自然科学系

2017年7月13日

研究成果のポイント

・有機化合物の中で最も強い炭素とフッ素の結合を切断し、炭素と炭素をつなぐコバルト触媒を開発
・従来の触媒反応では反応しない炭素—フッ素結合を反応に使えるので、従来法と組み合わせることにより、複雑な分子を簡便に合成
・反応性がないと考えられていた有機フッ素化合物が有機化合物を作る試薬として有望であることを明らかにし、有機フッ素化合物の反応試薬としての利用拡大が期待

概要

大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻の神戸宣明教授、岩﨑孝紀助教らの研究グループは、有機フッ素化合物※1の炭素※2とフッ素※3の結合を切断し、新たに炭素と炭素の結合を作るコバルト触媒の開発に成功しました(図1)

フッ素はテフロン樹脂から想像できる様に、炭素と非常に安定な化合物を作ります。そのため、有機フッ素化合物の炭素とフッ素の結合を切断することは容易ではないと考えられてきました。

今回、神戸宣明教授、岩﨑孝紀助教らの研究グループは、適切な触媒を設計することにより、この最強の結合を切断するクロスカップリング反応※4を開発しました。また、今回開発した触媒は炭素とフッ素の結合を選択的に切断する特徴があります。すなわち、有機合成の反応試薬※5として広く利用されている臭素や塩素といったより反応性の高いハロゲン※6と炭素の結合を損なうことなく、最強の炭素—フッ素結合を切断します。本研究により、これまで安定すぎて使えないと考えられていた有機フッ素化合物の新たな利用価値を明らかにしました。また、従来の触媒反応と本研究成果を組み合わせることで有機化合物を自在に合成することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Organic Letters」の速報版としてジャーナルHPに、2017年7月7日(金)(日本時間)に公開されました。

図1 本研究の概略

研究の背景

フッ素は周期表で右から二番目のハロゲン元素の一番上に位置する元素です。フッ素はテフロンなどのフッ素樹脂や歯磨き粉、代替フロンなど身の回りで多く利用されています。その特徴は、テフロンから想像できる様に炭素と非常に安定な化合物を作ることにあります。この炭素とフッ素の安定な結合は、医薬品の安定性を改善するためにも使われています。一方、炭素とフッ素の結合が強すぎるため、これを切断し有機合成に利用することは困難と考えられていました。実際に、有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物※7とのクロスカップリング反応に有機フッ素化合物を加えても炭素—フッ素結合は全く反応しません。また、有機合成によく利用される触媒反応の多くは炭素—フッ素結合を切断することができません。そのため、従来のクロスカップリング反応では、有機ハロゲン化合物として反応性に優れる臭素およびヨウ素化合物が使われていました。

本研究グループは、2013年にハロゲン化アルキル※8と有機マグネシウム試薬(グリニャール試薬)※9とのクロスカップリング反応に高い触媒性能を示すコバルト触媒を開発しました。以前の研究ではハロゲン化アルキルのハロゲンとして反応性に優れるヨウ素と臭素が利用できることを明らかにしていましたが、フッ素の場合には効率が低いことを報告していました。今回、このコバルト触媒を改良することにより、有機フッ素化合物の一種である、フッ化アルキルにも利用できる触媒の開発に成功しました(図2)

図2 コバルト触媒によるフッ化アルキルとグリニャール試薬とのクロスカップリング反応

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

これまで有機合成は反応試薬として利用されていなかったフッ化アルキルが、適切な触媒を用いることにより優れた反応試薬となることが明らかとなりました。さらに、炭素—フッ素結合が様々な反応試薬や触媒と反応しないことを利用すると、これまでの合成経路を一変する様な反応経路の設計が可能となります。例えば、図3に示すように、炭素—フッ素結合を持つ原料に対して、宮浦—ハートウィグホウ素化反応※10、鈴木—宮浦カップリング反応を行うことにより、フッ素を損なうことなくビアリール骨格※11を作ることができます。ついで、本研究成果であるコバルト触媒を用いることにより、フッ素をアルキル基に変換することが可能です。

他にもさまざまな触媒反応に対してフッ化アルキルが不活性であることを明らかにしました。また、今回開発したコバルト触媒が従来の触媒反応の基質として用いられるベンゼン環に結合した臭素とは全く反応しないなど、従来の触媒と相補的な反応性を示すことも解明しました。

従来の触媒反応と本研究成果を組み合わせることにより、有機化合物を自在に合成するツールになると期待できます。また、これまで反応試薬として利用が進んでいなかった有機フッ素化合物の反応試薬としての価値を見直すきっかけになり、同じハロゲン元素の塩素、臭素、ヨウ素と同じようにフッ素の利用範囲が広がると期待されます。

図3 本研究成果と既存の触媒反応を組み合わせた合成反応の例

特記事項

本研究成果は、2017年7月7日(金)(日本時間)に米国科学誌「Organic Letters」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Co-Catalyzed Cross-Coupling Reaction of Alkyl Fluorides with Alkyl Grignard Reagents”
著者名:Takanori Iwasaki, Koji Yamashita, Hitoshi Kuniyasu, and Nobuaki Kambe
DOI:10.1021/acs.orglett.7b01370

なお、本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金および日独共同大学院プログラム、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(中分子戦略)、公益財団法人住友財団、公益財団法人上原記念生命科学財団、ならびに公益財団法人池谷科学技術振興財団の支援を受けて行われました。

用語説明

※1 有機フッ素化合物
炭素と水素からなる有機化合物の水素がフッ素に置き換わった化合物。フッ素原子は分子間力が小さいため分子間の摩擦力が小さい。そのため、フッ素の数が多くなると、もとの有機化合物と異なる性質を示す。テフロン(-CF2CF2-)nは水も油も弾くのでテフロンコーティングなどに応用されている。

※2 炭素
原子番号6番元素で元素記号はC。ダイヤモンドや黒煙、フラーレンは炭素がつながった化合物である。また、有機化合物の基本骨格は炭素と水素から成る。

※3 フッ素
原子番号9番元素で元素記号はF。全元素中で電子を引きつける力(電気陰性度)が最も強い元素である。単体であるフッ素分子(F2)は極めて反応性が高いが、フッ素は様々な元素と安定な結合を形成するため、化合物は安定なものが多い。

※4 クロスカップリング反応
二つの異なる有機分子を連結する反応。狭義には有機ハロゲン化合物と有機金属試薬の二つの炭素を連結する反応をいい、代表的なパラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応の開発により、鈴木章教授、根岸英一教授らに2010年ノーベル化学賞が授与された。

※5 反応試薬
反応を引き起こすために必要なエネルギーを有する試薬のこと。有機化学では反応試薬がほかの分子と反応することにより、よりエネルギーの低い化合物へと変化することを利用して様々な反応を行う。

※6 ハロゲン
周期表で右から2番目の17族元素。フッ素、塩素、臭素、ヨウ素を総称してハロゲン元素とよび、その化合物をハロゲン化合物、ハロゲンを含む有機化合物をとくに有機ハロゲン化合物という。特定のハロゲンを含む化合物は、フッ素化合物、塩素化合物のようによぶ。ハロゲン原子は他の原子と一つの結合をつくる。電気陰性度が大きいため、炭素とハロゲンとの結合は分極している。この分極が炭素―ハロゲン結合が反応性を示す要因である。一般に炭素―ハロゲン結合の切れやすさはヨウ素>臭素>塩素>フッ素の順である(図1、炭素とハロゲンとの結合のエネルギー参照)。

※7 有機ホウ素化合物(鈴木―宮浦カップリング反応)
炭素とホウ素(B)が結合した化合物。塩基によって炭素とホウ素の結合が活性化される特徴を持つ。この特徴を利用したのがクロスカップリング反応の代表例である鈴木―宮浦カップリング反応である。パラジウム(Pd)を触媒として用い、有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化合物とを連結することができる。

※8 ハロゲン化アルキル(フッ化アルキル)
飽和炭化水素の水素がハロゲン原子で置換された化合物。ハロゲンとしてはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素があるが、有機合成反応には反応性に優れる塩化、臭化、およびヨウ化アルキルがもっぱら用いられる。

※9 有機マグネシウム試薬(グリニャール試薬)
グリニャール試薬は、有機ハロゲン化合物に金属マグネシウムを作用させて得られる化合物。炭素とマグネシウムの結合を持ち、その炭素は高い反応性を示す。本研究ではアルキル基が結合したアルキルグリニャール試薬を用いた。また、アルキル基として、マグネシウムが結合する炭素が3つの炭素と結合する第3級アルキル基を利用できることも本反応の特徴である。

※10 宮浦—ハートウィグホウ素化反応
ベンゼン環の炭素—水素結合を切断し、ホウ素を導入する触媒反応。得られるホウ素試薬は鈴木—宮浦カップリングに利用できることより、2段階の反応によりベンゼン環どうしをつなぐことができる優れた反応。

※11 ビアリール骨格
ベンゼン環が2つつながった有機化合物の骨格の総称。液晶などの機能性有機化合物としてビアリール骨格にアルキル基が結合した化合物が多く知られており、図3に示した成果は、機能性材料の合成手法としても期待される。

研究者のコメント

これまで有機フッ素化合物はその安定性から反応試薬としては全く注目されていませんでした。しかし、我々は最近、今回の研究成果を含め、フッ化アルキルを反応試薬として用いる反応を多数開発しています。また、幾つかの反応では他の有機ハロゲン化合物では反応性が高すぎるためか反応が複雑になり、望む化合物が得られないこともあります。

これらの成果は、有機フッ素化合物の反応試薬としての潜在的な可能性を示すものです。将来的には他の有機ハロゲン化合物と同じように有機フッ素化合物が実験室の試薬棚に並び、化学者の合成ツールとして利用されるようになることを期待しています。

参考URL

大学院工学研究科触媒合成化学領域
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~catsyn/index.html

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