2017年2月6日

リリース概要

川畑貴裕京都大学大学院理学研究科准教授、久保野茂理化学研究所仁科加速器研究センター客員主管研究員、岩佐直仁東北大学大学院理学研究科准教授らの研究チームは、大阪大学核物理研究セン ターの施設を用いて、ビッグバンによる元素合成で起こる7Be+n→4He+4He反応の断面積※1を初めて測 定することに成功しました。ビッグバン元素合成で生成される元素のうち、7Li は理論的に予測されてい るよりも少ない量しか観測されていません。「宇宙リチウム問題」と呼ばれるこの問題を解く仮説の一つとして、今回取り上げた反応が高い確率で起こっている可能性が指摘されていましたが、今回の測定結果によりこの仮説では説明が難しいことが分かりました。ビッグバン元素合成の謎がさらに深まることを示唆する結果です。本研究成果は平成29年2月6日、アメリカ物理学会発行の学術誌Physical Review Lettersに掲載されました。

なお、本研究は、学生教育を兼ねつつ、京都大学理学部の卒業研究科目「物理科学課題研究P4」に所 属する学部4年生の手によって実施されました。また、大阪大学核物理研究センターから、大学の枠を超 えた教育用ビームタイムの提供を受けました。

図1

背景

多くの物理学者は、今から約140億年前におこったとされる「ビッグバン」によって、我々の宇宙が誕生したと考えています。ビッグバン理論によると、宇宙開闢の約10秒後から20分後にかけて「ビッグバン元素合成」がおこり、水素、ヘリウム、リチウムなどの軽い元素が生成されました。

宇宙初期における軽元素の生成量について、観測による推定値とビッグバン元素合成計算による予測 値を比較することは、宇宙創生のシナリオを明らかにする上で極めて重要な知見をもたらします。

水素とヘリウムの同位体については、生成量の観測推定値と理論予測値が良く一致している一方で、 7Liについては、生成量の観測推定値が理論予測値の約1/3でしかないという重大な不一致が知られています。この不一致は「宇宙リチウム問題」と呼ばれ、ビッグバン理論に残された深刻な問題として世界中の研究者の関心を集めています。

7Liは3He+4He→7Be+γ反応によって生成された7Beが、ビッグバン元素合成終了後に、53.3日の半減期で電子捕獲崩壊※2することで生成されたと考えられています。しかし、3He+4He→7Be+γ反応の断面積は、過去に十分な精度で測定がなされており、7Beの生成確率を減少させることで宇宙リチウム問題を解決できる可能性は、すでに否定されています。

7Beは電子捕獲崩壊して7Liに変化するほかに、原子核反応によって他の原子核に変化しています。 7Beに対して、最も高い確率で起こると考えられている反応は7Be+n→7Li+pですが、この反応の断面積も、過去に十分な精度で測定されており、この反応がビッグバン元素合成計算による予測値を大きく変更する可能性も、すでに否定されています。次いで高い確率で起こると考えられている反応が7Be+n→4He+4He反応です。しかし、ビッグバン元素合成に関係するエネルギー領域では実験条件が難しく、 実際にこの反応の断面積が測定されたことはありませんでした。この反応の断面積によっては、大部分の7Beが電子捕獲崩壊する前に4Heに変化してしまい、結果として7Liの最終的な生成量が減少することで、宇宙リチウム問題が説明できると期待されていました。

7Be+n→4He+4He反応では、鏡映反応※3とよばれる陽子と中性子を入れ替えた反応、すなわち、7Li+ p→4He+4He反応の断面積はすでに知られており、鏡映反応の断面積から原子核の荷電対称性※4を仮定 して、間接的に7Be+n→4He+4He反応の断面積を推定しようという試みがなされていました。しかし、 ビッグバン元素合成エネルギーのような低いエネルギー領域においてクーロン力の影響を正しく取り扱うことは簡単ではなく、推定結果の信頼性が低いため、直接に7Be+n→4He+4He反応の断面積を測定することが強く望まれていました。

研究手法・成果

7Be+n→4He+4He反応は、7Beとn(中性子)がともに短寿命の不安定核であるため、この反応を測定することは容易ではありません。そこで、本研究では、逆反応である4He+4He→7Be+n反応の断面積を測定する手法を着想し、実験を実施した結果から、詳細釣り合いの原理※5を用いて7Be+n→4He +4He反応の断面積を決定することに成功しました。

測定は大阪大学核物理研究センターの中性子実験室において実施されました。同実験室は世界的に見 ても優れた特徴を備えており、中性子の精密測定を行うことが可能です。加速した4He2+ビームをHeガ ス標的に照射し、放出された中性子を測定することにより、7Beの基底状態と第一励起状態が生成された ことを確認し、その生成断面積を決定しました。

本研究によって初めて測定された7Be+n→4He+4He反応の断面積は、これまでビッグバン元素合成の理論計算に広く用いられていた推定値より約10倍も小さい値であり、宇宙初期において中性子が 7Beに衝突して2つの4Heに分解する反応の寄与は非常に小さいことが明らかになりました。

波及効果、今後の予定

7Be+n→4He+4He反応の断面積は、これまでの推定値よりも約10倍小さく、この反応によって宇宙初期に7Beが分解し、7Li生成量が減少していたことが宇宙リチウム問題の原因であったとする可能性は否定され、ビッグバン元素合成の謎はさらに深まることになりました。

宇宙リチウム問題の有力な解決策が否定されたことにより、原子核反応率の見直しや、標準ビッグバン 模型を超える新しい物理の探索など、宇宙リチウム問題へのさらなる研究を動機づけることになると期 待されます。

研究プロジェクトについて

科学研究費補助金(JP26287058、JP15H02091)

本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(B)(代表:久保野茂,JP26287058)の研究課題として、学部学生教育を兼ねつつ、京都大学理学部の卒業研究科目「物理科学課題研究P4」の研究テーマとして実施さ れました。実験提案書の執筆、中性子検出器とHeガス標的システムの開発およびテスト実験、測定、解 析、成果報告にいたる一連の過程は、教員らによる指導のもと、2014年度から2016年度にかけて課題研 究P4に在籍した3学年合計20名の学部4年生らによって実施されました。また、4He2+ビームの利用にあたっては、共同利用・共同研究拠点である大阪大学核物理研究センターから、大学の枠を超えた教育用 ビームタイムの提供を受けました。

論文タイトルと著者

タイトル: Time-reversal measurement of the p-wave cross sections of the 7Be(n,α)4He reaction for the cosmological Li problem
著者: T. Kawabata, Y. Fujikawa, T. Furuno, T. Goto, T. Hashimoto,
M. Ichikawa, M. Itoh, N. Iwasa, Y. Kanada-En’yo, A. Koshikawa, S. Kubono, E. Miyawaki, M. Mizuno, K. Mizutani, T. Morimoto, 
 M. Murata, T. Nanamura, S. Nishimura, S. Okamoto, Y. Sakaguchi,
I. Sakata, A. Sakaue, R. Sawada, Y. Shikata, Y. Takahashi, D. Takechi, T. Takeda, C. Takimoto, M. Tsumura, K. Watanabe, and S. Yoshida
掲載誌: Physical Review Letters

用語解説

※1 反応の断面積
量子力学的な粒子が衝突し、散乱ないしは反応を起こす確率を表す量のこと。

※2 電子捕獲崩壊
原子核の放射性崩壊の一種で、陽子過剰な原子核が電子を吸収して原子核内の陽子を中性子に変換すると同時に電子ニュートリノを放出する現象。電子捕獲崩壊した原子核は、質量数が同じで原子番号が1だけ小さな原子核に変化する。

※3 鏡映反応
ある原子核反応において、反応に関与する原子核中の陽子と中性子をそっくり入れ替えた反応。例えば、本研究で注目した7Be+n→4He+4He反応の鏡映反応は7Li+p→4He+4Heとなる。

※4 荷電対称性
原子核中の陽子と中性子をそっくり入れ替えても、電荷以外の性質は変わらないという性質。原子核において近似的に成り立つ。この性質に基づくと、電荷の影響を除けば、鏡映反応の断面積は近似的に等しい。しかし、本研究のように、 低エネルギーの反応では電荷によるクーロン力の影響を正しく取り扱うことが難しく、荷電対称性を仮定した断面積の推 定は信頼性が低くなる。

※5 詳細釣り合いの原理
原子核反応の時間反転不変性から導かれる性質で、順方向の反応断面積と逆方向の反応断面積は、スピン多重度や状態密度などの運動学的条件を除けば厳密に等しいという性質。

参考URL

大阪大学核物理研究センター
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/

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