2016年8月9日

本研究成果のポイント

・身近な元素の一つであるケイ素化合物を用いて、70℃という温和な条件下でのメタセシス反応※1 活性種の発生に成功
・触媒反応の活性は既存の不均一系メタセシス触媒と比較して格段に向上
・生理活性物質や機能性高分子などの機能性有機分子の革新的合成への展開に期待

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の真島和志教授、劒隼人准教授らの研究グループは、スイス連邦工科大学のChristophe Copéret教授の研究グループとパウル・シェラー研究所のOlga Safonova博士との共同研究において、シリカ表面に酸化タングステン※2 を担持した固体触媒を身近な元素の一つであるケイ素化合物により還元することで、超高活性なオレフィンメタセシス触媒を発生させることに成功しました。従来、工業プロセスで用いられている固体触媒を用いた手法では400℃以上の高温条件が必要不可欠でしたが、今回開発した手法では70℃という非常に温和な条件で効率よくメタセシス反応を進行させることが可能です。今後、本手法を応用することにより、工業プロセスにおけるエネルギー効率の改善だけでなく、温和な反応条件を活かして生理活性物質や機能性高分子などの機能性有機分子の革新的合成への展開が期待できます。

なお、本研究成果は、ACS社が発行する学術論文雑誌ACS Central Scienceの速報版としてジャーナルHPに2016年8月4日に公開されました。

研究の背景

炭素=炭素二重結合を含む有機化合物であるアルケンの分子変換において、2分子のアルケンの間で炭素=炭素二重結合を組み替えることが可能なオレフィンメタセシス反応は、天然物などの全合成や高分子合成反応への応用など、今日の有機分子の炭素骨格構築に欠かすことのできない反応のひとつです。2005年にノーベル賞を受賞した、Yves Chauvin教授、Robert Howard Grubbs教授、Richard Royce Schrock教授らをはじめ、多くの研究者によって様々な高活性な均一系メタセシス触媒が開発されてきました。さらに、プロピレンを製造する最も大きな工業プロセスであるOlefins Conversion Technology (OCT)※3 ではシリカ担持酸化タングステン触媒(WO3/SiO2)などの不均一触媒が利用されています。このように産業界において重要なWO3/SiO2触媒ですが、均一系触媒に比べて触媒活性が著しく低いという課題がありました。その原因は触媒表面上において反応活性種を発生させることが困難であるためだと考えられています。従来、WO3/SiO2触媒における触媒活性種は400℃という高温で発生しますが、その詳細な反応機構については未だ明らかになっておらず、高活性なWO3/SiO2触媒の開発、並びに、その触媒活性種の構造については古くから活発な議論がなされてきました。

今回の研究成果により、均一系と不均一系の境界領域である、表面有機金属化学(SOMC)※4 の技術を利用することで、シリカ表面上に均一に酸化タングステンを担持し、各種分光学測定によって詳細な構造を考察することが可能になりました。また、金属塩を発生しない有機ケイ素還元剤※5 を利用することで70℃という非常に温和な条件で、これまでの触媒に比べて遥かに高活性な触媒活性種を発生させることに成功しました(図1) 。さらに、触媒活性種と反応後の触媒を解析することにより、還元反応によって生成するタングステン(IV)によって触媒活性種が生成することを実験的に初めて明らかにしました。

図1 有機ケイ素還元剤による低温での触媒活性化

研究の手順

Copéret教授の研究グループでは、高度に均一化されたシリカ表面に分子触媒を担持することで、均一な活性点を有する不均一触媒の開発を行っています。今回、シリカ表面にタングステン錯体を担持し、焼成することでシリカ担持酸化タングステン触媒 1、[(≡SiO)2WO2] および [(≡SiO)4WO]、を合成しました。さらに、得られた触媒 1 を、真島教授および劒准教授が開発してきた有機ケイ素還元剤を用いて還元することで、低原子価タングステン触媒 1-Red が発生することを確認しました(図2) 。この有機ケイ素還元剤は、還元反応によって生成する副生成物が容易に除去可能な揮発性の有機物のみであり、従来の除去が困難な金属塩が発生する金属還元剤と比べて、より高純度の低原子価金属種が得られます。金属塩が副生しないという特徴は、高活性な金属活性点の発生を可能にするだけでなく、触媒の詳細な同定を可能にしています。実際に、XANES 測定※6 、EPR 測定※7 、酸化還元滴定により 1-Red 表面にはタングステン(IV)が75%、タングステン(V)が15%、タングステン(VI)が10%の割合で存在することが明らかになっています。

図2 シリカ表面に担持されたタングステン(VI)の有機ケイ素還元剤による還元反応

メタセシス触媒反応系中において、触媒 1 と有機ケイ素還元剤を反応させることで、これまでに例を見ない超高活性な反応点を有する不均一系メタセシス触媒を発生させることに成功しました。本手法は、今回合成したタングステン触媒 1 だけでなくモリブデン触媒や従来から工業プロセスに用いられている WO3/SiO2触媒においても適用可能であることを確認しています。さらに、水や空気、エタノールなどによって不活性化された触媒を有機ケイ素還元剤と反応させることで再活性化できるという、工業的に利用されている既存の触媒系にも適用可能な利点を有しています。不均一系メタセシス触媒の再活性化はこれまでに報告例がなく、工業プロセスへ応用する上での優れた特徴であると言えます。

また、触媒反応前後の触媒の解析から、還元剤と反応することで発生したタングステン(IV)からメタセシス触媒の活性種が生成していることを明らかにしました。すなわち、本触媒において反応活性種であると考えられる金属カルベン種は、低原子価金属種とオレフィンとの酸化的な反応によるメタラシクロペンタンの形成を経由するメカニズムで発生していると考えられます(図3)

図3 実験結果から考えられる活性種の生成メカニズム

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、これまで高温条件が必要不可欠かつ低活性であった不均一系メタセシス触媒を、SOMCの手法により分子レベルで理解し、さらに有機ケイ素還元剤を利用することで温和な条件で高活性な触媒活性点を発生させることに成功しました。また、本触媒の状態を還元反応前、還元反応後および触媒反応後の各段階において詳細に解析することで、触媒活性点の発生メカニズムを明らかにしただけでなく、不活性化された触媒の再活性化や、従来の汎用触媒への適用などの検討により、実用的なメタセシス触媒となることを示しました。

温和な条件で効率よく高活性な活性点を発生させられる本触媒系は、従来の触媒に比べて幅広い基質への適用が可能であるだけでなく高い選択性を示すことから、工業スケールでの基礎化学品の効率的な変換反応に応用出来るだけでなく、医薬品や精密化学製品の大量合成への応用が期待されることから、本研究は工業的な側面からも社会に貢献できると考えられます。

特記事項

本研究成果は、ACS社が発行する学術論文雑誌 ACS Central Scienceの速報版としてジャーナルHPに発表されました。論文の詳細は以下のとおりです。

“Low Temperature Activation of Supported Metathesis Catalysts by Organosilicon Reducing Agents”, Victor Mougel, Ka-Wing Chan, Georges Siddiqi, Kento Kawakita, Haruki Nagae, Hayato Tsurugi, Kazushi Mashima, Olga Safonova, Christophe, Copeéret, ACS Central Science, (2016).

本研究は、大阪大学国際共同研究促進プログラムにおける研究課題「固体表面の精密官能基化によるシングルサイト不均一触媒の創出」、ならびに文部科学省科学研究費助成事業「新学術領域研究」高難度物質変換反応の開発を指向した精密制御反応場の創出(研究代表者:真島和志)、ならびに同領域の国際活動支援班の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

参考図

参考図1 オレフィンメタセシス反応

参考図2 これまでに開発されてきた有機ケイ素還元剤

用語解説

※1 オレフィンメタセシス反応(メタセシス反応)
金属カルベン種などのような触媒によって2分子のオレフィンの間で炭素=炭素二重結合を組み替える反応。

※2 酸化タングステン触媒(WO3/SiO2)
メタセシス反応によるプロピレンの製造やプロピレンの付近化反応の工業プロセスに用いられる不均一触媒。400℃以上の高温での反応に有効であることが知られている。

※3 Olefins Conversion Technology (OCT)
触媒を使用してブテンとエチレンからプロピレンを生成するプロセスの一つであり、低設備費かつ低エネルギーでプロピレンを生産する技術。

※4 表面有機金属化学(SOMC)
均質な表面を有するシリカやアルミナなどの担体を作成し、そこに金属錯体を担持することで不均一系シングルサイト触媒を作成する化学。従来の不均一系触媒とは異なり、活性点が均一であるため各種分光学測定により活性種の構造の同定や反応の様子を追跡することか可能。

※5 有機ケイ素還元剤
ベンゼン誘導体や窒素原子を含むピラジン誘導体などの芳香族化合物を、トリメチルシリルクロリド存在下で還元することにより得られる化合物。ジヒドロベンゼンおよびジヒドロピラジン骨格を有しており 2電子還元剤として働き、副生成物としてベンゼン誘導体やピラジン誘導体、およびトリメチルシリル基を有する有機ケイ素化合物を生成する。従来から用いられている金属還元剤と異なり、金属塩が生成せず副生成物が容易に除去可能であるため金属塩が相互作用していない低原子価金属種の反応性の研究や単離を行う際に有効な還元剤。

※6 XANES測定
エックス線吸収端近傍構造(X-ray Absorption Near Edge Structure)測定の略。X線を試料に照射しX線が吸収される様子を観測することで、原子の電子状態を知ることが可能。

※7 EPR測定
電子スピン共鳴(Electron Paramagnetic Resonance)測定の略。電子スピンの励起を利用することで不対電子を観測する手法であり、核磁気共鳴(NMR)測定と相補的な関係にある。

参考URL

真島研究室HP
http://www.organomet.chem.es.osaka-u.ac.jp/

スイス連邦工科大学 発表資料(共同研究機関)

https://www.chab.ethz.ch/en/news-and-events/d-chab-news/2016/08/conversion-of-petrochemicals-and-biomass-now-possible-at-low-temperatures.html

この組織の他の研究を見る

Tag Cloud

back to top