結合能をもつものをFragment antibody binding、省略してFab断片とよぶ。これはY字型の抗体のもつ、2本の手に相当する部分である。

※4 一本鎖抗体(scFv)
抗体のなかで抗原結合能をもつ領域を Fragment variable (Fv)と呼ぶが、この部分は重鎖と軽鎖の二つのサブユニットから構成される。遺伝子組換えでこの断片を生産する際に、これらを遺伝子工学的につないでひとつながりのポリペプチドにすることで、サブユニットの解離を抑制して機能をもつフラグメント抗体とすることが出来る。これを一本鎖抗体あるいは single chain Fv (scFv)と呼び、現在最も小型のフラグメント抗体として様々な用途に応用されている。

参考URL

蛋白質研究所 分子創製学研究室
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/rcsfp/synthesis/

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