2016年9月5日

本研究成果のポイント

・ナノ粒子※1 は、身の回りの様々な製品(食品、化粧品、医薬品など)に実用化されつつあり、ナノ粒子を意図的に食べる、塗るといった機会が増えているが、授乳期における安全性評価が遅れていた。
・適用製品数の点で最も汎用されるナノ粒子の一つである銀ナノ粒子を使用し、母体マウスに経口、経血管的に曝露させることで、銀ナノ粒子が母乳へ移行し、母乳を介して乳幼仔へ移行し得ることを明らかとした。一方で、現実に想定される曝露量よりも高用量の検討においても、銀ナノ粒子の母乳を介した曝露は、仔の情動認知機能※2 には影響をおよぼさないことが示された。
・授乳期におけるナノ粒子の安全性評価の進展のみならず、母乳に移行しづらい安全なナノ粒子の開発にも貢献し得る。

概要

大阪大学大学院薬学研究科の森下裕貴博士後期課程3年生(研究当時* )、東阪和馬助教、吉岡靖雄准教授(研究当時** )、堤康央教授らの研究グループは、身の回りの様々な製品に実用化されつつあるナノ粒子の次世代影響評価研究において、母体が経口、経血管的に曝露した銀ナノ粒子は母乳へ移行し、母乳を介して乳幼仔へと移行することをマウスレベルで明らかにしました。

一方で、現実に想定される曝露量よりも高用量の検討においても、仔の情動認知機能には影響をおよぼさないことが示されました。さらに、ナノ粒子の母乳移行性は、粒子径・素材などの違いにより変化し得ることを見出しました。

授乳期曝露に着目したナノ粒子の安全性情報は乏しいことから、本研究で得られたナノ粒子の母乳移行性、および母乳を介した乳幼仔への移行性に関する知見は、ナノ粒子の次世代影響評価研究における、重要な知見になり得ると考えられます。

なお、本研究成果は、米国の科学雑誌「ACS NANO」の電子版に8月7日(日)に掲載されました。

*現在、国立医薬品食品衛生研究所研究員
**現在、微生物病研究所特任准教授

研究の背景

母乳育児は世界的に奨励されており、国内外を問わず、こどもに母乳を与える母親が増加しています。一方で、新生児の薬物を体外に排泄する能力は成人の1/3程度であり、血液脳関門※3 も未熟であることなどから、化学物質(母親が日常的に摂取するものから、非意図的に曝露されるものまで)が母乳を介して乳幼児に予期せぬ影響をおよぼす例が多数報告されています。即ち、化学物質の安全性を評価するうえで、母乳を介した乳幼児への影響評価は必要不可欠であると考えられます。

こうした現状に加えて、最近では、人工的にサイズを100nm以下に制御したナノ粒子が、食品、化粧品、医薬品など、身の回りの様々な製品に実用化され、我々がナノ粒子を意図的に食べる、塗るといった機会が急増しています。さらに、これらナノ粒子は、従来素材(>100nm)とは異なる生体内・細胞内挙動を示し得ることが明らかとされつつあります。従って、老若男女を問わず我々がナノ粒子に曝露している現状に鑑みると、ナノ粒子の次世代影響に関する情報収集が必要不可欠であると考えられます。

しかし、母乳への移行性を含め、授乳期を対象としたナノ粒子の安全性評価は乏しいのが現状です。そこで本研究では、適用製品数(健康食品や保存容器、制汗剤など)の点で最も汎用されるナノ粒子の一つである銀ナノ粒子を使用し、これらが母乳へ移行し得るかどうかを検討すると共に、母乳を介した乳幼児への移行性、乳幼児への影響について解析しました。

本研究成果の内容

①銀ナノ粒子の母乳中への移行性について

本検討では、粒子径が100、50、10nmの銀ナノ粒子(それぞれ、nAg100、nAg50、nAg10と表記)を使用しました(なお、全て実験用グレードのものを実験に供しています)。まず、血中から母乳中への銀ナノ粒子の移行性を評価する目的で、出産後3日の授乳期マウスに各サンプルを静脈内投与し、母乳中銀濃度を経時的に測定しました。その結果、いずれの銀投与群においても、投与後8時間をピークとして母乳中に銀が検出され、銀ナノ粒子が血中から母乳中へ移行することが示されると共に(図1a) 、銀ナノ粒子の粒子径が小さいほど母乳移行率が上昇することが明らかとなりました。

②表面修飾・素材の違いによる母乳移行性の影響について

次に、ナノ粒子の素材、表面修飾の違いが母乳移行性に与える影響を評価する目的で、出産後3日の授乳期マウスに、10nmの金粒子(nAu10)と、表面をPEG修飾※4 された10 nmの金粒子(nAu10P)を静脈内投与し、母乳中金濃度を測定しました。その結果、nAu10、nAu10P投与群共に母乳中に金が検出され、金ナノ粒子も母乳中へ移行することが明らかとなりました(図1b) 。また、nAu10P投与群において、nAu10投与群よりも多くの金が母乳中で同定されたことから、粒子径のみならず、表面修飾の違いによりナノ粒子の母乳移行性が変化することが示唆されました。さらに、nAu10はnAg10と同一の粒子径・表面修飾を有す一方で、nAg10と比較して母乳への移行率が小さかったことから、素材の違いによっても母乳移行性が変化し得ることが示されました。

図1 授乳期マウスへの静脈内投与において、銀ナノ・金ナノ粒子が血中から母乳へ移行する
(a)銀ナノ粒子を、授乳期マウスに静脈内投与した。その後、母乳中への移行量を解析した。その結果、銀ナノ粒子が母乳中へ移行し得ることが明らかとなると共に、銀ナノ粒子は粒子径が小さくなるほど、母乳中へ移行しやすいことが示された。(b)ナノ粒子の素材、表面修飾の違いが母乳移行性に与える影響を評価する目的で、金ナノ粒子を、授乳期マウスに静脈内投与した。その結果、粒子径のみならず、表面修飾や素材の違いによりナノ粒子の母乳移行性が変化することが示された。

③母親に経口投与した際の母乳移行性について

現実の曝露経路を加味した母乳移行性を評価する目的で、母親に経口投与した際の母乳移行性について検討しました。なお、以降の検討では、上記の検討で最も高い母乳移行性が認められたnAg10を使用しました。出産後3日の授乳期マウスにnAg10を単回経口投与(サプリメントとして経口摂取し得る量の数千倍と考えられる量)し、母乳中銀濃度を測定しました。その結果、母乳中において銀が検出され、nAg10が経口投与後、母乳中へ移行することが明らかとなりました(図2)

図2 授乳期マウスへの経口投与において、銀ナノ粒子が血中から母乳へ移行する
銀ナノ粒子を授乳期マウスに経口投与した。その後、母乳中への移行量を解析した。その結果、銀ナノ粒子が母乳中へ移行することが示された。

④銀ナノ粒子の母乳を介した乳幼仔への移行性について

そこで、乳幼仔が母乳を介して銀ナノ粒子に曝露する可能性が示されたことから、銀ナノ粒子の母乳を介した乳幼仔への移行性を評価しました。授乳期のマウスに、出産日(出産後0日)から離乳(出産後20日)までの21日間、nAg10を毎日経口投与し(サプリメントとして経口摂取し得る量の数十~数百倍)、母乳育仔させました。仔の血中銀濃度を測定した結果、血中において銀が検出され、母乳中の銀ナノ粒子が仔の腸管バリアを突破し、体内へ吸収されることが明らかとなりました(図3a) 。また、母乳を介して吸収されたnAg10の仔の臓器分布を解析する一環として、仔の肝臓中・脳中銀量を測定したところ、母乳を介して曝露した銀ナノ粒子は、仔の血液脳関門を突破し脳にまで到達すること、脳においては肝臓と比較して残留しやすいことが明らかとなりました(図3b,c)

図3 授乳期マウスへの連日経口投与において、銀ナノ粒子が仔の血中および臓器中へ移行する
銀ナノ粒子を授乳期マウスに連日経口投与した。その後、仔の血中、および肝臓、脳中への銀の移行量を解析した。その結果、母乳中の銀ナノ粒子が仔の腸管バリアを突破し、体内へ吸収されることが明らかとなった。さらに、母乳を介して曝露した銀ナノ粒子は、仔の血液脳関門を突破し脳にまで到達すること、また、脳においては肝臓と比較して残留しやすいことが示された。

⑤銀ナノ粒子の母乳を介した曝露が仔の脳に与える影響について

さらに、銀ナノ粒子の母乳を介した曝露が仔の脳に与える影響を評価する目的で、雄仔を11週齢まで生育させた後、13種類の行動試験により情動認知機能を網羅的に解析しました。その結果、いずれの試験においても群間のスコアに有意な変化は認められず、銀ナノ粒子は母乳を介して仔の脳に移行するものの、本実験における母体への投与量(現実に想定される曝露量よりも高用量の検討)においても、仔の情動認知機能には影響を与えないことが示されました(図4)

図4 授乳期マウスへの連日経口投与において、母乳を介して銀ナノ粒子を曝露した仔の情動認知機能には影響が認められない
銀ナノ粒子を、授乳期マウスに連日経口投与した。その後、仔の情動認知機能を13種の行動テストにより解析した。その結果、本検討における母体の摂取量においては、母乳を介して銀ナノ粒子に曝露した仔の情動認知行動には影響がないことが明らかとなった。

 

以上、本研究では、母体が経口、経血管的に曝露した銀ナノ粒子は母乳へ移行し、母乳を介して乳幼仔へと移行し得ることを明らかとしたことに加え、①ナノ粒子の母乳移行性が、粒子径・素材などにより規定されること、②銀ナノ粒子は母乳を介して仔の脳に移行する一方で、現実の曝露量の数十~数百倍程度を母体が摂取した場合においても、仔の情動認知機能には影響を与えないことなど、ナノ粒子の次世代影響評価研究において波及性の高い基礎知見を示しました。今後は、本研究のような動物レベルでの実験に加え、ヒトの母乳中におけるナノ粒子の曝露実態情報(存在量や存在様式)の収集が重要であるものの、本知見が契機となり、授乳期に着目したナノ粒子の安全性評価が益々進展することを期待しています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

授乳期曝露に着目したナノ粒子の安全性情報は乏しいことから、本研究で得られたナノ粒子の母乳移行性、および母乳を介した乳幼仔への移行性に関する知見は、ナノ粒子の次世代影響評価研究における、重要な知見になり得ると考えられます。本研究により、ナノ粒子も母乳中へ移行し、母乳を介して仔に吸収されることが明らかとなったことから、低分子化合物※5 などだけでなく、ナノ粒子についても母乳を介した乳幼児への影響を詳細に評価する必要性が示されました。また、ナノ粒子の母乳移行性は、粒子径・表面修飾・素材などにより規定されることを見出したことは、将来的に、母乳へ移行しづらいナノ粒子の開発に貢献し得るなど、ナノ最適デザイン研究の観点においても有用であると考えられます。

さらに、本研究で明らかとした、授乳婦・乳幼児を対象としたナノ粒子の動態特性に関する知見が、レギュラトリーサイエンス※6 としての安全科学の観点における重要な基礎情報となり、リスクコミュニケーション※7 ・リスク管理が実施されることで、将来的に、老若男女が安全・安心にナノ粒子を利用できる社会の実現に貢献できることを期待しています。

特記事項

本研究成果は、2016年8月7日(日)に米国科学誌「ACS NANO」に掲載されました。
タイトル:“Distribution of Silver Nanoparticles to Breast Milk and Their Biological Effects on Breast-Fed Offspring Mice”
著者名:森下裕貴、吉岡靖雄、瀧村優也、清水雄貴、難波佑貴、野尻奈央、石坂拓也、高雄啓三、山下富義、田熊一敞、吾郷由希夫、長野一也、向洋平、鎌田春彦、角田慎一、齋藤滋、松田敏夫、橋田充、宮川剛、東阪和馬、堤康央

また、本研究は、大阪大学大学院薬学研究科と、大阪大学微生物病研究所および医薬基盤・健康・栄養研究所、富山大学医学部、藤田保健衛生大学、自然科学研究機構生理学研究所、京都大学大学院薬学研究科との共同研究により行われました。

用語解説

※1 1ナノ粒子
一般に、物質を100nm(100nmは10-7m)以下の大きさに制御した粒子状物質を指す。これら人工的に合成したナノ粒子は、様々な産業分野で応用されている。

※2 情動認知機能
感情の制御、および記憶形成に関わる機能

※3 血液脳関門
脳血管から脳へ移行する物質を選択・制限する機構

※4 PEG修飾
粒子の表面を高分子化合物であるポリエチレングリコール(PEG)にて修飾したもの

※5 低分子化合物
アルコール(エタノール)などの分子量の小さい化合物。分子量が1万以下のものを指すことが多い。

※6 レギュラトリーサイエンス
科学と人間との調和を図る科学、あるいは、有効性と安全性の評価科学

※7 リスクコミュニケーション
リスクに関する正確な情報を、関係者間で共有・理解を深め、相互に意思疎通を図ること

参考URL

研究室HP
http://www.phs.osaka-u.ac.jp/homepage/b009/index.html

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