老化に関与する物質AGEが、虫歯の進行を抑制することを発見

老化に関与する物質AGEが、虫歯の進行を抑制することを発見

虫歯検出 ・全身疾患評価にも応用可能

2016-8-15

本研究成果のポイント

・老化に関与する物質AGE(糖化最終産物) が虫歯(齲蝕 )の進行を抑制することを発見
・これまで、歯のAGEの局在を調べることは極めて困難だったが、AGEの持つ蛍光現象を利用した蛍光寿命 測定によって、齲蝕が進んでいる領域を選別することに成功
・AGEに関連した虫歯の進展メカニズム解明や、新しい虫歯検出法・治療法の開発へ貢献

概要

大阪大学歯学部附属病院の三浦治郎助教、基礎工学研究科の荒木勉名誉教授らの研究グループは、蛍光によって象牙質内のAGEをとらえ、象牙質虫歯(齲蝕)の進行にAGEが影響を与えることを世界で初めて明らかにしました。

組織の老化や糖尿病といった循環器系の疾患では、AGE(糖化最終産物)が組織内に蓄積することが知られており、様々な医科領域で研究がされています。齲蝕部位にもAGEが存在しているといわれていましたが、その理由など詳細については不明でした。

本研究では、免疫組織化学的手法と蛍光寿命を指標にする光学的手法により、虫歯によって糖化が進みAGEが蓄積することを確認しました。さらに、加齢により象牙質にAGEが蓄積することで、象牙質の耐酸性、耐酵素性が上がり、虫歯の進行を抑制していることを発見しました。また、特定のAGEが持つ蛍光特性を利用して齲蝕領域を特異的に選別が出来るということも分かりました。

これらの知見は、歯科臨床において、AGEに関連した慢性齲蝕の進展メカニズムの解明や、新しい虫歯検出法ならびに治療法の開発に大きく貢献します。

本研究成果は、国際学術誌「Journal of Dental Research」に、8月15日(月)16時(日本時間)に公開されました。

① 虫歯(黒い部分)になった象牙質
② 蛍光寿命測定法(本手法)による検出
蛍光寿命測定による検出は、齲蝕内に特異的な蛍光性物質を検知しているため、齲蝕部位を明確に選別している。

研究の背景

「年をとるとなぜ歯はもろくなるのか?」、「年をとるとなぜ齲蝕の進行が遅くなるのか?」、「そこには物理的理由があるのか?」というテーマで三浦助教らの歯学グループと荒木名誉教授らの基礎工学グループが共同して研究を進めてきました。

本研究グループは、加齢によって歯も糖化し、AGEが象牙質に蓄積することにより歯のコラーゲン蛋白質が硬くなることを報告してきました(Miura et al. Arch. Oral Biol. 2014, Fukushima et al. Biomed Opt Exp. 2015)。糖化によってAGEが産生されますが、AGEはコラーゲン分子間に架橋を作り、コラーゲン線維の機械的特性を変化させます。これまで、齲蝕象牙質に、AGEが含まれているということは知られていましたが、象牙質のような石灰化組織内部に存在するコラーゲン線維においては、試料があまりにも硬く、加工や検出手法に関して様々な問題があるため、詳細なAGEの局在を調べることは極めて困難でした。

そこで、三浦助教らは抗体反応を電子顕微鏡で観察する免疫電顕法の応用により、齲蝕内部におけるAGEの分布をナノメートルオーダーで観察することを可能にしました。さらに、脱灰処理を行わず酸を用いて効率的に象牙質内のコラーゲン線維を分解し定量評価する手法を用いることで、AGEを安定して分析することを可能にしました。一方、荒木名誉教授らはナノ秒蛍光法の応用により、架橋型AGEが存在することでコラーゲンの蛍光寿命が短くなるということを発見し、この原理を用いることで糖化の可視化と齲蝕の高精度検出を可能にしました。このような歯科学と工学の融合によって、糖化と齲蝕の関係を初めて明らかにすることができました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、象牙質ではAGEが健常部に比べて齲蝕部に多く蓄積することが分かりました。若年者に比べて高齢者の方が齲蝕の進行が緩慢になる“慢性齲蝕”という病態になりやすい理由は、これまでAGEによるためではないかと考えられてきましたが、本研究においてAGEが蓄積することで象牙質内の基質の酸や酵素に対する耐性が向上するためであると分かり、慢性化の理由の1つとして明確になりました。

今後さらなる研究により、加齢と齲蝕を結びつけるメカニズムの解明が期待されます。このことは新しい齲蝕治療の開発につながり、高齢になっても自身の歯を保持し、豊かな食生活を通じて健康を保つことに貢献します。さらに、血管や皮膚のような軟組織から象牙質のような硬組織にいたるすべての組織において、加齢や高血糖によって糖化が進行し、蛍光性のAGEが蓄積することがわかったことから、蛍光寿命を測定することで、齲蝕の検出のみならず、歯肉を通して軟組織へのAGEの沈着を計り、糖尿病のスクリーニングを行うことが可能になると考えられます。さらに身体各部位の糖化状態を評価することで、全身疾患を評価する手法にも応用できると考えられます。

特記事項

本研究成果は、2016年8月15日(月)0時(米国太平洋夏時間)〔8月15日(月)16時(日本標準時間)〕に国際学術誌「Journal of Dental Research」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Influence of non-enzymatic glycation in dentinal collagen on dental caries”
著者名:Yusuke Matsuda, Jiro Miura, Masato Shimizu, Takuya Aoki, Mizuho Kubo, Shuichiro Fukushima, Mamoru Hashimoto, Fumio Takeshige and Tsutomu Araki.

なお、本研究は、文部科学省「科学研究費補助金」および文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」事業の支援で行われています。

研究者のコメント

AGEには多くの種類がありターゲットとなる物質がどれかというのを絞り込むのに時間を費やしました。我々の研究室では硬組織の加齢変化の研究をしていたので、これまでに形態学的な評価において多くの研究蓄積がありました。4年前にフォトニクス手法を用いた生体計測研究をしていた基礎工学研究科の荒木先生と共同研究をスタートさせ、一気に歯の糖化に関する研究が進みました。齲蝕の検出は、現在でも様々な方法がありますが、今回の報告した手法が新たなる指標の1つになるよう、またこの研究を発展させて新しい齲蝕治療へ応用できるよう、研究を進めていきたいと思います。さらに、硬組織だけでなく、軟組織の糖化に関しても蛍光寿命測定法が有効であることを確認したいと思います。成功すれば、光による糖尿病の精度の高い簡易スクリーニングが可能になるはずです。

参考URL

歯学部附属病院 口腔総合診療部
http://web.dent.osaka-u.ac.jp/~sohshin/index.html

用語説明

AGE(糖化最終産物)

Advanced Glycation End-productsの略称。メイラード反応と呼ばれるたんぱく質の糖化反応の総称で、生体の様々な老化に関与するといわれている。AGEには多くの種類があり、糖尿病や腎不全などの変性疾患を悪化させる因子として研究が進められている。架橋型、蛍光型などの種類があり、本研究では架橋型で蛍光性を持つAGEに着目した検出を行っている。

齲蝕

口腔内に感染する菌が産生する酸や酵素が原因で歯が溶け、エナメル質や象牙質に実質欠損を生じる疾患。一般には「虫歯」と呼ばれている。

蛍光寿命

光によって励起された物質が蛍光を発光して基底状態になるまでの時間。蛍光寿命は物質および環境により決定される。本研究では、ナノ秒蛍光法をもちいて齲蝕部位の蛍光寿命測定を行っている。