インスリン分泌を阻害しているタンパク質の機能を発見
糖尿病治療薬開発に新展開
本研究成果のポイント
・タンパク質SNAP23 がインスリン分泌を阻害していることを発見し、SNAP23の機能を阻害するとインスリン 分泌が増加することを確認。
・これまでSNAP23はホルモンの放出を促進すると考えられていたが、生体内での分泌過程における詳細な機能は不明だった。
・既存の糖尿病治療薬とは作用の異なる、SNAP23を標的とした新たな治療薬の開発が期待できる。
概要
國井政孝助教、原田彰宏教授(大阪大学大学院医学系研究科細胞生物学・群馬大学生体調節研究所)、根本知己教授(北海道大学電子科学研究所)らの研究グループは、マウス生体内において、ホルモンの放出を調節するタンパク質SNAP23が、膵臓ランゲルハンス島のベータ細胞からのインスリン分泌を阻害していることを明らかにしました。
これまでSNAP23は、様々な細胞においてホルモンや酵素などの分泌を促進すると考えられていましたが、生体内における機能については解明されていませんでした。
今回、SNAP23遺伝子を欠損したマウスを解析することにより、SNAP23が膵臓腺房細胞からのアミラーゼ 分泌を促進する一方、ランゲルハンス島ベータ細胞からのインスリン分泌は阻害していることを発見しました。さらに、長田裕之グループディレクター(理化学研究所環境資源科学研究センターケミカルバイオロジー研究グループ)らと共同で、SNAP23の機能を阻害する低分子化合物MF286を同定し、その化合物がインスリン分泌を増加させる効果があることを明らかにしました。これにより、SNAP23を標的とした新規の糖尿病治療薬の開発が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「The Journal of Cell Biology」に、10月3日(月)22時(日本時間)に公開されました。
研究の背景
膵臓は、消化酵素を分泌する腺房細胞からなる外分泌組織と、インスリンなどのホルモンを分泌する内分泌組織(ランゲルハンス島)の2つの組織が混在する臓器です。それぞれの組織の細胞内で合成された消化酵素やホルモンは、輸送小胞と呼ばれる袋に入って細胞膜付近へ運ばれ、開口放出 という機構によって細胞外へ分泌されます。この開口放出はSNAREタンパク質 によって調節されていることが知られています。細胞膜に存在するシンタキシンとSNAP、輸送小胞に存在するVAMPという3つのタンパク質が結合することによってSNARE複合体を形成し、輸送小胞と細胞膜の融合が生じると考えられています。SNAREタンパク質の一つであるSNAP23は、全身の様々な組織で発現しており、これまでの培養細胞を用いた実験結果から、様々な細胞においてホルモンや酵素などの分泌を促進すると考えられていました。しかし、SNAP23が生体内においてはどのように機能するのかは明らかではありませんでした。
そこで、原田教授らの研究グループでは、膵臓の腺房細胞(外分泌組織)とランゲルハンス島ベータ細胞(内分泌組織)のそれぞれの部分でSNAP23遺伝子を欠損した(ノックアウト)マウスを作製し、SNAP23の働きを調べました。
本研究の成果
膵臓の腺房細胞とランゲルハンス島ベータ細胞のそれぞれで特異的にSNAP23遺伝子を欠損するマウスの作製に成功し、それぞれの膵臓の機能を解析しました。その結果、腺房細胞でのSNAP23欠損マウスではアミラーゼ分泌が著しく減少しましたが、ベータ細胞でのSNAP23欠損マウスでは逆にインスリン分泌が2倍以上に増加することがわかりました。このことから、SNAP23が腺房細胞からのアミラーゼ分泌には必須であるが、ベータ細胞からのインスリン分泌は阻害していることが示唆されました。
これまでに、ベータ細胞では、SNAP23よりも融合効率の高い類縁分子であるSNAP25がシンタキシン1A、VAMP2と結合してインスリン分泌を促進することが知られており、SNAP23がシンタキシン1A、VAMP2と結合してしまうことによってSNAP25による開口放出を減少させていることが示唆されました (下図) 。一方、腺房細胞ではSNAP25はほとんど発現していないため、SNAP23が主に開口放出を担っていると考えられました。
さらに同グループは、膵臓でSNAP23の作用を抑制することによってインスリン分泌を増加させることが可能ではないかと考え、理化学研究所との共同研究により、SNAP23に結合する低分子化合物としてMF286を同定しました。MF286は、マウスから取り出したベータ細胞において、インスリン分泌を増加させる効果が認められました。そのため、MF286をマウス個体の腹腔内へ投与したところ、血中のインスリン濃度が増加し、血糖値の上昇が抑えられることがわかりました。このことから、MF286がマウス個体内においてもインスリン分泌を増加させることが示唆されました。
図 SNAP23によるインスリン分泌阻害とMF286の効果
A: SNAP25-シンタキシン1A-VAMP2複合体はインスリン分泌を促進する。
B: SNAP23-シンタキシン1A-VAMP2複合体は融合効率が低く、分泌を阻害する。
C: MF286はSNAP23-シンタキシン1A-VAMP2複合体の形成を阻害する。
D: SNAP23遺伝子欠損マウスやMF286処理によりSNAP25-シンタキシン1A-VAMP2複合体が増加し、インスリン分泌が増加する。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究成果により、膵臓のランゲルハンス島ベータ細胞において、MF286がSNAP23を抑制することでインスリン分泌が増加することが明らかとなり、今後、これまでの治療薬とは作用が異なる、SNAP23を標的とした新しい糖尿病治療薬の開発につながる可能性が期待されます。また、MF286は腺房細胞からのアミラーゼ分泌を抑制することも明らかとなったことで、異常な消化酵素の分泌による膵炎の症状を抑制する治療薬の開発にもつながる可能性があります。
特記事項
本研究成果は、2016年10月3日(月)22時(日本時間)に米国科学誌「The Journal of Cell Biology」(オンライン)に掲載されました。
【タイトル】“Opposingroles forSNAP23 in secretion in exocrine and endocrine pancreatic cells”
【著者】Masataka Kunii 1,2 , Mica Ohara-Imaizumi 3 , Noriko Takahashi 4 , Masaki Kobayashi 5 , Ryosuke Kawakami 6 , Yasumitsu Kondoh 7 , Takeshi Shimizu 7 , Siro Simizu 8 , Bangzhong Lin 9 , Kazuto Nunomura 3 , Kyota Aoyagi 3 , Mitsuyo Ohno 4 , Masaki Ohmuraya 10 , Takashi Sato 1 , Shin-ichiro Yoshimura 2 , Ken Sato 1 , Reiko Harada 2,11 , Yoon-Jeong Kim 9 , Hiroyuki Osada 7 , Tomomi Nemoto 6 , Haruo Kasai 4 , Tadahiro Kitamura 5 , Shinya Nagamatsu 5 , and Akihiro Harada 1,2,* *責任著者
1. 群馬大学生体調節研究所(IMCR)生体情報部門細胞構造分野
2. 大阪大学大学院医学系研究科細胞生物学
3. 杏林大学医学部生化学教室
4. 東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センター構造生理学
5. 群馬大学生体調節研究所(IMCR)代謝シグナル研究展開センター
6. 北海道大学電子科学研究所光細胞生理研究分野
7. 理化学研究所環境資源科学研究センターケミカルバイオロジー研究グループ
8. 慶應義塾大学理工学部応用化学科
9. 大阪大学産学連携本部
10. 熊本大学生命資源研究・支援センター
11. 宝塚医療大学柔道整復学科
なお、本研究は、主に科学研究費補助金基盤研究(B)および若手研究(B)の支援によって行われました。
参考URL
大阪大学大学院 医学系研究科 細胞生物学 原田研究室HP
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/acb/
用語説明
- SNAP23
(synaptosomal-associated protein 23):
主に細胞膜に局在するSNAREタンパク質 の一つ。神経細胞や内分泌細胞に特異的に発現するSNAP25と異なり、全身の様々な細胞に発現している。
- インスリン
膵臓ランゲルハンス島ベータ細胞から分泌されるホルモン。血糖値を低下させる作用がある。インスリンが不足すると、肝臓・筋肉・脂肪組織などの臓器でブドウ糖の利用や取り込みが低下し、血中のブドウ糖が増えて高血糖になるため、糖尿病になる。
- アミラーゼ
唾液腺や膵臓の腺房細胞から分泌される消化酵素の1種。デンプンなどの多糖類を加水分解する。
- 開口放出
細胞内で作られた消化酵素やホルモンなどの分泌タンパク質は輸送小胞という袋に包まれて輸送され、細胞膜と融合することで細胞外へ分泌される。この分泌過程を開口放出といい、SNAREタンパク質 によって調節されている。
- SNAREタンパク質
Soluble N-ethylmaleimide sensitive factor attachmentproteinreceptorタンパク質:
細胞内膜輸送において小胞と細胞内小器官、細胞膜との融合を促進するタンパク質群。