RNA編集が神経伝達物質の分泌を制御する

RNA編集が神経伝達物質の分泌を制御する

統合失調症等の精神疾患の原因解明に期待

2016-11-16

研究成果のポイント

・ドーパミンなどの神経伝達物質の分泌が、RNA編集と呼ばれるRNAレベルでの化学修飾によって制御されていることを解明した。
・疑似的にRNA編集が過剰に生じるように操作したマウスでは、ドーパミンの放出が増え、その結果、身体活動量が増加し、痩せることを発見した。
・今後、統合失調症や躁病など、ドーパミンの過剰放出と関連する精神疾患の原因の解明や治療につながることが期待される。

リリース概要

大阪大学大学院医学系研究科の三宅浩太郎大学院生、河原行郎教授(神経遺伝子学)らの研究グループは、RNA中の塩基のうち、特定のアデノシンをイノシンに置換するRNA編集 と呼ばれる化学修飾が、ドーパミンなどの神経伝達物質 の放出を制御していることを明らかにしました。

RNA編集は、ゲノムに載った遺伝情報の一部を転写後に書き換えることによって、本来ゲノムに刻まれているアミノ酸配列情報とは異なる配列を持ったタンパク質の発現を可能にする機構です。

これまで、ドーパミンなどの神経伝達物質の放出に不可欠な役割を果たしているCAPS1 という分子のmRNAがRNA編集を受けることが知られていましたが、その生理的意義は不明でした。

今回、本研究グループは、RNA編集を受けたCAPS1タンパク質のみを発現する遺伝子改変マウス(ノックインマウス)を用いて、CAPS1のRNAレベルで化学修飾がドーパミンの分泌を促進し、マウスの活動量を増やすことを示しました (図1) 。

今後、ドーパミンの過剰放出と関連する統合失調症や躁病(そうびょう)など精神疾患の原因の解明や治療法開発につながることが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌Cell Reportsの電子版に11月16日(水)午前2時(日本時間)に掲載されました。

図1 CAPS1のRNA編集による神経伝達物質の増加とマウスへの影響

研究の背景

脳や脊髄では、神経線維の末端(神経終末)から放出されるドーパミンなどの神経伝達物質によって、これに接続する神経や筋肉への情報伝達が行われています。神経伝達物質の放出量は厳密に制御されており、制御が乱れると様々な精神疾患の原因となります。例えば、統合失調症や躁病では、ドーパミンの過剰な分泌が関与すると考えられ、ドーパミン経路をブロックする薬剤が使用されることがあります。ドーパミンなどの神経伝達物質を貯蔵する「有芯小胞」 では、細胞外へと開口分泌 させるために、CAPS1というタンパク質が重要な役割を果たしています。

タンパク質の情報をコードしたmRNAはゲノムDNAからの転写後に様々な修飾を受けることが知られています。その一つにRNA編集があり、RNAの塩基のうち、特定のアデノシン(A)が脱アミノ化修飾によってイノシン(I)に書き換えられます。CAPS1にもRNA編集部位があり、グルタミン酸の塩基配列GAGがGIGに書き換えられます。Iはグアノシン(G)と性質が近いため、この結果GAGからグリシン(GGG)へとアミノ酸残基が置換されます (図2) が、それがどのような意味を持つのかは分かっていませんでした。

図2 CAPS1タンパク質におけるRNA編集部位
ヒトのCAPS1は1353個のアミノ酸が直線状に並んでいる。RNA編集により1250番目のアミノ酸が変化する。(グルタミン酸→グリシン)

本研究の成果

研究グループは、RNA編集を受けたCAPS1タンパク質のみを発現する遺伝子改変マウス(ノックインマウス)を樹立することに成功しました。このCAPS1ノックインマウスは痩せており、身体活動量が高いことからエネルギー消費が進むことが原因と考えられました。ドーパミンの作用をブロックする薬剤を投与すると、身体活動量は正常化し、エネルギー代謝の促進は見られませんでした。

これらの結果は、RNAレベルで生じる化学修飾が、動物の行動様式や生理にまでも影響を及ぼすことを見いだした画期的な成果と言えます。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

統合失調症や躁病では、ドーパミン分泌の促進がその背景にあると考えられていますが、遺伝的素因よりも環境による影響が強いことが知られています。今回、ドーパミンの放出が、RNAレベルで付加される化学修飾によって制御されていることが明らかになり、制御が乱れることにより、これらの精神疾患の発症と関連している可能性が考えられます。

今後、患者さんのCAPS1に生じているRNA編集の効率を解析することで、これら精神疾患の原因の解明や治療につながることが期待されます。

特記事項

【掲載誌】米国科学雑誌Cell Reports (11月15日付け:米国東部時間12時・電子版)
【論文タイトル】“CAPS1 RNA Editing Promotes Dense Core Vesicle Exocytosis”
【著者】Kotaro Miyake,Toshio Ohta, Hisako Nakayama, Nobutaka Doe, Yuri Terao, Eiji Oiki, Izumi Nagatomo,Yui Yamashita, Takaya Abe, Kazuko Nishikura, Atsushi Kumanogoh, Kouichi Hashimoto, and Yukio Kawahara * *責任著者

本研究は、太田利男教授(鳥取大学農学部獣医薬理学)、橋本浩一教授(広島大学医歯薬保健学研究院神経生理学)、西倉和子教授(米国ウイスター研究所)、土江伸誉講師(兵庫医療大学総合教育センター)、熊ノ郷淳教授(大阪大学医学系研究科呼吸器・免疫アレルギー内科学)との共同研究です。

参考URL

大阪大学大学院医学系研究科 神経遺伝子学HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/rna/index.html

用語説明

神経伝達物質

(neurotransmitter):

神経細胞間や神経筋肉間には、シナプスと呼ばれる接合部位があり、神経伝達物質を介して情報が伝えられている。神経伝達物質には、グルタミン酸、アセチルコリン、ドーパミン、セロトニン、アドレナリン、ノルアドレナリンなどがあり、その種類によって伝達される情報が異なる。

RNA編集

(RNA editing):

RNAは、ゲノムDNAから転写された後様々な修飾を受ける。その一つにRNA編集があり、ヒトやマウスなどの哺乳類で最も頻度高く生じているのが、アデノシン(A)からイノシン(I)へ書き換えるタイプのものである。すなわち、A, U, G, Cの4つの塩基から構成されるRNAの中で、特定のAが脱アミノ化修飾を受けることでイノシン(I)へと塩基が書き換えられる。IはGと性質が近いため、RNA編集がタンパク質情報をコードしたmRNAに起こると、ゲノムDNAに載った情報とは異なるアミノ酸配列を持ったタンパク質が発現することになる。このようなRNA編集部位が、ヒトには約50箇所あることが知られている。これまでにグルタミン酸受容体やセロトニン受容体の一部がこのRNA編集を受けることで、性質の大きく異なった受容体を発現していることが解明されている。CAPS1にもRNA編集部位があることが2009年に同定されていたが、その意義は不明のままであった。

CAPS1

(Calcium-dependent activator protein for secretion 1):

開口分泌過程に不可欠なタンパク質。このタンパク質を欠いたノックアウトマウスは、ドーパミンやアドレナリンなどのカテコラミンの分泌不全により生後すぐに死に至る。

有芯小胞

(dense core vesicle):

神経伝達物質やホルモンを貯蔵している小胞は大まかに二種類に分類される。グルタミン酸やアセチルコリンなどは比較的小さなシナプス小胞に貯蔵されており、早い分泌が可能である。一方、ドーパミンやアドレナリンなどのカテコラミンやインスリンをはじめとしたホルモンは有芯小胞に蓄えられており、比較的ゆっくりとした分泌が行われている。

開口分泌

(エクソサイトーシス, exocytosis):

神経伝達物質やホルモンなどは、細胞の中の小胞に貯蔵されている。これらが細胞外に放出される際、小胞は細胞膜に融合し細胞外に開口することで内容物が分泌される。これら一連の過程を開口分泌と呼ぶ。