2016年10月24日

本研究成果のポイント

・ヒトと植物細胞の部分的な細胞融合に成功し、植物の染色体※1 がヒト細胞環境下で維持されることを解明
・植物と動物は、約16億年前に共通祖先から分岐したが、機能がどの程度保存されているのかは不明だった
・融合細胞は、進化を通して保存されている生命の基本原理の解明に貢献するだけでなく、異種染色体が細胞中でどのように安定に維持されるのかを解明することで、雑種形成による有用生物の育種への貢献に期待

リリース概要

大阪大学大学院工学研究科の和田直樹特任助教(研究当時は鳥取大学大学院医学系研究科所属)は、鳥取大学染色体工学研究センターの押村光雄教授の指導を受け、大阪大学大学院薬学研究科の福井希一招へい教授(大阪大学名誉教授、鳥取大学染色体工学研究センター特任教授兼任、研究当時は大阪大学大学院工学研究科所属)らとともに、ヒトと植物の部分的な細胞融合に世界で初めて成功しました。また、このヒト細胞と同等のバックグランドを持つ融合細胞の中で、(1)植物の染色体が安定に維持されていること、(2)様々な植物の遺伝子が発現していることを明らかにしました。

植物と動物は、約16億年前に共通祖先から分岐し、それぞれ独自の進化を遂げてきたと考えられています。しかし、こうした長い進化の歴史を経て、お互いのどのような機能がどの程度保存されているのか、という点については明らかになっていませんでした。長い進化の歴史を経てもなお両者で保存されている機能は、生物にとって極めて重要かつ根本的なものであることが予想され、進化の謎を解く一つの手掛かりになると期待されます。

今回、研究グループが確立した融合細胞は、ヒトと植物間での進化的保存について染色体レベルでの解析を可能にする、世界で初めてのツールです。この細胞を用いることで、生物がどのような性質を残しつつ長い進化の道を辿ってきたのか、その生命の基本原理の解明に貢献すると期待されます。また、植物や微生物において、異種ゲノム、異種染色体の導入による新種誕生は、今後非常に有望な育種方法の一つと考えられています。それを自在に達成するためには、異種ゲノム、異種染色体がどのように生物内で受容され、それらの安定・不安定化を引き起こしているのかを知る必要があります。本研究で開発した融合細胞は、ヒトと植物という進化的に遠い生物を用いることで、生物種を超えた普遍的な染色体安定化機構の解明に貢献し、人類にとって有用な生物の育種に貢献すると期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「ACS Synthetic Biology」(オンライン)に、10月4日に公開されました。

研究の背景

植物と動物が共通祖先から分岐し、現在の形に進化するまで、約16億年の年月が経過していると言われています。この途方もなく長い進化の歴史の間、植物は葉緑体や細胞壁を獲得し、動物とは全く異なる形態を形成してきました。

しかし一方で、植物と動物は未だに共通の構造も持っています。例えば、両者はDNAという形で遺伝情報を保存し、それを染色体という形でパッケージングして様々な機能を果たし、また次世代へと伝えています。

しかし、ここに一つ単純な疑問があります。こうして一見保存されているように見える植物の遺伝子/染色体は、ヒト細胞で機能できるのでしょうか。これまでの研究により、個々のDNAレベルやタンパク質レベルでは両者はある程度の類似性を示すものの、機能的には必ずしもお互いに置換可能ではないことがわかってきました。しかし、このような個々の部品の単位ではなく、染色体というさらに大きな構造単位で考えればどうでしょうか。これまでに、ヒトと植物双方の染色体を持つ融合細胞を作製する試みがいくつか行われてきました。古くは、1976年にまで遡り、この試みが報告がされています。しかし、実際に、増殖可能な融合細胞の作製に成功した報告はこれまで一つもありませんでした。

研究の内容

今回、研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナ※2 由来の細胞とヒト細胞を融合する条件・方法の検討を重ね、部分的ではありますが、ヒトと植物の融合細胞の獲得に成功しました(図1A)

この融合細胞には、ヒトの全染色体が維持されていたため、ヒト細胞と同等の細胞環境であると考えられます。この細胞の中に、植物の染色体領域を持つヒト/植物染色体が観察されました(図1A、左下、赤と青色の染色体がくっついたもの)。さらに研究グループは、この細胞を培養していく中で、ヒト/植物染色体の構造が変化し、植物染色体の部分(赤色)だけが抜け出た、独立した植物染色体を形成していることを見出しました(図1A下、左から右へ)。この植物染色体は安定に維持されていることから、ヒト染色体を維持する仕組みが植物染色体にも働くことがわかりました(図1B上)。また、このヒト/植物染色体は、様々な植物遺伝子をそのまま維持していることもわかりました。その遺伝子発現を網羅的に解析した結果、様々な植物遺伝子が融合細胞中で発現していることを確認しました(図1B下)。これは、ヒトと植物の間で、遺伝子発現の仕組みが保存されていることを示しています。

つまり、本研究で約16億年の年月を経てヒトと植物の染色体を再会させることで、生物は染色体を維持する仕組みや遺伝子を発現する仕組みを保存していることが明らかになりました。これは、これらの仕組みが、生命にとって非常に基盤的かつ重要なものであることを示唆しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、生命の基本的な原理を解明するための、ヒトと植物の融合細胞という新たなツールが開発されました。この融合細胞が示すものは、進化という大きな荒波の中でも維持された、生命にとって非常に重要かつ根本的な仕組みであると考えられます。これは、私たちがこの地球上でどのように進化をしてきたのか、進化の謎に迫るための新たなヒントになり、今後この分野の研究を加速させるためのツールになると期待されます。

また、異種ゲノム、染色体の導入によって既存の微生物、植物を改変するというアプローチは、有望かつ革新的な生物育種方法の一つであり、今後さらに重要性を増していくことが期待されています。本研究で開発した融合細胞は、異種染色体安定化に必要な普遍的原理を明らかにし、異種ゲノム、染色体導入による有用生物の育種を加速化させると期待されます。

図1 ヒトと植物の融合細胞
(A)ヒト細胞と植物細胞を融合し、植物染色体を持つヒト細胞を得た。当初、植物染色体はヒト15番染色体に転座した形で維持されていたが、その後構造変化を起こし、植物DNAのみを持つ独立した染色体となった(赤:植物染色体、青:ヒト染色体)。(B)ヒト細胞環境下で、植物由来の染色体が独立に維持されること(上)、植物の遺伝子が発現されること(下)を明らかにした。

特記事項

本研究成果は、2016年10月4日(火)に米国科学誌「ACS Synthetic Biology」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:Maintenance and Function of a Plant Chromosome in Human Cells
著者名:Naoki Wada, Yasuhiro Kazuki, Kanako Kazuki, Toshiaki Inoue, Kiichi Fukui, and Mitsuo Oshimura
DOI:10.1021/acssynbio.6b00180

なお、本研究は、JSPS科研費補助金11J0742の一環として、外部資金支援を受けて行われました。

用語解説

※1 染色体
染色体とは、DNAとタンパク質から構成される構造体です。染色体は動物から植物まで共通して存在していて、細胞分裂時にX字型の構造物として観察されます。DNAが高度に折りたたまれてパッケージングされることで、遺伝情報を複製し、新しくできた娘細胞へ正確かつ効率的に分配されることを可能にしています。また、遺伝情報の読み取りにも関係しており、その細胞でどのような遺伝情報が使われるのか、ということに染色体構造が影響していることも知られています。

※2 シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属に分類される一年草の小さな植物です。その扱いやすさや世代間隔の短さ、遺伝子導入の簡単さなどから研究のためのモデル植物として一般的に使われています。一つの細胞に10本の染色体を持ち(2n=10)、そのゲノムサイズは約1.35億塩基対になります(ヒトの場合は通常、46本の染色体を持ち(2n=46)、そのゲノムサイズは約30億塩基対です)。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科 国際環境生物工学(住友電工グループ社会貢献基金)寄附講座HP
http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ev/index.html

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