2016年12月6日

本研究成果のポイント

・細胞内に局在する生体ナノマシン近傍のpHを高感度で計測する技術を確立
・これまで、局所でのpH定量を行うための蛍光輝度を得ることができていなかったが、安定なpHプローブ融合タンパク質を用いた高感度pHイメージング技術を開発したことで可能に
・今後、生体内のさまざまなイオンチャネルタンパク質の機能発現に関わる局所pH変化の計測が可能になり、疾患の高感度診断など基礎科学から医療まで幅広い分野への応用に期待

概要

大阪大学大学院生命機能研究科の森本雄祐招へい研究員(理化学研究所研究員兼任)、南野徹准教授、難波啓一教授らの研究グループは、バクテリア細胞がもつ直径45nmのべん毛モーター※1 内のpH※2 を、生きた細胞内で局所的に高感度計測する技術を世界で初めて確立しました。

サルモネラ菌などのバクテリアはべん毛と呼ばれるしっぽのような運動器官を持っています。これを自己構築的に組み上げるため、べん毛の根元にある回転モーターの内側には、べん毛タンパク質に特異的な輸送装置が存在しています(図1) 。このべん毛タンパク質輸送装置は、ATP※3 と水素イオンの流れ(プロトン駆動力※4 )をエネルギー源としていることが明らかになっていましたが、ATPとプロトン駆動力をどのように使い分けているかは明らかになっていませんでした。

今回、本研究グループは、べん毛モーターの内側にレシオメトリック型pH感受性蛍光タンパク質フルオリン※5 を融合し、高感度なイメージング技術を用いることにより、モーターの内側、つまりべん毛タンパク質輸送装置近傍の局所的なpHを定量的に計測することを可能にしました。これにより、わずか1μm(1マイクロメートル(μm)は1000分の1ミリメートル)ほどのバクテリア細胞の中でpH勾配が形成されていること、さらには、べん毛タンパク質輸送装置がATP加水分解とプロトン駆動力をカップルさせて利用することで、効率的なタンパク質輸送を行っていることが明らかになりました。

本研究で確立した高感度pH計測技術は、基礎研究から医療分野にまで広く応用されることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「mBio」に、12月6日(火)午後2時(日本時間)に公開されました。

図1 細菌べん毛タンパク質輸送装置
サルモネラ菌や大腸菌の運動器官であるべん毛の根本にある回転モーター内には、べん毛の自己伸長に働くべん毛タンパク質輸送装置が存在する。モーター内の輸送装置近くにpH感受性蛍光タンパク質を導入することで、輸送装置が利用しているプロトン流に依存した局所pH差を測定可能にした。

研究の背景

サルモネラ菌や大腸菌などのバクテリアは、べん毛と呼ばれるしっぽのような運動器官を持ち、これを高速回転することで水中を動き回っています。これらのバクテリアは、自身の体長の10倍ほどの長さにもなるべん毛を効率的に自己構築的に組み上げていくため、べん毛の根元にある回転モーターの内側にべん毛タンパク質に特異的な輸送装置が存在しています(図1)

このべん毛タンパク質輸送装置はATPと水素イオンの流れ(プロトン駆動力)をエネルギー源としていることが明らかになっていましたが、ATPとプロトン駆動力をどのように使い分けているかは解明されていませんでした。これを明らかにするためには、生きたバクテリア細胞内のモーター近くの局所的な水素イオンの流れを計測する必要がありましたが、これまでこのようなことをできる高感度な計測技術は存在しませんでした。

研究の内容

今回、本研究グループは、サルモネラ菌がもつ直径45nm(1ナノメートル(nm)は100万分の1ミリメートル)のべん毛モーターの内側にレシオメトリック型pH感受性性蛍光タンパク質フルオリンを安定に融合させるとともに、高感度な細胞内pHイメージング計測システムを開発することによって、細胞膜直下に存在するモーターの内側、つまりべん毛タンパク質輸送装置近傍の局所的なpHを定量的に計測することを可能にしました。

この計測システムによる実験の結果、細胞膜直下のpHは細胞質の7.3に比べて0.2ユニット(ユニットは水素イオン濃度の違いを示す)ほど高い7.5になっており、体長わずか1μmほどのサルモネラ菌細胞内でpHの勾配が形成されていることが明らかになりました。さらに、べん毛タンパク質輸送装置内で働くATP加水分解酵素を持たない変異体株では、野生型にくらべて輸送装置近くの局所pHが0.1ユニットほど高い値になっていることがわかりました(図2)

輸送装置の主要動力源が水素イオンの流れであるため、このことは、ATP加水分解酵素が働く状態においてのみ水素イオンの流れを用いたタンパク質輸送が活発に行われていることを示しており、べん毛タンパク質輸送装置がATP加水分解とプロトン駆動力をカップルさせて利用することで、効率的なタンパク質輸送を行っていることが明らかになりました。

図2 輸送装置近傍の局所pH
輸送装置内で働くATP加水分解酵素を欠損させた細胞株では、輸送装置近傍の局所pHが高くなっている。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

細菌のべん毛運動は細菌感染の重要な要因であり、また本研究の研究対象であるべん毛タンパク質輸送装置は感染性細菌が持つ毒素分泌装置と構造と機能が大きく共通していることが知られています。すなわち、本研究の成果は細菌の感染機構におけるエネルギー変換メカニズムの解明にも繋がる結果です。

また、本研究で確立した高感度pH計測技術は、生きた細胞内でのタンパク質のイオン透過活性測定のような基礎研究に応用されるだけでなく、細胞の癌化によって細胞内にpH変化が起こることが知られていることから、一細胞レベルでの高感度疾患診断など、医療分野にまで広く応用されることが期待されます。

特記事項

本研究成果は、2016年12月6日(火)午後2時(日本時間)に米国科学誌「mBio」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“High-resolution pH imaging of living bacterial cell to detect local pH differences”
著者名:Morimoto, Y.V., Kami-ike, N., Miyata, T., Kawamoto, A., Kato, T., Namba, K. and Minamino, T.

なお、本研究は、科学研究費助成事業新学術領域「少数性生物学-個と多数の狭間が織りなす生命現象の探求-」および新学術領域「運動超分子マシナリーが織りなす調和と多様性」の一環として行われました。

用語解説

※1 べん毛モーター
大腸菌やサルモネラ菌はべん毛と呼ばれる尻尾のような運動器官を用いて水中を自由に動き回ることができる。べん毛の根元に存在する回転モーターは毎秒300回転以上で高速回転する生体ナノマシンである。

※2 pH
水素イオンの濃度をあらわす物理量。pH7.0が中性で、7.0より小さいと酸性、7.0より大きいとアルカリ性となる。

※3 ATP
アデノシン三リン酸のこと。代謝・合成などに働く生体内の主要なエネルギー源として使用されている。

※4 プロトン駆動力
細胞膜を隔てた水素イオン(プロトン)の電気化学ポテンシャル差のこと。膜電位差(ΔΨ)とプロトン濃度差(ΔpH)の項の和として表される。ATP合成やべん毛モーターのトルク発生のエネルギー源として使われている。

※5 pH感受性蛍光タンパク質フルオリン
オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子組み換えタンパク質で、外環境のpH変化に応答して蛍光強度が大きく変わる性質をもつ。細胞内pH変化やシナプス活動をモニターするプローブとして利用されている。

研究者のコメント

開発した計測技術や装置の感度と精度を必要なレベルまで十分に高めるため、高輝度の蛍光を安定に発するフルオリン変異体の探索や光学計測装置の工夫に長い時間をかけ苦労しましたが、開発した装置と技術は今後の生命科学や医学の発展にたいへん役立つものだと思います。

参考URL

大学院生命機能研究科 プロトニックナノマシン研究室
http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/jpn/general/lab/02/

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