2016年10月24日

リリース概要

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター統合メタボロミクス研究グループの斉藤和季グループディレクター(千葉大学大学院薬学研究院教授)、セルロース生産研究チームの持田恵一チームリーダー、統合ゲノム情報研究ユニットの櫻井哲也ユニットリーダー(高知大学総合科学系複合領域科学部門准教授)、大阪大学大学院工学研究科の村中俊哉教授、關(せき)光准教授らの共同研究グループは、漢方などに使われる重要生薬「甘草(カンゾウ)」の全ゲノム解読を行い、推定されているゲノムサイズの94.5%に相当するゲノム情報を得ることに成功しました。

甘草は、さまざまな漢方薬の原料として最も広範に用いられているマメ科の生薬です。甘草には、抗炎症作用や痛みや咳を沈める効果をはじめ、多数の薬効があります。また、根に含まれる主要成分のグリチルリチン※1 は、医薬品、化粧品、天然甘味料の原料として世界的に需要が高まっています。甘草のゲノムを解読できれば、ゲノム情報に基づいた効率的な育種を進めたり、グリチルリチンをはじめとした薬効成分の生合成に関わる有用遺伝子を効率よく探索したりできるようになります。

今回、共同研究グループは甘草の中で最も上質とされる「ウラル甘草」の全ゲノム解読を行いました。得られたゲノム情報を解析し、34,445個のタンパク質をコードする遺伝子を見出しました。また、甘草のゲノム情報と、他のマメ科植物のゲノム情報およびゲノム全域との比較解析などを行った結果、薬効成分の一つであるイソフラボノイド※2 の生合成に関わる遺伝子群の一部が遺伝子クラスタ※3 を形成していることを発見しました。さらに、グリチルリチンを含む有用化合物群の生合成に関わる酵素遺伝子が含まれる遺伝子ファミリー(P450ファミリー、UGTファミリー)を、甘草のゲノム情報から網羅的に探索し、それらの遺伝子構造と遺伝子発現を明らかにしました。

本成果は、甘草の分子育種による国内栽培化、生産性の向上、生薬としての機能改変のほか、薬効成分の生産に必要な有用遺伝子の探索に資すると期待できます。

本研究の一部は、科学研究費補助金(基盤研究A)「甘草を中心とする重要マメ科薬用資源植物の統合ゲノム研究」の支援により行われました。

成果は、英国の科学雑誌「The Plant Journal」に掲載されるのに先立ち、オンライン版(10月24日付け)に掲載されました。

背景

「甘草(カンゾウ)」はマメ科の生薬で、その地下部(肥大根および地下茎)は甘草根とも呼ばれ、医薬品、化粧品などの原料として大きな需要があります。甘草は日本で広く用いられている200種を超える一般用漢方処方薬の約70%に配合されており、漢方の中で最も汎用性の高い生薬です。特に、甘草に蓄積されるトリテルペン配糖体※4 の一種であるグリチルリチンは、肝機能改善や抗炎症作用、去痰(きょたん)、消化性潰瘍の治癒など、さまざまな薬効があるだけでなく、砂糖の150倍以上の甘さがあるため、天然甘味料としても多くの食品に使われています。グリチルリチンは非糖質系甘味料のため、カロリーが低く、メタボリック症候群の予防にも役立つとして注目されています。

現在、国内の医師の9割が漢方を治療に用いており、その利用量は毎年増加傾向にあります。しかし、甘草をはじめ漢方に用いる生薬の85%は中国からの輸入に依存しており、中国の経済成長などに伴い輸出制限や価格の高騰が続いています。また、国内だけでなく世界的にも需要が高まる中、特に甘草や麻黄(まおう)などの汎用生薬の供給不安が懸念されています。

そこで、有効成分含量が高く国内栽培に適した甘草の育種や有用成分の生産に関わる遺伝子探索を効率よく進めるため、全ゲノムを解読しゲノム情報を得ることが期待されていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、武田薬品工業株式会社の京都薬用植物園が保存している、グリチルリチン含量の高い「ウラル甘草」の全ゲノム解読を行いました(図)

図 ウラル甘草
マメ科の多年草で、初夏から夏に淡紫色の花をつける。学名はGlycyrrhiza uralensis。 写真提供:高上馬希重氏(北海道医療大学)

医療用やグリチルリチン製造に用いられる甘草には、今回の研究に用いたウラル甘草(東北甘草)の他にスペイン甘草(西北甘草)、新疆(しんきょう)草などがありますが、ウラル甘草が最もグリチルリチン含量が高く上質とされています。

このウラル甘草の単一系統(308–19系統)を材料として、タイプの異なる高速シークエンサー※5 を組み合わせて用いて、ゲノムのDNA配列を解読しました。解読したDNA配列を高速計算機で解析し、冗長性をなくして(解読したデータにおける重複する部分をなくす)、推定されているゲノムサイズの94.5%に相当する379 メガベース(Mb、1Mbは100万ベース)のゲノム情報を構築しました。

次に、構築したゲノム情報について、甘草の網羅的な発現遺伝子情報や、他の植物の遺伝子情報を用いて遺伝子予測を行った結果、34,445個のタンパク質をコードする遺伝子を見出しました。

続いて、ウラル甘草のゲノム情報と、すでに全ゲノムが解読されているマメ科植物のタルウマゴヤシ※6 やヒヨコマメ※7 のゲノム情報およびゲノム全域を比較解析しました。その結果、薬効成分の一つであるイソフラボノイドの生合成に特異的に関わる3個の酵素遺伝子がクラスタ(集合体)を形成していることが分かりました。その遺伝子クラスタは、これらのマメ科植物のゲノムの約100kb~200kbにわたって、遺伝子の並びがよく保存されている領域中に形成されていました。

さらに、グリチルリチンを含む有用化合物群の一つであるトリテルペン配糖体の生合成に関わる酸化酵素であるP450ファミリーと配糖化酵素※8 であるUGTファミリーをコードする遺伝子群を甘草のゲノム情報から網羅的に探索し、それらの遺伝子構造と遺伝子発現を明らかにしました。また、ウラル甘草のゲノムの少なくとも8カ所でP450ファミリーとUGTファミリーをコードする遺伝子が隣り合って存在していることを見出しました。

今後の期待

本研究で得られたウラル甘草のゲノム情報によって、網羅的な遺伝子発現解析や系統間のゲノムDNAの違いを調べる際の参照(リファレンス)ゲノム情報を提供できます。その結果、分子育種(分子レベルの技術を用いた育種法)による甘草の国内栽培化、生産性の向上、生薬としての機能改変のほか、薬効成分の生産に必要な有用遺伝子探索が加速すると期待できます。

また、ゲノム情報に基づいて、生物活性化合物の生合成や代謝に関わる酵素遺伝子がライブラリ化されれば、植物由来の希少化合物や非天然化合物を人為的に合成する合成生物学の基盤技術の開発につながると期待できます。

論文情報

<タイトル>
Draft genome assembly andannotation of Glycyrrhiza uralensis, a medicinal legume
<著者名>
Mochida, Keiichi; Sakurai, Tetsuya; Seki, Hikaru; Yoshida, Takuhiro; Takahagi, Kotaro; Sawai, Satoru; Uchiyama, Hiroshi; Muranaka, Toshiya; Saito, Kazuki
<雑誌>
The Plant Journal
<DOI>
10.1111/tpj.13385

用語解説

※1 グリチルリチン
甘草の甘み成分でトリテルペン配糖体の一種。消化性潰瘍の治癒や去痰作用、抗炎症作用、肝機能改善作用などがある。

※2 イソフラボノイド
甘草の有効成分の一つ。抗酸化作用や更年期障害の緩和作用などがあるとされている。

※3 遺伝子クラスタ
近年、いくつかの植物の全ゲノム配列が明らかにされてきた中で、薬用成分などのいわゆる二次代謝産物の生合成遺伝子群が、ゲノム上でクラスタ(集合体)を形成している例が報告されている。クラスタは50kb~200kbの長さで、二次代謝産物の生合成に関わる酵素遺伝子がそのクラスタ上に集まっている。

※4 トリテルペン配糖体
炭素数5のイソプレン単位を六つ持ち、計30の炭素数で構成されるトリテルペンに糖が結合した化合物群。甘草のグリチルリチン、チョウセンニンジンのジンセノサイド類、サイコのサイコサポニン類など、重要な薬効を持つものが知られている。

※5 高速シークエンサー
主に2000年代半ば以降に登場したDNA配列を高速に決定する機器の総称。数億から数百億塩基もの配列を一度の解析で決定できる。本研究では、1配列あたり決定できる塩基は200塩基と短いが大量かつ高精度に決定できるIllumina Hiseqと、1配列あたり数千塩基と長く決定できるPacBio RSⅡの二つの異なるタイプのシークエンサーを利用し、DNA配列を決定した。

※6 タルウマゴヤシ
学名はMedicago truncatula。ダイズと同じマメ科(Fabaceae)のマメ亜科(Papilionoideae)に属す。マメ科のモデル植物として用いられており、染色体は2n=16、ゲノムサイズは375Mbで、2011年に全ゲノムが解読された。

※7 ヒヨコマメ
学名はCicer arietinum。マメ科マメ亜科に属す。全世界で大豆に次いで2番目に広く栽培されているマメ科作物。染色体は2n=16、ゲノムサイズは738Mbで、2013年に全ゲノムが解読された。

※8 配糖化酵素
天然の化合物(フラボノイド、テルペノイド、植物ホルモンなど)に、糖(グルコース、ラムノース、キシロースなど)を結合させる酵素。天然の化合物は配糖化により、親水性が増したり、安定化したり、不活性化することから、化合物の蓄積やその機能の制御に関与していると考えられている。

参考URL

大阪大学大学院工学研究科 生命先端工学専攻 細胞工学領域(村中研究室)HP
https://sites.google.com/site/muranakalabjpn/

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