自然科学系

2017年4月7日

本研究成果のポイント

・生命活動の鍵を握るATPエネルギーにおける水の役割を解明
・超並列の大規模量子/古典ハイブリッドシミュレーションを駆使することで可能に
・細胞内に大量に含まれつつも、その役割に謎の多い水について、定量的なエネルギー論が展開されることが期待されます。

概要

アデノシン三リン酸(ATP)は、私たちの生命活動のエネルギー媒介物質です。細胞内では、ATPがアデノシン二リン酸(ADP)と無機リン酸(Pi)に加水分解されるときに放出されるエネルギーが使われます。そのATPエネルギーの詳細な分子メカニズムが、東北大学理学研究科高橋英明准教授によって明らかにされました。大阪大学松林伸幸教授と共同開発した手法を用い、新学術領域「水和とATP」(領域代表鈴木誠教授・東北大学工学研究科)の主要な成果として米国科学誌(J. Phys. Chem. B)に2月21日に掲載されました。

図1 水中におかれたATP4-に対する量子力学
古典力学ハイブリッドシミュレーションのスナップショット。ここでATP溶質は量子化学的に計算され、それをとりまく水分子は古典的な力場による水分子モデルを使用した。青/黄の透明な当値面は、それぞれ水中での平均的電子密度から3.0x10-4au時々刻々増減していることを示している。このように、溶質イオンの周りの水分子集団の動きに伴う、ATPの電子状態のゆらぎが正確にシミュレーションで再現される

研究の背景

これまでATPエネルギーの物理的理解のために多くの研究がなされてきましたが、実験値を定量的な説明に至ることは無く、ATPエネルギーの起源は難問として残されました。

研究の成果

このたび、東北大学理学研究科の高橋英明准教授らの研究グループは、多数のCPUを並列に繋いで計算するシステムを独自に開発することによってATPやADPについて高速の量子力学シミュレーションを可能とし、さらに大阪大学基礎工学研究科の松林伸幸教授が開発した高精度高速の水和自由エネルギー計算手法を融合することで、遂に水中におけるATP加水分解反応のエネルギーを高い精度で計算することに成功しました。

計算によれば、ATPの解離に伴う電子エネルギーの大きな低下と溶質の水和自由エネルギーの大きな上昇が、水という媒体の中で相互に精妙にキャンセルすることが分かり、結果として、加水分解自由エネルギーがATPのイオン価数によらずほぼ一定の値になることの微視的メカニズムが初めて明らかにされました。このことは、生物学の教科書に記載されているATPエネルギー放出についての多くの記述を書き換えるものです。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果で、生命活動に必須のATPエネルギーに溶媒である水が決定的な寄与をしていることが示唆されたため、細胞内に大量に含まれつつも、その役割に謎の多い水について、定量的なエネルギー論が展開され、役割の解明に近づくことが期待されます。

特記事項

本研究成果は、米国科学誌「Journal of Physical Chemistry B」に2月21日に掲載されました。

タイトル:“Drastic Compensation of Electronic and Solvation Effects on ATP Hydrolysis Revealed through Large-Scale QM/MM Simulations Combined with a Theory of Solutions”
著者名:Hideaki Takahashi, Satoru Umino, Yuji Miki, Ryosuke Ishizuka, Shu Maeda, Akihiro Morita, Makoto Suzuki, and Nobuyuki Matubayasi
DOI: 10.1021/acs.jpcb.7b00637
http://pubs.acs.org/articlesonrequest/AOR-AKpdCybMVEdIgzrw2hDz

用語説明

※1 アデノシン三リン酸(ATP)
アデニン(核酸を構成する塩基の1つ)とリボース(棟の1種)からなるヌクレオシドであるアデノシンに3つのリン酸が付いた化合物。リン酸部分の反応によって、生命活動に必要なエネルギーが媒介される。生物のエネルギー変換全般(エネルギー代謝)において中心を占め、「エネルギー通貨」の役割を果たしている。

※2 アデノシンリン酸(ATP)
アデノシンに2つのリン酸が付いた化合物。ATPの加水分解で生成される。

※3 無機リン酸(Pi)
リンのオキソ酸。化学式はH3PO4

※4 水和自由エネルギー計算手法
水和自由エネルギーとは、ある溶質が真空から水に移行する際の自由エネルギー変化を指す。これがより負であるほど、溶質は水溶媒によって安定化される。水和自由エネルギーの計算では、溶媒として多量に存在する水分子と溶質分子の相互作用を取り入れるだけではなく、水の集合様態をも考慮に入れる必要がある。そのため、計算コストが高く、大規模計算が必要になり、また、液体理論を援用することで計算の高速化を図ることもある。

参考URL

大阪大学大学院基礎工学研究科 化学工学領域 環境・エネルギーシステム講座(松林研究室)
http://www.cheng.es.osaka-u.ac.jp/matubayasi/index.html

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